ポリタス

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【総選挙2014】「感情」に支配されない賢い有権者になろう

  • 塚越健司 (学習院大学非常勤講師)
  • 2014年12月14日


Photo by AlexCC BY 2.0

人は理性よりも直感を優先する

今年2月に行われた東京都知事選に向けたポリタスの記事において、筆者は日本社会やインターネット上に存在する空気の問題について言及した。人は複雑な論点を考える前に、誰が誰が支持しているか、あるいは誰が「良いことのようなこと」を言っている「ようだ」、という空気に敏感になってしまう。現代政治はとかく複雑な構造であると感じるからこそ、空気の読みが重視されるのだ

他方、個別の政策・論点を考える前に、我々は直感的に政党や個人の好き・嫌いを判断している。そうした直感こそが人の根底にあり、理性とは直感を正当化するための手段として使用されていると、アメリカの社会心理学者ジョナサン・ハイト(1963〜)は著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014年)の中で主張する。

アメリカ大統領選で問われた人の道徳的感情の源泉

ハイトは人の道徳的な感情の源泉はおよそ5つだと述べている。

①危害 / 親切・・・苦痛を拒否し、残虐行為に反応する。

②公正 / 欺瞞・・・不公平を批判し、平等性に反応する。

③忠誠 / 背信・・・共同体の裏切りに反応する。

④権威 / 転覆・・・権威や、それを拒否する者に反応する

⑤神聖 / 堕落・・・宗教的な神聖さに反応する

その上で、アメリカの選挙戦においては⑥自由/抑圧(人の支配に反応する)という要素を加え、米共和党と米民主党の選挙戦略を考察した。結果、民主党支持者は①②⑥に強く反応する一方でその他についてはあまり関心がなかった。他方で共和党支持者はすべての要素に反応する。

そのため、民主党は①②⑥の要素に限定して主張を展開する一方、共和党は①〜⑥すべての要素を盛り込んだ選挙演説をすることで、相対的に選挙戦に強いという。ただしハイトは、2008年の大統領選においては、オバマがすべての要素を盛り込んだ演説や政策を掲げ(伝統的な家族形態を賞賛することで浮動票を獲得するなど)、見事選挙に勝利したと述べている。ここで問われることは、政策以前の、選挙で勝つためにどのような感情のツボを押すかということが、少なくとも選挙を勝ち抜くために重要だったということだ。このことは同時に我々に、人は直感や感情的な刺激に左右される生き物であることを改めて実感させる。

感情は伝染し、理性は感情に抵抗困難である

感情の源泉を刺激された人の感情は、他人にも伝染する。2012年にFacebookは、英語圏の68万人あまりのユーザーに無断で、一定期間タイムラインの表示に意図的な操作を加える実験を行った。それは、ユーザーの投稿をポジティブなものとネガティブなものに分類し、どちらか一方の投稿比率を意図的に変更したものをユーザーに閲覧させる、といったもの。すると、ポジティブな投稿が減少するとユーザーの投稿にネガティブなものが増加し、逆にネガティブな投稿が減るとユーザーにポジティブな投稿が増えるというのだ。つまり、感情は人に伝染するということがわかったのだ。この実験は2014年に広く知られることとなり大きく批判された。

ここまで述べてきたように、人は感情的な生き物であり、理性はどこまでも自分が望んだ通りには働かないことを読者の方々には念頭に置いてほしいというのが、ここでの筆者の主張である。他人の感情に我々は敏感であり、そうしたものに無意識に反応するのだ。ただし、ハイトの感情を重視した理解に、カナダの哲学者ジョセフ・ヒース(1967〜)は反対する。ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス(1929〜)の弟子でもあるヒースは、『啓蒙思想2.0』(栗原百代訳、NTT出版、2014年)の中で、理性は時間はかかるがゆっくりと推論し、逆に直感はすばやく判断できるものの間違いも多くなると述べる。そこで、理性と直感の特徴および差異を理解した上で、熟議等をはじめとした理性をよりよい利用を主張する。彼はそれをスローポリティクスと呼び、スピードの速い現代社会の構造を問題にするが、残念ながら現状を改善する具体的な提案をするまでには至らない。

感情と理性を理解する

差し当たり筆者が言えることは、社会の空気や感情的なツボを突く発言を理解し、そうした感情に簡単に伝染しないようにするということだ。当たり前といえば当たり前なのだが、情報化による感情の動員が一層激しくなると同時に問題が複雑化する現代においては、個別の論点の吟味も重要だが、その前にこうした点を理解しておく必要がある(ああ、なんと難しい世の中であることか)。

与党であれ野党であれ、感情に訴えるのは当然の行為である。だからこそ感情的な動員の方法論を理解することもまた、有権者である我々にとって当然の行為であろう

与党であれ野党であれ、感情に訴えるのは当然の行為である。だからこそ感情的な動員の方法論を理解することもまた、有権者である我々にとって当然の行為であろう。

参考になるデータとしては、毎日新聞と立命館大(西田亮介・特別招聘(しょうへい)准教授)が共同で行う「インターネットと政治」研究がある。この研究はTwitter上における政治家の発言分析を行っている。それによれば、野党候補が安倍政権の批判を行う一方、与党は「アベノミクス」等、選挙の論点となる単語のTweetを避ける傾向にあるという。与党は積極的にアベノミクスを叫べばいいと筆者は思うのだが、アベノミクスを用いることで人々の感情的なツボは悪い方向に刺激されるのであろうか。現状では判断がつかない。

ネット選挙が解禁された今、ビッグデータ社会心理学Twitter等のSNSを用いた感情的な動員戦略は、今後益々研究され、洗練されていくであろう。感情を理解し、感情に抗い、「正しく」感情を駆使して生きていくこと。この厳しい課題を引き受けながら、我々は生きていかなければならない。


Photo by Pink Sherbet PhotographyCC BY 2.0

著者プロフィール

塚越健司
つかごし・けんじ

学習院大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。ハッカー文化等を中心に研究。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』月曜「ニュースクリップ」コーナーにレギュラー出演中。

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