ポリタス

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【総選挙2014】投票に行けと大人はいうけれど……

  • 西きょうじ (予備校講師)
  • 2014年12月12日

予備校講師という職業柄17歳から22歳くらいの若者と接する機会が多く、またポリタスでは硬質な良記事が多いので私はゆるーく学生(19歳大学生)との仮想対話でお届けします(西きょうじ)。

投票に行け、ってうざいんですよね。でも僕たちは政治に期待していないです

西
西
正直なところもし選挙権があったら今度の選挙には行く? 本当だったら18歳から選挙権があるようになるはずだったのだけど。
大学生
大学生
行かないですね。行ってもいいことないですし。どうせ先生は行けって言うと思うんですけど、正直、投票に行けといわれることにうんざりです。芸能人に投票に行こうと呼びかけさせたり、権利だとか義務だとか声高に主張したり……。東北大の吉田浩教授の試算によると若年世代の投票率が1%減ると若者世代1人当たり年13万5000円損していたなんて言われてますし、挙句の果ては徴兵されてもいいのかとか若者を脅してみたりする。僕らには投票に行かない自由もあるし、行かない権利だって当然あると思います。
西
西
なるほどね。じゃあ聞くけど今の安倍政権の個々の政策についてはおいておくとして、ともかくその決定の仕方はかなり強引だと私は思うのだけど君はこのままでいいと思っている?
大学生
大学生
そりゃ、僕だって現状が素晴らしいとは思っていません。そもそも今回の選挙自体なぜやらなきゃいけないのかわかりませんし、そんなのに700億円もの税金を使うって意味不明です。でも、結局は政治が僕らの生活を幸せにしてくれるわけがない。景気回復を掲げてますけど、僕らの世代は先生のいう不況がデフォルトですから回復って言われてもピンときません。大体人口の推移を考えても昔みたいな経済成長なんてあるわけないじゃないですか。先生は僕が投票に行ったら何か変わると思いますか? もう与党大勝とか言われていて趨勢が決まっているのに今更反対票いれても意味ないでしょう。もちろん、今の社会制度のせいで生活に苦しむ人が共産党に入れる、っていう構図はわかりますが、共産党は他の野党と連立もしないだろうし政権には関われないだろうから共産党が議席を増やしてもむしろ与党側からすればいいガス抜きになったということでしょう。ほかの野党は与党を批判しているわりに実は大して変わらなかったりするし。今、最良の選択肢なんかない。しかもさっき言ったように僕らは政治に期待してない。それでも投票にいくべきだ、投票すれば何かが変わる、って言うんですか?
西
西
いや、現状を変えたくない人たちがマスメディアも経済も支配しているわけだから君が投票に行っても何も変わらないだろうね。
大学生
大学生
えっ……? 投票に行けっていう話じゃないんですか?
西
西
うん、君が投票に行こうが行くまいが私の知ったことじゃない。君自身が抱く現状への不満とか将来への不安とかは君が切り開くしかない。だから勉強しなさい、自分の力で自分の幸福をつかむために。君がイノベーションを起こしそれが国境を越えていけば君は国家に縛られない力を持てるかもしれない。そういう時代になってきているしね。日本という国に縛られなくていいんじゃない。英語なら教えてあげられるよ。

日本がヤバくなっても君が自立できればいい

大学生
大学生
ええっ! それじゃあ、日本はどうなってもいいって言うんですか? どんどんヤバくなるんじゃないですか?
西
西
日本がますますヤバくなっても何とかやっていけるような君になったらいいでしょう。社会のことを考えるより自分のことを考えたら?
大学生
大学生
そんな無茶苦茶な! 戦争になっちゃったら僕の勉強なんか吹き飛んでしまうじゃないですか? ハイパーインフレになったらもう終わりじゃないですか? 格差が進行したら社会は危険なことになるって先生言ってたじゃないですか。いまさら社会のことを考えるな、ってわけわかりません。自分が変わりたいと思ったら環境を変えろ、とか、人は環境が作るものだとか言ってましたよね。そもそもこんな社会環境作ったのって先生たちの世代でしょ。政治に期待はしないけど政治家に生活壊されたくないです。大体、なんですか! 子供を安心して産めないような社会にしておきながら麻生さんは「少子化は子供を産まないのが問題だ」とか言うわけですよ。それって単なる逆ギレじゃないですか?
西
西
怒ってるねえ。いや、若者が怒るというのはいいものだ。いや、すまん、世代としての責任は感じるよ。選挙について言うと、実際のところ今の選挙制度を変えないと膠着状態は続くと思うが、今の選挙制度で当選した人はそれを変えたくないだろう、というのが難しいところだ。さらに言うと、今の自民党が民主主義的手段たる選挙で単独勝利を得たら、それを楯に民主主義を踏みにじるやり方で政策を通そうとするだろうということだ。私はこの選挙ではアベノミクスではなく民主主義そのものが問われていると思っているよ。

But then it was too late. 集団的思考停止、あるいはレミングの行進

大学生
大学生
……このままだと戦争になりますかね?
西
西
話が飛躍するなあ。じゃこっちも飛躍して"But then it was too late."って授業で扱ったフレーズ覚えてる?
大学生
大学生
"They thought they were free." ですね。Mayerでしたっけ。ナチスの危険がわが身に迫ったときにはもはや遅すぎた、っていう話ですね。危機が日常に迫るまで人は日常生活に固執するものだ、とか聞いた覚えがあります。湯の中で温度上昇に気づかないで死んでしまうカエルの話とかも今思い出しました。今、そういう感じなんですか?そういえば、ナチスのやり方に学ぶべきなんて言う麻生さんの発言もありましたよね。
西
西
私はそう感じているよ。政府はメディアを支配しようとしているが、報道を抑える方向に支配しているから報道を受け取るだけの側からは見えない。なぜか書店にはヘイト系の本が並んでいる。さらには外国から帰国したものには警戒が必要だ、とまでいう。今は戦前かとさえ感じるよ。でも君は自分で調べて自分で判断するほうがいい。危機感への共感を強要するっていうのはどうかと思うしね。ただ、このままだとヤバい方向に進みそうだと君が判断して、それがいやだっていうならば、多少なりとも変えようとしてみたほうがいいかもね。選挙が無駄だと思うならば選挙以外に君の環境がヤバくならない方法を探せばいい。そもそもまだ選挙権ないのだしね。
大学生
大学生
ええーっ! デモですか? デモとか運動とかってなんか左翼中年っぽいし、大体今まで成功したことないじゃないですか?
西
西
今まで、を基準にしていいのかな? それこそ中年っぽいぞ。デモと言えば、今の若者の中にも活動している人たちもいるよ。特定秘密保護法集団的自衛権に反対しているSASPLっていう学生団体を検索してみるといい。「5分でわかる特定秘密保護法」というビデオはよくできていると思ったよ。おじさんくさくない活動にみえるよ。彼らはパブリックコメントとデモを選挙以外の手段としてあげている。
大学生
大学生
政府は聞く耳もってるんですか? デモのことを騒音って言ってたし、パブコメで反対多数の法案でも結局は無理やり押し通しちゃうじゃないですか。
西
西
70%の反対をものともしないで押し通してしまうというところが民主主義の危機だと思うね。それでも何とか政府が耳を傾けざるを得ない状況を作っていくことが必要なのだろうね。今は外国メディアも使えるし、手段は探せば見つかるものだ。
大学生
大学生
うーん、そんな無責任なこと言わないで下さいよ。僕にはそうは思えない。きっと僕のまわりのみんなだって……。
西
西
みんな、って誰のこと?「みんな」の空気を読んで周囲に合わせようとするのが民主主義なのではないよ。本来、それぞれの個人が自分の頭で考えることが民主主義の原点なのだけどなあ。不安になったら隣を覗いて自分と同じであることを確認して安心しようとする、っていうのは集団思考停止を生む。今回の選挙への反応はレミングの話を思い出させるよ。まあ、レミングの行進には生物学的根拠はあるのだけど……。
大学生
大学生
レミングの集団自殺ですか。昔、寺山修司の「レミング」っていう舞台に感動した、とか言ってましたよね。で、先生は投票行ったんですか?

0.0001を0と同一視しないこと

西
西
うん、期日前投票に行ってきた。民主主義をまだ手放したくないしね。
大学生
大学生
行っても何も変わらないって自分で言っているのに行ったんですか?
西
西
うん、まあ、例えば0.0001という数字、それを0に還元してしまわないこと——0ではないのだと確信できることが生きている実感だと思うのだな。0は何回かけても0だが、0.0001はそうじゃない。大体において今できることというのは小さなことしかなくって、それを「ゼロ」だと認識したらその途端にニヒリズムに陥ってしまう。天才打者イチローだって一度にできるのは素振りを1回することであって同時に2回はできない、たった1回の素振りでもそれはゼロではないといえるよね。その1回がきっかけになることもあるし、積み重なって大記録を産むこともある。まあ、人はできることしかできない、だからできることはきちんとやっておこうと思っているよ。
大学生
大学生
先生、めっちゃショボイですね。それに選挙って票につながらなければゼロだと思いますよ。うーん、説教臭くなってきたからもう行きますね。僕は自分で調べて自分で考えることにします。じゃあまた!
西
西
ふむ、それがいいね。

著者プロフィール

西きょうじ
にし・きょうじ

予備校講師

1963年生まれ。予備校講師歴28年(英語)。「ポレポレ英文読解プロセス50」ほか参考書多数、一般書「踊らされるな、自ら踊れ」(講談社)。

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