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【総選挙2014】安倍首相の「ティーナ」なニッポン

  • もんじゅ君 (高速増殖炉)
  • 2014年12月13日

この2年間のクロスメディア戦略

総選挙を迎えて頭にぱっと思い浮かぶのは、安倍さんのとても上手なイメージ戦略のことです。

メディアとの結びつきといってもいいかもしれません。

もっと簡単にいうと、雰囲気づくり。

もうすぐクリスマス。みなさん、パーティを始めるまえに、部屋を飾りつけたり、音楽を流したり、ケーキを買ってきたり、玄関にスリッパを並べたり、暖房を効かせたりしますよね。そういうことが、この2年間ですごく揃っちゃったんだ、と感じています。安倍さんにとっては「あっためてきた」んだと思います。

公共放送であるNHKの経営委員にご自分の親しい方を何人も入れたりテレビ局や新聞の偉い人とまめにお食事やゴルフにいくというのは、とても重要なことなのだと思います。民主党の人たちも、きちんとそんなふうにやるべきことをやればよかったのに、と思うほどです。

テレビとか新聞っていうのはわりとおおざっぱな、そんなに政治に関心のない人にもいろんなことを伝えられるツールでしょう。だってニュース番組というのは毎晩ご飯を食べたり洗濯物をたたんだりしている横で「あの件はこうなりそうです」「こういう法案が通ります」と説明してくれるものなんですから。見た人は、ぼーっとしながら「ああ、そうなのか」と思う。そういうチャネルを押さえるのはもちろんですが、それだけじゃなくて安倍さんはファンづくりもきちんとしてきたのだなぁ、と思います。それのひとつが本です。

いま考えると安倍さんの首相返り咲きへのひとつの重要な布石になっていたといわれる『約束の日 安倍晋三試論』 という単行本があります。これは幻冬舎さんから2年まえ、2012年9月に出ています。

この本の作者である小川榮太郎さんという人は、Amazonで手に入るところでは安倍さんの本だけを書いている方です。これまでに4冊、そのうち3冊が幻冬舎で、1冊はPHP出版です。

*余談ですが、小川さんのFacebookは旧仮名遣いが不規則に織り交ぜられているので見るとびっくりします。

*ちなみに安倍さんの秘書の方も、以前より保守速報を普通にシェアされているので、驚かされます。

きわめてマーケティング的に、「俺の運命」という物語を投下する

おもしろいのは、底に流れているものが理屈ではないということなんですよね。安倍さんを「素敵だ」とことほぐこれらの本で語られているのは「これは運命だ」っていうことなんです。

運命の前には、なんか賢そうなことをいったって、勝てない

安倍さんが「こうしたい」「ああしたい」「俺はやる」「首相として帰ってくる/きた」というのは、理屈じゃない。一言でいうと「運命だ」っていうことです。「運命だ」という話に勝てるものはないと思います。だって運命なんだもの。俺のおじいちゃんがこういっていたんだもの。俺のおじいちゃんができなかったことを俺がやるんだもの。そういう運命の前には、なんか賢そうなことをいったって、勝てない。

安倍さんは、安倍さんの本を出している幻冬舎見城さんとも親しいのだろうと思われます。

たとえばこんなふうに、安倍さん、見城さん、インターネット関連企業の社長さんらで会食されていますね(Facebookでの2013年9月の投稿より)。

幻冬舎さんの本というのは、マーケティングという考え方がわりと浸透していない出版という分野(これは現代のビジネスにおいてとても珍しいことです)において、きちんとマーケティングをしてたくさん売るというタイプのものです。

多くの人の感情や気分を分析して、それにフィットしたものを提案し、ターゲットにあったシンプルなキャッチコピーと力強い写真を組み合わせた広告を大量に投下し、本屋さんの棚を押さえ、ベストセラーにし、さらに時代の雰囲気を強化するのが上手という意味で、とても素晴らしい出版社さんです。

きっと安倍さんは、その見城さんから学ばれたことも多いのではないでしょうか。

「差別はダメ」という大気圧が弱まってしまった

そのほかにも、テレビの報道番組にとどまらずバラエティ番組のなかでさえ「こんなところにこんな立派な日本人がいた!」みたいなノリで、「世界のあちこちで日本人がいかに尊敬されているか」を取り上げたものが増えたのも、この流れのひとつなんだろうと思います。

日本人が優しいとか働き者だとか日本の家電がすぐれているだとかにとどまらず、日本の移民や植民の歴史を肯定的に描いたものさえあります

たとえばつい先週見たので心に残っているのですが、12月6日のNHK『SONGS』という番組では、福山雅治さんが台湾の山奥の村を訪れる場面が流れました。民族衣装に身を包んだ現地の人たちが、日本人が植民してくれてよかった、教育してくれてよかった、などと感謝の言葉を長々と述べていました。音楽番組の中では、ちょっと唐突な印象がありました。

みなさんのまわりにも、中国や韓国の人の悪口を平気でいうような人がいたりしませんか。お友達にいなくても、電車やファミレスなんかでたまたまそういう人を目にしたことはありませんか。

ネットのなかにそういうことをいうのが好きな人がいるというのはよく知られています。ネトウヨです。でも、ネットでは好き勝手いってたって、ふだんの暮らしの中ではじっと黙っていることが多かったろうと思うのです。

だって、そんなことは口にしてはいけないことだからです。はしたないことだから、差別だから、ダサいことだから。そういう歯止めがあったはずです。大気圧のようなものです。その「そういうのはよくない」という大気圧が薄まってしまったんでしょう。

それはこの10年くらいずっと感じていたことですが、この2年間で大きくブレーキが外れてしまったんだろうと思います。

先月、テレビ朝日「モーニングバード」という番組で、あるコメンテーターの人が韓国で美容整形が一般的であるのにふれて「だからみんな同じ顔になっちゃうんですよ」と発言したということがニュースになっていました。これも「うっかりした」んだと思うんです。差別かというとよくわからない。でも、テレビでいうのにはふさわしくない内容です。でも、そういっても大丈夫な雰囲気が充満している。それでその人はそう発言してしまったんだろうと思いました。

本屋さんにアジアのほかの国を悪くいう内容の本が増えているのもそうですし、人種差別発言を堂々と街宣する人たちがいて、しかもそれが禁止されていないというのもこの流れのなかにあると思います。上からも下からも「愛国的な」……といえば言葉はまだきれいですが、排他的な雰囲気が強まっています。排他的であるとは、近眼的であり、非創造的であることです。

「日本を、取り戻す」から「この道しかない」へ。ブレないシナリオ

前回の衆院選で「日本を、取り戻す」と安倍さんがいっていたのを、憶えていますか。ボクはなんとなくあの言葉はいやでした。そして同時にうまいなぁと思いました。とても劣等感や喪失感をくすぐるフレーズです。

どうして「日本を、取り戻す」がいやだったかというと、ボクには取り戻すべき日本なんて見えなかったからです。日本をマシにしたいとは思っています。このあと生まれてくる人のために、ちょっとでもマシな社会にするのが義務だろうと思っています。でも、なにか過去のどこかの時点の日本がいまよりも輝いていてそこに戻ればいいだなんて、とても思えません。あのころはよかったと思える時代そのものを知らないですし、仮にそんな時代があったとしても、そこへ戻れるとは思いません。だっていまではもう、経済のしくみやほかの国たちとの関係性といった多くの要素があまりにも変わってしまったからです。同じポジションには戻れません。

でもあの「日本を、取り戻す」というキャッチコピーが浸透したのは、取り戻したいニッポンがイメージできる人、そしてもしかしたらそこに戻れるかもしれないと考えている人が、案外多いんだ、ということなのかなと思いました。「夢を見たい」ということでもあるのかもしれません

そして今回のキャッチコピー「景気回復、この道しかない」というのを聞いて、さらに「ああ…」と思いました。同時に「うまいなぁ。筋が通ってるなぁ」とも思ったんです。

これは「2年前にお伝えした『ニッポンを、取り戻す』計画はうまいこと進行中である。わたしのこのやり方でしかニッポンがうまくいく方法はない。だからそれをやめるわけにはいかない。だから安倍内閣を支持するしか選択肢はない」——そういう理屈の広告です。

「この道しかない」は思考停止へのいざない

ボクは、競馬の馬のマスクを思い出しました。競走馬がマスクをつけているのって、気が散らないようにするためのものらしいです。いろんなものが見えちゃうと、ただひたすら前に進むなんてことできなくなってしまうから。視野をわざと狭める。ちょっとかわいそうですね。

「この道しかない」っていう決めつけは、競走馬のマスクみたいなものだなぁと思います。

国民は「この道しかない」って思っていればいいんです。

ほんとは違う道があるかもしれない。いや、たぶんある。


© しりあがり寿

絶対の正解はないかもしれないけれど、よりマシな方法を考えることはできるかもしれない。でもそうする可能性をあらかじめ奪って「この道しかない」といいきかせる。「黙って俺についてこい」という。

これってほんとうにティーナだなぁ、と思います。TINAというのは

There Is No Alternative. (代案はない)。

イギリスのサッチャー元首相が好んで使ったスローガンです。

安倍首相は「ティーナ」でいくことを1年半まえに明言しています。安倍さんはサッチャー元首相の映画を見て、かっこいい! としびれたんだそうです。(きっとヒロイックなのが好きだからですね。安倍さんにとっては逆風や反対意見だってT.M.Revolutionのように、自分を盛り立てるものにしか感じられないのかもしれません)

ハフポスト アベノミクス第三の矢、あるいはTINAについて/安倍晋三 2013.7.3

産經新聞 安倍首相が最近こだわる"TINA"とは? 2013.6.29

安倍首相の「ティーナ」は原発再稼働で実践されている

この安倍さんの演説から1年半、着実に、この安倍さんの好む「ティーナ」式の物事の進め方は根づいてきているのではないでしょうか。

原発再稼働についての動きがまさにそうです。なしくずし的に、原発再稼働は「すでにそう決まっていたもの」であるかのように見せられてしまっています。

1基も動かしていない状態で、電力は足りている。安全性にはあやしさが残る。地震はいつくるかわからない。火山の噴火対策はとられていない。避難計画も住民まかせ。そういう状態であっても「再稼働しかない」と進めていく。最終的な決定をだれが下したのかわからないようなあいまいな形で、再稼働を許可するプロセスが最後まで進んだことにする。

でもそもそも、2年前の衆院選では自民党さんも「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立」という公約を掲げていたはずです。

毎日新聞 社説「エネルギー計画 原発維持は公約違反だ」 2014.2.26

どこで誰に信を問うたわけでもないのに、地元の議会の承認を得たとして鹿児島の川内(せんだい)原発の再稼働は、もう既定路線に入れられてしまいました。

はっきりとだれかが「いいよ」といったわけじゃない。なのに、あたかもみんなが「いいよ」といったかのように物事を決めていく。この原発再稼働でとっているやり方を、これからそのほかのこと(秘密保護法とか憲法改正とか?)にも応用していくんだろうか、と考えると、暗い時代の入り口に立っているのかもしれないという気もします。そしてそれはいいかげんななりゆきではなく、ちゃんと安倍さんの考えているもくろみ通りなのです

暗い時代というのは、みんなが「べつにいいや」「自分が何かしてもいっても、どうせ何も変わらない」「そんなによくもならない。でも最悪にはならないだろう」と思っていて、そして気づかないあいだに予想以上に最悪になってしまうという時代のことなんじゃないかな、と思います。いわゆる茹でガエルです。「このままじゃいやだ」と思う人の多くが黙っている。そのこと自体が、最悪さを加速させます。

じゃあどうすればいいんだろう。

投票が万能なわけではありません。でも、せめて投票にいくことが必要です。

「投票する無党派」の数が増えれば、緊張感が増す

ボクはこの原稿で、この2年間で随分変わったんだと思う、と書きましたが、この2年だけで変わったとは思いません。小泉元首相のときの熱狂的な、物語的な物事の進め方のインプットというのもとても効いていると思いますし、もっと以前(戦争の終わり方)からの積み残しというのが根っこにはあるとは思います。

そんなわけなので、なにかを変えたいと思ったら時間がかかるはずです。

だからがっかりすることがこの先も何度も何度もくりかえされても、しぶとくいやなものには「いやだ」といい、変だと思うことには「変だ」といっていくことが大事です。投票に参加しないことは、不参加や傍観ではなく、白紙委任状を与党に与えてしまっているということになります。

たとえば、自民党にかぎらず、いわゆる「党員」と呼ばれている人たちにはご高齢の方が多いのです。あと10年もすると、「わたしは党員だからかならず選挙にいって誰々さんに入れる」という人が、いまの10分の1になるのではないか、という試算もあります。

プレジデント 衝撃のデータ「あと10年で自民党員の9割が他界する」 2014年9月29日号

また、無党派のボリュームは増えつづけているといえます。

つまり、固定票というものの割合がどんどん減っていくのは目に見えています。投票人口そのものも減っていきます。10年、20年かけて、「投票にいく無党派」の人数が増えていけば、たとえおなじ政党が政権をとりつづけていくにしたって、もっと公約とその実行も緊張感をもったものになるはずです。世代別でみたときに若い人の投票率が変われば、若年層に向けての施策ももっと本気度の高いものになるかもしれません。そこにこの社会がもっとマシになるひとつのチャンスがあると思っています。

だからまずは投票いこうよ、と思います。

なんとなくボクはこの「ティーナなニッポン」がくやしいのです。

There is no alternative.
代案なんかないんだ。

おまえたちはなにも考えなくてなくていいよ——そういわれているみたいじゃないですか。

むずかしく書いてしまいましたが、日本の投票用紙はとてもツルツルで丈夫で書き心地のよいものです。大人になってしまうと、鉛筆の先からこすれた黒い粉が出てそれをふっと吹くあの瞬間は、投票所くらいでしかあじわえないかもしれません。

ぜひ出かけていって、きゅっきゅっとだれか適当な候補者の名前を書いて入れてきてください。投票券がおうちに届かなかったり、なくしてしまった場合でも、投票所にいって選挙人名簿との照合さえしれもらえれば、投票することができます。ぜひどうぞ。

著者プロフィール

もんじゅ君
もんじゅくん

高速増殖炉

原発事故にショックを受け、2011年5月よりツイッターをつづける高速増殖炉もんじゅの非公式キャラクター。エネルギー問題に関するやさしい語り口と鋭い批評眼で、またたく間に人気アカウントに。2014年1月現在、フォロワー数は10万超。著書に『おしえて! もんじゅ君』『さようなら、もんじゅ君』など。エッセイやイラスト、インタビューでも活躍。

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