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【総選挙2014】日本を本当に変えるものは?

  • 茂木健一郎 (脳科学者、作家、ブロードキャスター)
  • 2014年12月8日


Photo by Dick Thomas JohnsonCC BY 2.0

市民にとって、与党も野党もない

今回の総選挙については、私は、一切、特定の候補者、党の応援をする、というスタンスをとらないことにした。もちろん投票はするが、総選挙について、特定の政党を応援することを公式に表明することに、余り意味がないと感じている。

もともと、私は、「市民にとって、与党も野党もない」と考えている。

仮に自分が候補者であれば、もちろん、所属政党があるし、所属政党のマニフェストがある(もっとも、私は、そもそも、ある候補者の適否を政党で判断するという世間の慣習に疑問を呈するのであるが)。

候補者にとって、当選するか否か、当選しても、与党になるか、野党になるかは大きな運命の分かれ道だろう。与党になれば国政を担当し、野党になれば与党の政治を批判、相対化する立場になる。職業政治家として、そのような運命の分かれ道に、重大な関心を抱くことは当然だ。

しかし、職業政治家ではない一般市民は違う。たとえ、選挙においてある候補者、ある政党に投票したとしても、それは、その候補者ないしは政党と、一体化したということではない。自分の投票先が結果として「与党」になっても、「野党」になっても、それは、自分自身が「与党」になること、「野党」になることを意味するのではない。

何よりも肝心なことは、たとえ、自分の投票先が「野党」になったとしても、「与党」による日本の政治は実行され続け、その間も、日本にとっての時計は、進み続けるということだ。自分が投票した候補者が落選したり、支持した政党が政権をとらない場合でも、国政を「サボタージュ」することは意味がない。その間も、日本にとっての大切な時間が、過ぎていく。ベストエフォートで参加するしかない。

日本の成長戦略とは

成長はさまざまな問題を解決する。日本には経済成長が必要だ。


© iStock.com

経済成長とは何か、ということについては、さまざまな原理的疑問がある。単なるヴォリュームの拡大ではないだろう。それは、「ブルーオーシャン」が次々と展開する、質的な変化であるはずだ。

質の向上、あるいは深化としての経済成長を目指すことには賛同する。問題はその方法論だ。明治維新で成功した戦略は、もはや成り立たない。私自身は、「国家」の役割はますます相対化すると思っている。そのことを理解する国・地域が、真の経済成長を遂げることができるだろう。

そもそも、ホッブズの『リヴァイアサン』の体系の下では、国家権力というものは、社会契約論に基づいて構成されるとされる。民主主義国家における選挙とは、この社会的合意の更新であろう。

国家ではなく、企業やその他の団体、あるいは個人が、イノベーションを起こし、時に国家に匹敵する力、影響力を持つ時代になりつつある

ところが、今日では、ホッブズの体系が必ずしも適用できない実体が、経済活動や国際秩序における重要なプレイヤーになりつつある。国家ではなく、企業やその他の団体、あるいは個人が、イノベーションを起こし、時に国家に匹敵する力、影響力を持つ時代になりつつある。「電子通貨ビットコインはその一例であるし、注目されるビッグデータ、バイオテクノロジー、あるいは宇宙開発の分野においても、国家とは独立した主体がイノベーションの主役になる時代になっている。そして、そのようなイノベーションが、経済成長に不可欠なブルーオーシャンを創生する。

国家の運営も、国とは関係のない組織や個人がイニシアティヴを持つことを前提にしたものにならなければならない

日本も、このような新しいイノベーション、経済成長の文法に合ったマインドセットを持たなければ輝くことは難しい。国家の運営も、国とは関係のない組織や個人がイニシアティヴを持つことを前提にしたものにならなければならないだろう。

普通の言葉で言えば、規制緩和や、国家による財政支援に頼らない民間活力が必要だし、そのいわば補足原理としての、所得の再分配、セーフティーネットの構築が必要である。私はベーシック・インカム導入に賛成する

人工知能がもたらす人類の存在的危機

先日ホーキング博士「人類絶滅」の引き金になりかねないと指摘して注目された人工知能は、今注目されるイノベーション分野の一つだ。

今年の8月に出版された著書、『Superintelligence』(私が知る限り邦訳なし)の中で、オックスフォード大学で人工知能がもたらす人類の存在論的危機を研究するニック・ボストロムは、人工知能の類型として、「Oracle」「Genie」「Sovereign」 を挙げる。

Oracleは、問いを発すると答えを返してくれるタイプ。

Genieは、特定のタスクを実行するタイプ。

そして、Sovereignは、人工知能が、自律的に判断して、タスクを実行するタイプである。

IBMが開発した人工知能、ワトソンは、クイズ番組「Jeopardy!」で人間のチャンピオンを破って話題を集めたが、現在、医療診断の分野に応用されようとしている。たとえば、患者の症状や検査データを入力すると、候補となる病名を、その確率とともに返す。これは、Oracle。

人類の存在論的危機につながるかもしれないと懸念されるのは、特に、軍事分野におけるGenieやSovereign型の人工知能だ。「常識」が苦手な人工知能は、暴走する可能性がある。すでに、空飛ぶ人工知能と言えるドローン(無人航空機)による爆撃が常態化しているが、人工知能の軍拡競争は、制御不能な事態を招く可能性がある。


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日本を本当に変えるものは?

現代におけるイノベーションの主役は、個人や企業、その他の組織であり、国家にできることは、せいぜい邪魔をしないことだけだ。

そのような認識から、私は、そもそも現代の文明における政治の役割は、限定的なものだと考えている。投票は重要な行為だが、それだけで日本が変わるわけではないし、世界が良くなるわけではない

参議院で言えば3年に一回、衆議院は4年ないしは解散の度に行われる、情報量としては候補者数Nとしてln N程度の「清き一票」だけで、国が良くなるとは私には思えない。もちろん、投票することは大切だし、私は実際に投票するだろうけれども。

繰り返すが、市民一人ひとりには、与党も野党もない。今必要とされていることは、世界の文明を動かしている要因を見極めて、それに十分な知識とスキルを持った若者を中心とした層をつくることだろう。


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国内政治は、それ自体が、あまりにも文字通りドメスティックなのかもしれない。

清き一票は大切だが、日本を本当に変えるきっかけになるのは、この文章を読んでいるあなたが、少しでも英語を磨き、最新の情報に接し、サッカーの試合で選手がピッチの上を必死に走るような思いで毎日を生きることなのかもしれない。

著者プロフィール

茂木健一郎
もぎ・けんいちろう

脳科学者、作家、ブロードキャスター

脳科学者、作家、ブロードキャスター。クオリアの解明をライフワークとする。

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