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【総選挙2014】主権者が「物申す」絶好の機会

  • 想田和弘 (映画作家)
  • 2014年12月6日


Photo by MIKI YoshihitoCC BY 2.0

2014年7~9月期のGDP(国内総生産)速報値が年率1.6%減のマイナス成長と発表されたことを受けて、安倍首相は消費増税を18ヶ月延期させることを表明。衆議院を解散した。

解散・総選挙を行う理由として、首相は次のような説明をしている。

このように、国民生活にとって、そして、国民経済にとって重い重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきである。そう決心いたしました。今週21日に衆議院を解散いたします。消費税の引き上げを18カ月延期すべきであるということ、そして平成29年4月には確実に10%へ消費税を引き上げるということについて、そして、私たちが進めてきた経済政策、成長戦略をさらに前に進めていくべきかどうかについて、国民の皆様の判断を仰ぎたいと思います」(2014年11月18日 安倍首相会見)

僕はこの会見の映像をオンラインで眺めながら、しきりに首をひねっていた。

「安倍さんはいったいいつから、重要な決断について"国民の判断を仰ぎたがる首相"になったのだろう?」

「国民の皆様の判断を仰ぎたい」なんていうのは、彼の"キャラ"ではまったくない

もちろん、日本はいちおうは民主主義の国なのだから、為政者が国民の判断を仰ごうという姿勢を取るのは結構なことである。殊勝な態度だと思う。だが、安倍さんはこれまで「国民生活にとって重い重い決断」をする際に、ことごとく主権者を蚊帳の外に置き、その声を徹底的に無視してきた首相である。「国民の皆様の判断を仰ぎたい」なんていうのは、彼の"キャラ"ではまったくない。

なのに、この突然の「キャラ変更」。いったい何が目的なのか。素直に喜ぶわけにはいかないような気がしてならないのである。

"国民の判断を仰ぎたがらない首相" その1:特定秘密保護法

実際、安倍さんはこれまで、"国民の判断を仰ぎたがらない首相"の最たるものであった。

例えば、あの悪名高い特定秘密保護法。それを通すことは、間違いなく「国民の生活にとって重い重い決断」である。

だが、あの法律を通した2013年秋の臨時国会直前の参議院選挙では、自民党の公約に特定秘密保護法の制定は含まれていなかった。のみならず、国会の所信表明演説ですら、首相は特定秘密保護法についてはまったく触れなかった。そして突然、法案を国会に提出し、世論や学界、法曹界、野党らの猛反対を無視して、強行採決した。そのやり方を「だまし討ち」だと批判する声も多かった。


朝日新聞社提供

東京新聞(2013年12月3日)によれば、同年9月に実施された特定秘密保護法案に対するパブリックコメントの募集は、わずか15日間しか実施されなかったにもかかわらず、9万480件もの意見が集まった。公表結果によると、賛成意見13%に対して、反対は77%。圧倒的に反対多数である。しかし安倍首相はその声を完全に無視した。パブコメを募集したのは単なるアリバイ作りだ、としか思えないくらいに。

"国民の判断を仰ぎたがらない首相" その2:TPP

TPP(環太平洋経済連携協定)も同様である。自民党は2012年の衆議院選挙の公約で、TPPについて「聖域なき関税撤廃を前提にする限り反対」と明記していた。TPPを推進する民主党に対して、反対派の受け皿になり得るかのような書き方だった。

実際、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す! 自民党」と大きな文字で書いたポスターが貼られたことは有名である。しんぶん赤旗の調べでは、この選挙で当選した自民党議員295人(選挙後復党した福岡6区の鳩山邦夫議員を含む)のうち、205人が選挙公約でTPP参加に「反対」を表明し、全体の69.5%を占めていた。その公約を信じて自民党に投票した主権者も多かったのではないだろうか。

ところが、政権を獲った安倍首相は2013年3月15日、突然、独断でTPP交渉への参加を表明。自民党内の反対派議員もあっさりと容認した。TPP反対のために自民党へ投票した人は、ブレーキを踏んだつもりが実はアクセルを踏んでいたのである。TPPが「国民生活にとって、そして、国民経済にとって重い重い決断」であることは間違いないであろう。


© iStock.com/Electra-K-Vasileiadou

例えばしんぶん赤旗(2013年3月25日)によれば、食料自給率が210%の北海道では、自給率が89%へと激減。11万2千人の雇用が失われ、地域経済も7383億円減となるという。北海道新聞(同年3月16日)によれば、「道の試算では関税撤廃の例外が実現しなかった場合、道内農家の7割が営農を続けられなくなる」そうである。

また沖縄タイムス(同年3月16日)は、沖縄県が被るであろう損害について、次のように報じている。あまりに凄まじい記述なので長めに引用しておく。

「県内の農水産業も壊滅的な打撃を受けることになる。県の試算によると、農産物のサトウキビ、乳製品、コメは輸入品などに100%取って代わられる。産業そのものが消滅してしまう事態である。パイナップルや牛肉、豚肉も生産減少率が80~70%と高い。水産物ではカツオ・マグロ、車エビ、イカなどが90%。産業として立ちゆかなくなる恐れが出てくる。農産物と水産物を合わせると、生産減少率は53.1%(580億円)となる。波及効果まで勘案すると、影響額は1422億円に上る。県内のサトウキビ生産農家約1万7000戸、工場従事者約1300人の雇用に深刻な影響を及ぼす。特にサトウキビが基幹産業の離島は経済活動が成り立たなくなり、島が存続するかどうかの岐路に立たされると言っても過言ではない」

北海道や沖縄以外の地方で予想される影響も同様に甚大だ。なにしろ、政府の試算では、関税が完全に撤廃された上に国内対策を講じない場合、日本の農林水産物の実に4割が消滅するというのである

農林水産物の4割が消滅

農林水産物の4割が消滅。その影響の大きさは、消費税を2%上げることの比ではあるまい。しかもTPPにはISDS条項など、日本の主権を脅かすような取り決めも含まれている。日本の国民皆保険制を崩壊させかねないという懸念も聞かれる。それだけ国民生活に対する影響が甚大なTPPを進めたいのなら、最低限、主権者の議論と意思を踏まえるべきであろう。

にもかかわらず、安倍首相は「国民の信を問う」どころか、有権者を事実上公約で欺いて、独断で交渉参加を決めたのである。

"国民の判断を仰ぎたがらない首相" その3:原発 その4:集団的自衛権

原子力政策についても、同じことが言える。自民党は2012年の衆院選公約で「原発再稼働の可否については、順次判断」とする一方、「原子力に依存しなくても良い経済・社会構造の確立を目指す」としていた

ところが2014年4月に閣議決定したエネルギー基本計画では、原発を水力や地熱、石炭に並ぶ「重要なベースロード電源」と明記。その後も川内原発などの再稼動を推進し、事実上の方針転換をしている。原発を進めるか否かは「国民生活にとって、そして、国民経済にとって重い重い決断」であるはずだが、この問題でも「国民の信を問う」ことはなかった。


Photo by midorisyuCC BY 2.0


Photo by midorisyuCC BY 2.0

集団的自衛権の行使容認のプロセスも、独断かつ強引だった。たしかに2012年の衆院選公約には「集団的自衛権の行使を可能とし、『国家安全保障基本法』を制定」と書かれていた。だが、長年内閣法制局が採ってきた憲法解釈の変更を国会にすらかけず、よもや閣議決定で行おうとは、いったい誰が予期したであろうか。

憲法とは、国民からの為政者への命令である。その内容を変更したいならば、当然、日本国憲法そのものの改定を提起し、全国民的な議論を喚起すべきである。ところが首相は、2014年2月、国会でこう述べたのである。

「(憲法解釈の)最高の責任者は私だ。政府答弁に私が責任をもって、そのうえで私たちは選挙で国民の審判を受ける。審判を受けるのは、内閣法制局長官ではない。私だ」

選挙で勝った人間は、憲法すら自由に解釈できると言わんばかりの発言である。安倍氏は、明らかに立憲主義の意味を理解していない。それどころか、重要な問題について国民的な議論を巻き起こし、主権者の判断を仰ごうという民主的な発想や姿勢が決定的に欠落しているのである。

にもかかわらず、首相はなぜか今回だけは、「国民の皆様の判断を仰ぎたい」と言って、解散総選挙を決めた。「消費税の引き上げを18カ月延期すべき」という点では、野党も一致しているから争点にすらならないのに。

「国民の信を問う」というのなら、首相には今までに何度もそうすべき局面があった

ご都合主義にもほどがあるのではないだろうか。「国民の信を問う」というのなら、首相には今までに何度もそうすべき局面があった。自分の都合のよいときだけ「国民の信を問う」などと殊勝なふりをされても、空々しくしか聞こえないのである。

「首相としての資質」を問うための選挙

とはいえ、賽は投げられた。総選挙は否応なく始まった。

安倍政権の延命策として始まった選挙であり、700億円も血税をかける正当性があるのかどうかは甚だ疑問だが、選挙は選挙である。私たち主権者は、「消費税の引き上げを18カ月延期すべきかどうか」などというよく分からない「争点」に乗ることなく、私たちの基準で審判を下したいものである。

すなわち、経済だけでなく、秘密保護法、TPP、原発、集団的自衛権、生活保護の切り捨てなど、安倍政権がこれまで進めてきた政策や、その傲岸不遜な進め方について、「物申す機会」としてとらえるべきである。あるいは、主権者不在で進められたそれらの政策を、選挙後に召集された国会で廃止していくためのチャンスとしてとらえるべきである。派遣法改悪、米軍基地の辺野古移設強行など、安倍氏がこれから進めようとしている政策に「ノー」を突きつける機会でもある。


Photo by Ryo FUKAsawaCC BY 2.0

安倍政権が人気の拠り所としてきた経済政策も、実は様々な弊害を引き起こしている。しんぶん赤旗(2014年11月19日付)によれば、安倍政権下、富んだのは富裕層ばかりで、庶民の暮らしはますます厳しくなっている。2014年の正規雇用の労働者数は、安倍政権が始まる以前に比べて、22万人も減少。逆に非正規雇用の労働者数は123万人も増えている。雇用者報酬(実質)は4320億円減少したし、年収200万円以下のワーキングプアは29万9千人も増加した。その一方で、100万ドル以上の富を持つ富裕層は9万1000人も増えているのである。

そういう意味では、この衆議院選挙は、これまで主権者不在の政治をしてきた安倍晋三氏の「首相としての資質」を問うための選挙といえる。これまで無視され続けてきた私たち主権者にとって、極めて希少かつ絶好の機会になる。問題は票の受け皿だが、決して棄権することなく、「よりマシな人や政党」に投票したいものである。

著者プロフィール

想田和弘
そうだ・かずひろ

映画作家

映画作家。1970年栃木県生まれ。日米を行き来しつつ、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリー映画を制作。自民党公認候補の選挙戦を描いた『選挙』(07)、精神科外来をみつめた『精神』(08)、福祉の現場を描いた『Peace』(10)、平田オリザと青年団を追った『演劇1』『演劇2』(12)、近作は311直後の統一地方選を描いた『選挙2』(13)など、時代の相貌を切りとる作品を発表し続けている。受賞暦多数。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)など。【photo:2013 司徒知夏】

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