撮影:初沢亜利
今回の選挙では100カ所、街頭演説を観に行こう! と張り切ってスタートした。
この時期になると、駅のアナウンスの声もパチンコ屋のビラ配りも、何もかも街頭演説に聞こえて、心を躍らせてしまう私。
そんな私の力強い味方が、各党の公式ホームページだ。ネット選挙解禁後はじめての衆議院選挙ということで、各党の公式HPには街頭のスケジュールがびっしり、更新も早い。私にとってなくてはならない、とてもありがたいツールだ。
まず最初に、気になる選挙区、見たい演説を調べてスケジュールを組む。最高にワクワクするし、私にとってはまるでお祭り気分。でも、ふとした瞬間、たとえば一本電車を乗り逃し、次の街頭演説に間に合わなくなってしまって悔しい! とイライラしている時なんかに、思う。
「私、一体なんのためにこんなことやってるんだろう」
私は「若者の投票率を上げよう!」というキャンペーンをしているわけではない。正直いって、ただの趣味だ。たぶん、やくみつるさんが黒柳徹子さんの髪の毛を集めるのと同じ。街頭演説を聞いて、候補者ビラをなるべく多くもらいたい! そういう趣味。
ただ、1日4カ所以上まわっていると、見えてくる人間ドラマがある。
党の人気者が応援に来てあちこちから黄色い歓声が聞こえる演説、見渡す限りほぼマスコミしかない中でひとり懸命に街頭演説をやっている人、通勤時間にビールケースの上でマイクを握り締め声を振り絞って政策を訴える人……みんなそれぞれ理由があって、自分の役どころを背負って街頭演説をしている。
政治は、その背景を知ると途端に面白くなる
政治は、その背景を知ると途端に面白くなる。自分の所属していた党が解散してしまい一からはじめて無所属で出馬している人、長年勤めた県議会議員を辞めて国政に挑戦している人、落下傘候補としてまったくゆかりのない土地に送り込まれてしまった人――党とのしがらみで、思うような選挙戦ができない人もたくさんいる。そんな個人としての歴史や、胸に秘めた思いを知ると、さまざまな情が湧いてくる。
よく取材で「春香さんは若者の政治の関心の低さをどう思いますか?」と聞かれるけれど、私は「こんな面白いドラマは政治のほかにはない」とすら思う。11月21日まで国会議員として永田町で喧々囂々の政策論争をしていた人が、12月2日からは早朝の寒さの下で声を張ってビラを配るのだ——しかも、そのビラはほとんど受け取ってもらえない。それでも、おばあちゃんが来たら腰をかがめて同じ目線で、しっかりと握手する。握手しているときの候補者の顔は、NHKの国会中継で観るときのそれと全然違う。
現職の候補者は、落選した瞬間に無職になる。それまで政策にかけた時間も注ぎ込んだ熱意も、落選するとたちまち強制リセット。だからどの候補者も、選挙の後半戦になると声はガラガラになる。私たちが、まったく知らない人に大切なことをお願いすることが少ないことを彼らは痛いほど知っているから最後の最後まで声を張るのだ。私たちの「代わり」になるかもしれない候補者それぞれの思いに触れることができれば、きっと「投票に行かない!」なんて結論にはならないはず。
撮影:初沢亜利
「政治や選挙になんか興味ないよ」とおっしゃる皆さん。どうか5分間立ち止まって、自分の選挙区の候補者の街頭演説を聞いてみてください。
候補者の「生」の演説を観ることで、不思議と伝わる「何か」がある
だいたい各選挙区には3~4人の候補者がいて、短い選挙期間のうち、あなたの最寄りの駅に1回は来てくれる。候補者のHPやSNSに街頭演説のスケジュールが載っているかを検索して、そのとき少し早起きすればいいだけ。いまなら動画サイトに街頭演説が上がっていたりもする。それぞれの候補者の「生」の演説を観ることで、不思議と伝わる「何か」がある。それは、スピーチの上手さだったり、政策の説得力だったり、その人の持つ雰囲気や熱量だったりするのだけれど、それは選挙公報のテキストやかしこまった政見放送からは決して漏れ出てくることのない、とても大事な「何か」だと私は思う。
普段「原発」「秘密保護法案」「TPP」など、ニュースで並ぶワードに対して、よくわからないとか、何とも思わない——そんな「政治」が苦手な人にこそ、候補者本人を見てほしい。候補者の「生」の姿を見れば、「この人はなんだか頼りないな……」とか「この人なら、この地域のために頑張ってくれそうだな!」とか、何かしらの気づきがもたらされるものだから。ただでさえ複雑で難解な「政治」というものをお願いするのには、やっぱりまったく見ず知らずの人にではなく、少しは知っている人の方がいい。
とにかく! 「生」の人間を見て!
これが、国会議員ウォッチャーの私が言える、ただひとつのことです。
朝日新聞社提供