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【総選挙2014】白熱しない選挙教室

  • 瀧本哲史 (京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授/エンジェル投資家)
  • 2014年12月13日

Photo by 陳 ポーハンCC BY 2.0

金曜日の午後は京都大学で授業をやっている。後期は「意思決定論」というタイトルで、様々な素材を用いて、正義論、法的な問題解決思考、財務的な意思決定、ゲーム理論、統計などありとあらゆる学問の思考様式を提示して、一つの問題について様々なアプローチが可能であることと、その相対性について考えさせる。今週の授業は、週末に衆議院選挙を控えていることもあって、選挙を素材にすることにした。といっても、今回の選挙に関わる特定の政党や政策の是非については一切扱わない。公職選挙法上の問題もあるし、学生の多くは有権者ではないし、そもそも、今回の選挙に私はほとんど関心がないからだ。

いつもの通り、私の授業は質問からスタートする。

「よく選挙のポスターで、"あなたの一票が未来を創る"という趣旨のコピーがあるが、本当に一票は未来を左右するのだろうか?」

まず、多数決をとってみた。京大生はさすが《優秀》だ。「左右する」と考えた学生は1人もいない。以下、理由をどんどん答えさせていくと、いろいろな答えが返ってくる。

「自分の投票した候補が当選する保証はない」
「当選しても、自分の期待する政策をする保証がない」
「与党でなければ実際に影響はない」
「選挙結果が、1票差でない限り、自分が投票に行くかどうかで、選挙結果は変わらない」

候補者の得票数がたまたま同じになる可能性を計算するために、期待得票数を中心に確率的に正規分布すると仮定するシミュレーションを試みる学生もいる。

授業はさらに、「では、何票だったら、価値が生じるのか」という問いに展開する。

そこから、政治過程における影響力の源泉——それぞれのアクターに働く力を考察させる。その中で、ヨーロッパの連立政権研究からでてきた、議会多数をとるのに必要な最後の勢力が大きな力を持つ「かなめ党」理論を説明したり、小選挙区中選挙区大選挙区制の選挙戦略の違い、中位投票者定理、「無差別ばらまきよりも個別の利益団体との取引をした方が忠誠心を維持しやすい」との研究(消費税の軽減税率レントシークや、斉藤淳元エール准教授の研究などを含む)を紹介したり、比較憲法上異例な下院優越の弱さ、参議院の選挙制度による構造的ねじれ可能性の高さ、例外的全会一致制度の果たす機能(自民党総務会内閣、連立協議、一部の審議会など)、大選挙区制地方議員のコモディティ性と首長の権力基盤、政治家が選挙に強い候補になるためにはどのようなセグメントの有権者に対して、どのような理由で投票させるのが最も「合理的」なのかなど、政治制度を研究するものにとっては、それほど目新しくない命題について、やや駆け足に議論していく。

よく知っているからこそ、無関心である

授業の終わりが近づく頃、一見、不合理性に満ちた政治過程が、実は各アクターの「合理的」な行動によってできているものであることがだんだん見えてくる。そして、学生たちは、政治に対して無知だからではなく、「よく知っているからこそ、無関心である」という「政治的無関心」研究の知見通りの境地に達する。

授業の最後にもう一度、問いかけた。

「本当に一票は未来を左右するのだろうか?」

学生たちはより強い確信を持って「No」を選択し、授業を終える——。

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© iStock.com

黒板を消していると、何人かの学生が質問にやってきた。

「今日の授業からすると、政治制度の設計を変えるのがよいのではないですか?」
「投票するよりも、少数の重要な決定者にアクセスした方が良いのでは?」
「組織化、ネットワーキングするには何が重要なのですか」
「市議になるのは実は容易だし、そこから首長をめざすというのはありだと思いました」

など熱心に食い下がってくる。私は少なからず授業の「成果」があったことを確認し、「それは君が自分で考えることだね」と答えて、5限のゼミが行われる教室に足早に向かった。

著者プロフィール

瀧本哲史
たきもと・てつふみ

京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授/エンジェル投資家

京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授。エンジェル投資家。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーで、主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事。独立後は、企業再生やエンジェル投資家として活動している。著書に『武器としての決断思考』『武器としての交渉思考』(共に星海社新書)、『僕は君たちに武器を配りたい』[2012年ビジネス書大賞]『君に友だちはいらない 』(共に講談社)など。ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)に日本語版序文を寄せている。

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