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誰が東京を大災害から救うのか? 主要4候補の公約比較

  • 永松伸吾 (関西大学社会安全学部准教授)
  • 2014年1月27日

筆者は防災・減災政策を専門としているだけに、今回の都知事選で各候補がどういう防災対策の公約を出してくるかに興味を持っている。ほとんどのマスコミも首都直下地震対策を主要争点に加えている。だが、今のところ本当の意味での争点にはなっていない印象である。

防災対策が必要だという認識はどの候補者も持っていて、それぞれにそれらしい公約を掲げており、対立軸も明らかではない。そこで、私なりに都知事選における主要4候補(舛添要一氏、細川護煕氏、宇都宮健児氏、田母神俊雄氏)の公約について、防災対策に限ってではあるが、独断で解説してみたい。

都市基盤の防災対策に対する公約がほとんど

特徴的なのは、ほとんどの候補者が都市基盤の防災対策に言及している。例えば建物の耐震化対策、不燃化対策、緊急輸送路の確保、ライフラインの耐震化、液状化対策、バックアップ電源の確保などといった都市基盤整備などがある。狭い面積に高密度に社会資本が密集している東京の特性を表しているといえる。しかも東京の場合、早期に建設されたインフラの老朽化は著しく、それらは平時のリスクでもある。

また、都市の密集度の高さは、それ自体大きなリスクである。例えば火災は国の想定によれば最悪41万棟にも及ぶ。こうした建物の不燃化や未収の解消にむけた政策も喫緊の課題であることは間違いない。これらに対する危機的な認識はどの候補も共通している。

新たなリスクを生みそうな舛添氏の公約

ただ、問題はどうやるかである。舛添要一氏の政策で気になるのは、「緊急輸送道路周辺の容積率の拡大による建物・マンションの建て替え」「免震・制震の超高層縦型都市化、木造住宅密集地域の改善」など、東京という都市を立体的に拡大することで過密を解消しようという発想が随所にみられることである。高層化すれば、確かに延焼危険性は減るかもしれないが、その分地震の揺れによるリスクが高まることは小学生でもわかることだ。耐震、制震の対策が進めば建物の被害は減るかもしれないが、高層部にいる人々の安全性が確保される保証はなく、揺れで怪我をする可能性もあるし、停電しただけで上層部は難民化する。これらについての知見はまだ少なく、研究が進められている途上である。

また高層ビルは長周期の揺れに弱く、またこの長周期の揺れというのは距離減衰しにくい性質を持っている。東日本大震災の際に、遙か遠く離れた大阪府咲洲庁舎に大きな被害が発生して、大阪府庁の全面移転が取りやめられたという経緯をまさか知らないはずはないと思う。安全な都市を築くと言う観点からは、むしろ高層の建物は規制すべきなのだ。

なんとものんびりした細川氏の公約

これと対極的なのは、細川護煕氏が「自然の力を生かした防災都市づくり」を掲げていることだ。発想はまことに結構だが、具体的方法論に欠ける。例えば緑地を増やすというが、木造密集市街地などでは行政が土地を収用して緑地化するといった方法しかないのではないか。おそらくそれは巨額の財政負担と時間を必要とする。人口が今後減少に向かう我が国での方向性としては間違っていないが、都知事選の公約としては間延びした間が否めない。日本橋の首都高速道路の撤去の話まで防災都市づくりの公約として出してくるあたり、防災対策の名目を都合良く利用しているようにすら感じる。

意外と目の付け所のいい宇都宮氏

個人的に高評価をしているのが宇都宮健児氏の政策である。高層建築物の長周期地震動についての危険性も認識しているし、東京湾岸の液状化の危険性も指摘している。しかも富士山噴火の可能性に言及しているあたりには、かなりシビれる。東海地震の発生可能性は首都直下地震よりも高く評価されているし、富士山噴火にも何らかの因果関係があると考えられているから、リスク認識としては正しいのである。

ちなみに、どの候補者も掲げる小中学校の耐震化だが、実は東京都の小中学校耐震化率は平成24年4月1日時点で96.7%と、全国でも突出して高い。もちろん100%に持って行く必要はあるが、これまでもかなり進んでいる対策を公約として出してくるあたりは、東京の防災対策によほど無知なのか、有権者受けしそうな公約を見せ球として掲げているかのどちらかであろう。

災害時のリーダーシップの理解にやや疑問が残る田母神氏

災害時の危機管理体制の強化を売りにしている候補と言えば、いうまでも無く航空幕僚長出身の田母神俊雄氏である。もちろん、彼も事前の防災対策の必要性は理解しており、「東京強靱化プロジェクト」と称する耐震化推進や津波・高潮対策の必要性を訴えており、それを軽視しているわけではないが、航空自衛隊のトップであったという経験から、危機時の組織動員力と指導力に絶大なる自信を持っているようだ。

例えば「自衛隊、警察、消防等を総合的に自在に活用、指導し、首都の壊滅を防ぎ、守り、救うことの出来る人間は田母神としおだけです」と彼は政策集の中で述べている。頼もしい限りだが、総理大臣の指揮下にある自衛隊を東京都知事が自由自在に活用するのは正直いかがなものかと思う。

ここで指摘しておきたいのは、危機管理というのは、田母神氏が言うタイプのリーダーシップだけでは不十分だということだ。例えば、津波からの避難を考えてみても、いくらリーダーシップのある首長が避難を訴えたところで、日頃から津波からの避難を想定して訓練している地域でないと迅速な避難はできない。それは例えば東日本大震災の時の釜石市の子どもたちのように、日々の教育と訓練の積み重ねがあって初めて可能なのである。田母神氏の公約からは、そのような認識があまり感じられない。

「首都900万人一斉避難訓練」のような大胆な公約を望む

こうやって見ていくと、やや宇都宮氏の政策が防災対策に限ればリードしているように思うが、やはり、都知事選の争点というほどには論点が噛み合っていないし、また目玉となる政策にも乏しいように思う。

筆者は、よりこの知事選挙を盛り上げるためにも、もっと大胆な政策を提示してほしいと思う。もしも私が知事候補であれば、東京23区の全住民900万人の域外避難訓練の実施を公約に掲げる。最終的には、人々の命を守る切り札はこの対策しかない。首都大水害が発生すれば否応なしに避難が求められる。首都直下地震においても、ライフラインが停止すればそこでの生活は困難だ。空地も少ない東京都心では、自衛隊や消防の救助活動も大幅に制約される。そもそも、東京都心で核テロやバイオテロがあったらどうするのか。

結局のところ、もっとも確実な方法は逃げることである。しかし、そうだとわかっていても、これまでの日本社会ではこうした訓練を実施してこなかった。その結果、福島第一原発の事故の際も、受け入れ先が見つからず転々とした重篤患者や高齢者などが移動中に亡くなるなどの、痛ましい被害が生じてしまった。あのような悲劇を繰り返してはならない。

首都大避難訓練は個人的にはオリンピックよりもやる意義があると感じている。間違いなく世界が注目する大イベントになるだろう。周辺部では避難者による特需が生まれる。翌年は横浜や千葉、埼玉で実施してもらえば、東京にも大量の避難者が来るので、訓練に伴う経済損失は回収できるだろう。

著者プロフィール

永松伸吾
ながまつ・しんご

関西大学社会安全学部准教授

1972年福岡県北九州市生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程退学、同研究科助手。2002年より神戸・人と防災未来センター専任研究員。2007年より独立行政法人防災科学技術研究所特別研究員を経て2010年より現職。日本計画行政学会奨励賞(2007年)、主著『減災政策論入門』(弘文堂)にて日本公共政策学会著作賞(2009年)。村尾育英会学術奨励賞(2010年)など。一般社団法人キャッシュ・フォー・ワーク・ジャパン代表理事。専門は防災・減災政策、災害経済学。

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