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脱原発に導く映画『100,000年後の安全』を無料配信する

  • 浅井隆 (アップリンク社長/webDICE編集長)
  • 2014年1月30日

東京都知事選の争点が“脱原発”だというので、公示日2日前の1月22日正午から投票日の翌日2月10日正午まで、アップリンク配給の79分のドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』をYouTubeで無料配信することにした。

『100,000年後の安全』はデンマークのマイケル・マドセン監督の映画で、フィンランドのオルキト島にある通称オンカロ、フィンランド語で「隠れた場所」という高レベル放射性廃棄物の最終地下処理場を描いたドキュメンタリー作品である。フィンランドは脱原発ではなく、現在、原子炉4基が稼働中、2基が建設予定であり、合計6基から出るいわゆる「核のゴミ」を、放射能が無害になるとされる10万年間埋めておく施設がオンカロである。ちなみにフィンランドの総発電量に占める原子力発電の割合は30%ほどである。核のゴミをどう処分するか解決のつかぬまま、世界中で原発が稼働しているのが現状であり、それを例えて“トイレのないマンション”といわれている。フィンランドではトイレを作り、そこに溜まった糞尿は10万年貯めておくということである。

原発推進派も脱原発派も考えなければならないのが、この映画で描かれている高レベル放射性廃棄物、すなわち核のゴミをどう処理するかの問題だ。僕はこの映画を観て、核のゴミの処理方法は現在の科学では解決していないので、原発をこれ以上稼働し続けることはあり得ないと確信した。人類は核のゴミの解決策を、英知を結集させて本気で考えなければならない。そのためには、まず処分する核のゴミの量を特定する必要がある。原発を再稼働すると、核のゴミは増え続ける。まず、核のゴミの総量を固定して処理方法を考えるべきだと思う。

この映画は、震災前の2010年に買い付けを行い、日本で最初に上映したのは2011年2月にユーロスペースで開催された『トーキョー ノーザンライツ フェスティバル』でだった。そして震災後、2011年4月2日から東京で緊急公開した。マスコミ試写や宣伝もままならない状態での上映にも関わらず、連日多くのお客さんで溢れ、テレビも全局でこの上映を報じた。訪れた観客の中には、菅直人元首相もいた。

ある日、映画館のトイレのゴミ箱をまさぐっているスーツ姿の男を見かけ、不審に思い声を掛けると、これから菅元首相が映画を観に来るという。SP分の2枚と菅元首相のチケットを購入して映画を観ていった。また田中康夫議員が事務所にやってきて、衆議院会館で上映をして議員に観せたいという。アップリンクの自主上映の規定に従い、5万円の料金でレンタルしていただき議員会館で上映を行った。また山口敏夫元労働大臣も事務所に訪れ、このDVDを大量に購入して多くの人に観てもらいたいと話されたが、実現にはいたらなかった。

そして昨年、小泉元首相がNHKで放送された『100,000年後の安全』(TV版55分)を観て、さらにフィンランドのオンカロまで東芝、日立、三菱重工の担当幹部と一緒に視察で訪れ、それが彼の原発に関する考え方を“脱原発”に変えたと報じられた。

震災後の2011年7月に行われた東京都知事選の結果を忘れられない。メディアや、自分の周り、自分がフォローしているツイッターでは脱原発が多数を占めていた。官邸前や代々木公園、そして高円寺のデモなどをアップリンクのウェブマガジン『webDICE』で取材していても、社会は変わるという勢いを感じていた。だが、261万票で石原知事が開票後すぐに誕生した現実を前に、たこ壷の中だけを見ていた自分が社会の実態と大きくずれていることを思い知った。そのときの2位が東国原英夫候補で169万票、3位が渡邊美樹候補で101万票、小池晃候補は62万票だった。

そして、2012年12月の都知事選では、猪瀬直樹候補が433万票という圧倒的得票数で都知事となり、次点の宇都宮健児候補は96万票だった。

今回の選挙では、前回猪瀬元都知事が獲得した433万票が割れない限り、脱原発派は勝てないと思った。その433万票を無所属で出馬する元自民党の舛添候補、田母神候補、細川候補で分けることになった場合、3等分しても各候補144万票という計算になり前回の宇都宮候補の96万票を大きく上回ることになる。

僕は、選挙では自分の主義主張と一番近い人を選ぶのではなく(ある意味それこそ人気投票だと思うが)、その人が知事になることで、現実に社会が自分の望む方向に変わりうる候補に投票したいと思っている。前2回の都知事選の結果から明らかなように、電力の供給が逼迫した場合、原発再稼働やむなしとする層が支持する舛添候補に票が多く集まるだろう。

核のゴミの処分問題の解決は、目先の経済のために先のばししてもいいという意見が多数だったのがこれまでの都知事選の結果だ。小泉、細川の両氏とも首相在任時には原発推進派だったのが、小泉氏は『100,000年後の安全』を観たことが一つのきっかけとなり脱原発に意見を変えた。それならば、これまでに石原元都知事と、猪瀬元都知事に票を投じた人にこそこの映画を観てほしく思い、無料公開に踏み切った。

そして、どの選挙においてもマジョリティである、棄権した有権者に観てほしいと思った。

僕は、小泉政権時の郵政民営化、規制緩和など新自由主義といわれる大企業のための政策が格差社会を生み出したことは支持していない。だが、脱原発というシングルイシューで選挙を戦う小泉元首相が推すのが細川護煕候補というのなら、脱原発を実現するために細川候補に都知事になってもらいたい。

デモや脱原発派の支持者を応援してきたものの、自分と考えの違う人に共鳴してもらうのは容易ではないことを、これまでの選挙で思い知ってきた。自分と考えの違う人には、感情ではなく論理で向かう必要がある。そして、説得ではなく、本人に気づかせる必要がある。映画は感情に訴えかけるのに有効なメディアであり、『100,000年後の安全』は、核のゴミの問題を非常に論理的に考えさせる映画でもある。そのため、今回この映画を脱原発に社会をシフトさせるために一人でも多く人に観てもらおうとYouTubeでの無料配信に踏み切った。

映画の中で科学者は言っている。「石油などの化石燃料には限りがあります。原子力発電もあと100年持つかは疑問です。ウランも限りがあるからです」。要するに原発問題は、孫の代、そのまた先を想い計ることができるかという想像力の問題だと思う。目先のことしか考えなかったツケは来ている。脱原発という選択は、経済成長が豊かな社会を築きそれが幸福な生活をおくることができるという考え方をパラダイムシフトさせることである。細川候補は先日の記者会見で次のように述べている。「世界が生き延びていくためには、豊かな国がその生活のスタイルを多消費型から共存型へと変えていくしかありません。成長がすべてを解決するという傲慢な資本主義から幸せは生まれないということを、我々はもっと謙虚に学ぶべきだと思います」。彼のこの意見に全く賛成である。ただし、政治家の言うことを100%信じるほどナイーブでもないので、もし彼が都知事となったらこの言葉に背くことがないかは見守っていきたいとも思う。日本を脱原発社会にするためには、まず東京都からシフトさせる必要がある。

『100,000年後の安全』無料配信サイト http://www.uplink.co.jp/100000/2014/

著者プロフィール

浅井隆
あさい・たかし

アップリンク社長/webDICE編集長

1955年大阪生まれ。1974年演劇実験室天井桟敷に入団し舞台監督を務める。1987年アップリンクを設立。デレク・ジャーマン監督の『ザ・ガーデン』『エドワードII』『ヴィトゲンシュタイン』『BLUE』の4作品の共同プロデューサーを努める。また国内では黒沢清監督『アカルイミライ』、シュー・リー・チェン監督『I.K.U.』、矢崎仁司監督『ストロベリーショートケイクス』などの映画をプロデュース。2014年は伝説の監督アレハンドロ・ホドロフスキーの新作『リアリティのダンス』とホドロフスキー主演の未完のSF大作"DUNE"についてのドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』を配給する。現在、宇田川町で映画館、イベントスペース、ギャラリー、カフェレストランが集まったスペースを運営。ウェブマガジン『webDICE』の編集長も務める。

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