ポリタス

  • 視点

鼻をつまんで煮え湯を飲むか

  • 八木啓代 (歌手/作家)
  • 2014年1月25日

都知事選は地方選であるから、あくまで都政を問題にするべきであって、原発問題やTPPを争点にするべきではないという意見がある。

まったくの正論である。そして、言うまでもなく都には問題が多い。待機児童はあふれているし、ホームレスの問題もあれば、石原都政がなおざりにしてきた都営住宅の問題もあるし、決まってしまったオリンピックの問題もある。

しかし、にもかかわらず、やはりこの都知事選は、原発が事実上最大の争点となっている。マスコミがそれを避けようとすればするほど、そうなってしまっている。何より、自民党推薦の舛添氏が、自分も脱原発だと言い出したところが、まさにそれを示している。

一方で、安倍自民党政権はアベノミクスを持て囃され、支持率好調とされていながら、実際には、その後の地方選では苦戦を続けている。特に今年に入ってからは、神奈川秦野市、鹿児島県枕崎市、鹿児島県鹿屋市、福島県南相馬市、そして沖縄県名護市にいたっては石破幹事長が自民候補当選に500億円もの地方支援金まで出すとしていながら、完敗している。無投票の三木市を除くと、自民党は、事実上の全敗なのだ。これは、民主党の末期状態と似ている。

この状況で都知事選で、自民党が敗北ということになると、自民党は大きな方向転換を強いられざるを得なくなる可能性がある。

だからこそ、自民党都連の推す桝添氏の目下の最大の対立候補が、他ならぬ元総理の細川氏と小泉氏であるという事実は、自民党にとって何より痛い。

もちろん、これは保守×保守の対決でしかないのだが、それゆえに、イデオロギーの対立ではなく、小泉氏が言ったように「原発を利権にする勢力」と「原発を利権にするのをやめようとする勢力」との闘いであることが明白になってしまったからだ。

これはある意味、都民にとって不幸なことである。本来、地方都市選として、住民に直結するはずの福祉や教育などがなおざりにされているからだ。

しかし、それと同時に、それは最大都市であり、首都である地域の住民として受け入れなくてはならないことなのであるとも思う。

自民党は55年体制のもと、ずっと事実上の一党政治を貫いてきた。しかしそれが独裁にならなかったのは、自民党が、極右から中道リベラルまでの幅広い人々を内包しており、いわゆる「派閥」が、事実上のミニ政権交代を果たしていたからといえる。

しかし、2009年の民主党による政権交代で、自民党が野に下り、さらに検察の暴走によって鳩山政権が崩壊したあとの、いわゆる菅〜野田政権が、追米的自民党中道右派ラインをまさに踏襲するような、いや、ある意味それ以上に新自由主義的な政策を打ち出してしまったがために、自民党は、「その右に寄った民主党」の対立軸であるべく、さらにどんどん右に寄ってしまった。

そういう意味で、今の自民党の中枢にいる人たちは、かつてなら極右と呼ばれた人たちとなっている。しかも、自らヘイトスピーチを拡散したり、ネトウヨと呼ばれるような人たちの賛美を浴びて、それを恥ずかしいと思うどころか喜んでしまうような人たちだ。

こういった言動を首相やその周囲がどんどんやり始めるということになってくると、いわゆる「穏健保守」系の人々は、ドン引きしそうになっていて、だから、そういった人たちを呼び込める候補というものが、潜在的に求められるようになってくる。

そういう意味での、細川氏というのは、ある意味、いい選択であると私は思った(註:私が好きか嫌いかという問題ではない)。

まさに、今の自民党の極右化に気持ち悪さを感じているが、けれど共産党系や社民系にはたぶん投票しないであろう人たちへの受け皿として、また、東京オリンピック受け入れの顔としても文化人で美的センスも洗練された「殿様」はいい看板であるということだ。

さらにいえば、「殿様」であれば、単に中道〜リベラルだけではなく、「ほんとは極右だけど、田母神はあまりに下品」と感じるあたりの人たちまで取りこめる可能性を持っている。実際に、細川陣営には極右も混じっているようだし。

小泉氏は、私が大嫌いな政治家の一人である。何と言っても日本の格差社会への引き金を大きく引いた人物である。しかし、圧倒的な人気はあった。問題をワンイシューにし、わかりやすい『敵』をつくる、コピーライター的才能と弁舌の巧みさ。そして空気を読む才覚だ。嫌いであるがゆえに、私は小泉氏の才能は認めている。そして、こと反原発に関しては(悔しいが)、あえて言い出すだけあって、よく勉強していると思う。少なくとも、ここ数日で勉強した口先だけの誤魔化しとは思えない。

結果的に、細川氏は小泉氏とタッグを組み、さらに外交に強い小沢が支える形となった。ある意味では、「在りし日の自民党復活作戦」ともいえる。もっと言えば、小沢氏が目指した「保守系二大政党による、政権交代の可能性」を予感さえさせる。

私は自民党支持者であったことはない。小沢支持者でもないし、民主党政権にも批判的だった。 

しかし、極右化した挙げ句の一人勝ち状態で、このままだとあと3年、国会の衆参両院で多数議席を占める自民党安倍政権は、本気でおそろしいと思っている。まず、安倍にストップをかけ、まっとうな保守、まっとうな自民支持者に、今、安倍が連れていこうとしている方向に一緒に行ってはいけないのだと目を覚まして頂きたい。

そのためにも、本来、安倍氏周辺の人々とは思想性が最も近い田母神氏が立候補することで、極右陣営が分裂し、さらに、細川氏立候補で中道右派からリベラル(で、共産党にはたぶん投票しない人たち)に投票先を与えた功績は大きいと思う。

本来の都民のための政治を純粋に考えるのであれば、私は宇都宮氏に投票すると思う。しかし、今は、そういうことをいっている場合ではなく、すでに秘密保護法案は強行採決され、共謀罪もまな板に上がり、尖閣で揉め、戦争をやりたがっている人がそれをもはや隠さないという、日本の一大事である。

1989年、チリではピノチェト軍政を倒すために、極左MIRから、右派キリスト教民主党までが大同団結して、煮え湯を飲む思いで、かつてクーデター支持派だったエルウィンを担ぎ出して、勝利した。

2002年のフランスの大統領選挙では、極右国民戦線のルペンが決選投票に進んだとき、社会党支持者は、鼻をつまんで、右派のシラクに投票を呼びかけた。

だから、私は、首都に住む者の責任として、ここは安倍にストップをかけるということを、苦渋の選択として、あえて選ぶだろう。

そもそも、民主党政権があんなに変質してしまったのは検察の暴走のせいであり、当時、日弁連会長という三権分立を確保する上での重職にありながら、その検察の暴走に対して、歯止めをかけたり牽制するどころか、みすみす手をこまねいて、事実上、何もしなかった宇都宮氏にも、こうなった事態への責任の一端はないとはいえないのだし、煮え湯は煮え湯で、殿様なら茶の湯に仕立ててくれるかもしれないし。

著者プロフィール

八木啓代
やぎ・のぶよ

歌手/作家

中南米と日本と拠点に活躍する歌手であり作家。ここ3年は「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」代表として暴走検察を追い詰めるアクティビストも兼ねる。

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