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声なき叫びをきいて——「貧困」に向き合う東京へ

  • 大西連 (NPO法人自立生活サポートセンター・もやい)
  • 2014年2月8日

適正化される「貧困」

「宮下に警官がたくさん集まってきて、このままだと追い出されるかもしれない」

寒さ厳しい年の瀬、渋谷でホームレス支援活動に携わるメンバーから連絡が入りました。急いで現場に向かうと、100人以上の警官にヘルメットをかぶった区の担当者。そして何台もの警察車両。抵抗すると逮捕するぞ、という怒号。

「宮下公園は1月3日まで閉鎖します」

区の担当者が宣言すると、公園はあっという間に施錠され、野宿をしていた人や支援者が、寒空のなか放り出されてしまいました。

ホームレス支援に携わっていると、こういった現場に幾度となく出くわします。公的機関がお休みに入る年末年始に、暖をとるために身を寄せ合い、食事や毛布をわけあう。そして、その場として公園を使わせて欲しい。それは、不当な要求でしょうか。

1996年、市民派と言われた青島知幸男知事の時代に、新宿西口地下通路の路上生活者コミュニティであった「新宿ダンボール村」が強制排除されました。

また、ネットカフェ等で生活する若者が増加し、「ネットカフェ難民」が大きな社会問題となった2008年には、石原慎太郎知事が「ネットカフェに寝泊まりするのはファッションだ」と発言しました。

そして、近年、渋谷区の宮下公園や区役所地下駐車場、江東区の堅川河川敷など、「公共地(施設)の適正化」という名のもとに、都内各地でホームレス状態の人が生活する場が、行政機関によって奪われています。

国の統計によれば、近年、ホームレス状態の人は減少傾向にあります。しかし、まだまだ支援団体の炊き出し(食事の提供)には100人〜200人ほどの列ができ、私たちのところによせられる相談も年間約3000件近くにのぼります。

「貧困」は確かに存在し、そして、解決への道筋は遠くなっている印象があります。

声なき叫びをきいて

僕は、東京に生まれ、東京に育ちました。僕にとって、通学・通勤の際に目にする「ホームレスのおじさん」は、町の風景の一部でしかなく、一人の人として「認識」したり、その人の人生や今後の行く末について考えることもありませんでした。

僕が最初にいまの活動をはじめたきっかけは、新宿での支援団体による炊き出しに参加したことがきっかけです。

数百人が1杯のカレーのために並ぶ。いわゆる「ホームレス」だけでなく、若い人や車いすの人、一見ふつうそうにみえる男性や女性も並んでいる。はじめての光景にショックを受けました。

そして、ふと見上げると、そこに都庁舎がそびえたっていました。

僕は、生活困窮者支援に携わって、まだ4年ほどしか経ちません。しかし、これまでに相談をお聞きした人は、数千人にのぼります。たくさんの人生と出会い、そして場合によっては別れ。そして、制度や行政機関の方針に翻弄される人々を間近でみてきました。

生活に困窮される人は、一人ひとり、さまざまな背景があり、事情があり、困難さがあり、貧困状態におちいっています。

誰もが、家族がいた時代があり、愛する人と生活していた場所がある。一人として軽視されてもいい「いのち」はないし、見捨てられていい「いのち」もない。

都民の一人として、今回の都知事選において、貧困問題に対するスタンスが主な争点になっていないことが、非常に残念です。

各候補の「貧困」へのスタンス

細川護煕候補は、2003年に労働者派遣法の改正をおこない、若年層への非正規労働の拡大に寄与した元首相と組んで、解雇を自由化し、残業代をすべて無料にするとも言われている「国家戦略特区」を推進するとしています。

田母神としお候補は、「ネットカフェで若者が泊まるのはファッションだ」と発言した元知事の支持を受けており、政策をみても「雇用」についての言及はあるものの、具体的な社会保障政策については明らかにされていません。

ますぞえ要一候補は、厚生労働大臣だった際に、派遣切りにあい生活困窮された人たちが集まった「年越し派遣村」の活動について、「大事な税金を働く能力があるのに怠けている連中に払う気はない」という発言をしていました。

そんななか、宇都宮けんじ候補は、上記の「年越し派遣村」の名誉村長を務め、今回の政策にも貧困問題に対しての具体的な方策を組みいれています。

また、最年少の家入かずま候補は、SNSを使って、一人ひとりからの政策を集めるという新しい取り組みをはじめています。

僕が好感を持つのは、後者の2人です。

一人は、具体的な貧困問題の解決に向けた施策の提起を、一人は、声をあげれば自分の意見が反映されるかもしれないという期待を、僕に抱かせてくれます。

しかし、残念なのは、そもそもが、一つひとつの政策についての丁寧な議論や、意見交換がおこなわれていない、ということです。

「貧困」に向き合う東京へ

今冬も、都内の路上で凍死されたり、体調不良で亡くなる人がいます。貧困状態にある人はまだまだマイノリティです。しかし、少数であるからといって、何もしないでいいということではありません。

東京都の失業者は32万8千人(総務省「労働力調査」2013年1〜3月平均)で、これは新宿区の人口(32万5千人)と同じです。

同じく、東京都の生活保護利用者は、2013年10月時点で29万3615人(厚労省「被保護者調査」)。しかし、実際は、高齢世帯がそのうちの45.3%、傷病・障害世帯が29.4%と、就労が困難な状況の人が多いことはあまり知られていません。

果たして、雇用の促進だけで、生活に困窮されている人、貧困状態にある人の生活を支えることが出来るのでしょうか。そもそも、住まい(住所)がなければ、就職も難しいですから。

貧困問題に取り組むということは、社会の前提を整備するということです。誰しもが失業や健康状態の悪化など、さまざまなリスクを負って、困ってしまう可能性があります。

その時に、「自己責任」と切り捨ててしまうのか、それとも立ち止まって、その人の声なき叫びに耳を傾けるのか、大きな分岐点に差しかかっているのではないでしょうか。

選挙期間はあと数日です。いま、もう一度、「貧困」に目を向けて、わかりづらく、票にならない争点かもしれませんが、丁寧な議論を求めます。

都庁の知事室から見下ろす新宿の町には、数百人の路上生活者と、その数倍にも達するといわれる「ネットカフェ難民」などの生活困窮者が存在します。

「貧困」に向き合う東京を目指すのはどの候補か、僕も最後まで悩みたいと思います。

※参考

東京都知事選と住まいの貧困(稲葉剛)

渋谷区の強制排除に抗議する声明

『新宿ダンボール村』(迫川尚子著 DU BOOKS)

著者プロフィール

大西連
おおにし・れん

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい/認定NPO法人世界の医療団。 1987年東京生まれ。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、現在はNPO法人自立生活サポートセンター・もやい、東京プロジェ クト(世界の医療団)などに参加。生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。

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