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なにも書く気が起きない

  • 東浩紀 (作家・思想家)
  • 2014年2月7日

今回の都知事選についてなにか書けと言われ、快諾したものの、気が進まないまま投票まで1週間を切った。このままでは津田大介との友情が壊れそうなのでやむなくキーボードに向かったが、重い気分はいっこうに変わらない。そもそも政治について何か書くと、必ず罵倒や批判が来る。それでもなにか強く訴えたい主張があるのならかまわないが、今回の都知事選については、正直なにも訴えたくないし、考える気すら起きない。投票も行くかどうかわからない。こんな原稿を書かされることそのものが苦痛だ。

それでも、なにか書かねばならないので、簡潔にぼくの意見を記しておく。

(1)そもそも今回の都知事選は行う必要がなかった

まずはこれにつきる。思えば、昨年末、突然のように現れた都議会、マスコミ、自民党を巻き込んでの猪瀬直樹辞任劇が今回の知事選の始まりだったわけが、そもそもあれはなんだったのか。猪瀬の行動が贈収賄にあたるのか、あたるとしてなんらかの罠に嵌められたということなのか、それはわからない。しかし、いずれにせよ、ああいう騒動を起こすときには首謀者の胸のうちに新知事に仕立て上げたい人物がいて、なんとなく後任の目途がついているというのが政界の常識ではなかろうか。ところが、今回はまったくその構図が見えない。得をしたのは、オリンピック利権を握れた森喜朗ぐらいだろうか。そして世の中はじつに忘れやすく、1月半前にはあれだけ辞めろ辞めろの大合唱だったにもかかわらず、いまや世論調査で猪瀬都政を評価する声が高い始末。結局は、猪瀬ムカつくし、偉そうだから辞めさせようぜという幼稚な騒動でしかなかったことは明らかだ。そんな騒動の結果、50億円もの選挙予算を使わされるなんて、堪ったものではない。猪瀬都政でよかったのだ。

(2)論点がない

つぎにこれ。小泉細川連合が誕生したときにはマスコミは過剰なほどにフィーバーし、脱原発が都政の焦点になるとかぶちあげたものだが、むろんそんなわけはなかった。脱原発は都民の関心にはならず、無党派層の支持も拡がらない。いまや舛添優勢は確定で、細川は宇都宮・田母神と2位争いというじつに情けない展開になっている。そもそも小泉も細川も引退した政治家。そんな彼らの動向に色めきたってしまう状況こそが、日本の現役政治家の貧しさを象徴しているが、肝心の選挙戦開始時に脱原発ばかりを話題にし、ほかの論点をぼやけさせてしまったマスコミの罪もまた大きい。このままでは、舛添が勝ったにしても、なんで勝ったのか多くの都民はよくわからないままだろうし、舛添も、実質的な支持がないので国や議会や自民党に対して強くは出れないだろう。加えて問題なのは、小泉細川連合のこの派手な「失敗」によって、前回の衆院選、参院選に続き、原発はまともな論点にならないという前例がまたもや増えてしまったことだ。原発の是非は論点になるべきだが、それはポピュリズムの道具であってはならない。

(3)若手がいない

そして最後。すでに多くのひとが指摘しているが、今回は主要候補者4人がすべて60代と70代であり、平均年齢がきわめて高い。そんななか、ぽつんと現れたのが35歳の家入一真で、支援者には堀江貴文など有名人が顔を揃える。であれば家入が一気に台風の目になったかといえば——ご存じのとおり、それはなかった。これもまたあたりまえで、家入は昨年末に出馬を宣言したあと、いちどあっさりと取り下げているなど、信用できない行動が多い。記者会見で語った動機も「出馬をツイートしたらたくさんRTされて引っ込みがつかなくなった」というもの。つまりは、本気で政治家になる気があるのかどうか、さっぱりわからないのだ。なるほど、そんなふるまいこそがいまの若者の「リアル」かもしれないし、実際にネットの一部では歓迎されている。しかし、保守的な大人が眉を顰めることもまたまちがいないのであって、そんなリアルを押し出すのは戦略的には誤りでしかない。今回は老人選挙。本気の若手が出れば、年齢だけでかなり追い風になったはずなのに、家入はその可能性を潰してしまった。加えて問題なのは(上述の小泉細川連動の問題と似ているのだが)、この家入の「失敗」が、ネット世代は力をもたないという前例を作り、今後萎縮効果をもたらすかもしれないこと。家入の得票が、せめてドクター中松を超えることを心から祈っている。ドクター中松は2012年の都知事選では12万票を集めており、なかなか手強い。

以上。

ほかの寄稿者とずいぶん毛色が違い、投票への呼びかけもなければポジティブな提案もなく、おまけになんかもう選挙結果が決まってしまったかのような異様な文章になってしまったが、ぼくには事態はこう見えるのでしかたがない。いずれにせよ、ぼくは、今回の都知事選は、茶番そのものだと思う。その茶番にのりたいひとは、日曜日に暇があったら投票に行くのもいいだろう。

ぼく? ぼく自身は、そもそも投票所に行く気がまったく起きないが、もし行ったとしたら舛添か家入に投票する。舛添に投票するのは、主要候補者4人のなかでは舛添がもっとも都政をまじめに運営しそうだからであり、家入に投票するのは、彼が惨敗すると今後の日本の若い世代に悪い影響を与えるからである。どっちにするか、それとも棄権にするか、それは当日の気分で決める。

著者プロフィール

東浩紀
あずま・ひろき

作家・思想家

1971年生。ゲンロン代表取締役。専門は現代思想、情報社会論、表象文化論。メディア出演多数。主著に『存在論的、郵便的』(1998、サントリー学芸賞受賞)『動物化するポストモダン』(2001)『クォンタム・ファミリーズ』(2009、三島由紀夫賞受賞)『一般意志2.0』(2011)。編著に『福島第一原発観光地化計画』(2013)など。

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