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二元論は危ない

  • 江川紹子 (ジャーナリスト)
  • 2014年1月31日

困ったなあ……。

今回の都知事選のことを考えた時に浮かんでくる言葉がこれ。ここ数年の政治イベントの中でも、今回の都知事選ほど気持ちが乗らない選挙はない、というのが私の正直な気持ちだ。

だいたい、世論調査で有力視されている2候補の政策集の筆頭に掲げられているテーマが、片や「史上最高のオリンピック・パラリンピック」で、もう一方が「原発ゼロ」。地方自治体の長を選ぶ選挙にしては、都民の実生活とは遠いところに候補者たちは大きな風呂敷を広げる。

確かに、パラリンピックは超高齢化社会に対応したまちづくりのいいきっかけになると思うし、そうしてもらいたい。また、原発を巡る問題を政府が悪い、東電が悪いとばかり言ってないで、都民が自らの課題としてエネルギー問題を考えることは大切だし、最大のエネルギー消費地である東京の省エネが、原発依存からの脱却には欠かせない。

けれども、オリンピックの大会組織委員会は森元首相を筆頭にメンバーが決まっている。東京都はその下請けとして扱われるのではないか、とイヤな予感がする。都民の負担を増やさないことも大事だと思うのだが、五輪重視の候補者はそういうことは語らない。一方の原発に関しては、都知事に再稼働を決める権限はなく、どうやって「原発ゼロ」を実現するのか、ピンとこない。

私としては、東京都に原発を持ってくるような推進派は避けたいが、この課題よりも超高齢化社会への対応、災害対策、さらには若い世代のための子育て支援などを中心に選びたいと思う。ただ、困ったことに、各候補の政策集を見ても総花的で、具体的に何に重点を置き、それをいつまでにやるのか、というところが必ずしもはっきりしない。選挙戦の後半には、できる限り、重点を置く施策を具体的に伝えてほしい。

もしかして、演説の中では触れられているのかもしれない。ただ、個人的事情で申し訳ないが、私はこのところ連日のオウム裁判で手一杯で、1人ひとりの話をじっくり聞く時間がない。お勤めの方にもそういう人は少なくないと思うので、手が空いた時に読めるよう、各候補のサイトに掲示してもらえるとありがたい。

それから、今回の選挙で選ばれる人は、最低でも1期、できれば2期はちゃんと務めてもらいたい。途中で放り出すのはもちろん、追い込まれ辞任のようなことも困る。そのためにも、何か不測の事態があった時に、しっかり危機対応ができそうな人でなければならない。犯罪に当たる問題を抱えているのは論外だが、本人の個人的問題が暴かれたり、組織内部でとんでもない不祥事があったりしても、慌てふためかず、情報をオープンにしつつ適切な対応ができそうな人にやってもらいたい。それができない人には、大きな災害や事故が発生した時にも、冷静適確な対応はできないように思う。

ただ、これまた困ったことに、誰がそういう器を備えているのかを見抜く方法がわからない。人を見る目にはあまり自信はないけれど、こればかりは、自分の感性で見極めるしかないのだろう。

最後に一つだけ、今回の都知事選の位置づけについて、小泉元首相の発言について思うところを書いておきたい。

彼のように責任ある立場だった人が、自分の意見を変えるというのは、簡単ではない、と思う。東京電力福島第一原発の事故を経験した後、原発問題について考え、自ら調べ、脱原発へと過去と意見を変えたことは、本当に勇気があると思う。また、小泉氏の脱原発をすべしとの理由に、核廃棄物の処理の問題を挙げていることには、私もまったく同感だ。

しかし、彼の次の発言には、きわめて大きな違和感を覚える。細川氏が出馬を表明したぶら下がり会見の場で、小泉氏は、今回の都知事選について、こう言った。

「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくして日本は発展できないんだというグループとの争いだと思う」

意見が異なる相手にネガティブな極論のレッテルをぺたりと貼りつける、お得意の二元論だ。首相時代、郵政民営化に反対する者を「抵抗勢力」として「刺客」を送り込み、「味方にならない者は敵だ」としてイラク攻撃に踏み切ったブッシュ米大統領をいち早く支持した、あの手法だ。

二元論はわかりやすい。こういう単純な対決の構図は、マスコミも喜ぶ。かつては、小泉批判をしていた人まで、「見事なアジェンダ設定」とほめそやすのには、がっかりした。敵にしたら怖いが、味方にすればものすごく頼もしく、脱原発のためならこういう手法もあり、ということだろう。

だが、それでいいのか。

白か黒か、敵か味方か、正義か邪悪か……。このような二元論は、人の思考を単純化する。社会で起きている様々な問題は、そんな単純ではないはずだ。結論だけをバシッと言うので、あたかも歯切れがよいような印象を受けるが、その結論に至るプロセス、そしてそれを実現していく過程でどのような課題があるかといったことが端折られてしまう。そういうことは、考えなくてよい、という無思考に陥りやすい。

私は、こういう思考の単純化や無思考は、本当に危ういと思う。極端な二者択一の果てに、気がついたら思いもしなかったところに着いていた、ということになりはしないか、と恐れる。なぜ、原発のリスクを真剣に考える人たちが、二元論の危険性に鈍感でいられるのか……と残念に思う。

それに、「即時原発ゼロ」から「原発を重要なベース電源として推進していく」の両極の間には、いろんなやり方や考え方がある。にもかかわらず、二元論的思考で「即時ゼロ」以外はすべて「推進派」に追いやって、「脱原発vs推進派」の構図にしてしまおうとすれば、「できるだけ早く原発をやめたい」と考えている多くの人たちは行き場を失いかねない。むしろ、そうした多数派を包摂し、できる限り早く原発から離脱できる方法論を議論する場こそ、今一番必要なのではないか。小泉氏には、そうした議論の先頭に立ってもらいたい、と願う。

また、小泉氏はここまで熱く政治の場で脱原発を訴えるなら、まずは国政選挙で行うべきだったのではないか。昨年の参院選挙に、自ら立つなり、同志を募って応援するなりしてほしかったと、これもまた残念な思いがする。

それでも、小泉氏の登場で、今回の都知事選では、原発「も」テーマの一つになった。これについて力を入れている候補は、自分の理念を実現するための政策を、ぜひとも具体的に挙げてほしい。

著者プロフィール

江川紹子
えがわ・しょうこ

ジャーナリスト

東京都杉並区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランス。著書に『勇気ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)、『救世主の野望・オウム真理教を追って』(教育史料出版会)など。

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