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都知事選を”たべもの”視点でみるとどうなる!?

  • 山本謙治 (農産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト)
  • 2014年2月8日

◇食は今回の選挙の争点ではない!?

今回の都知事選には、それほど気合いが入っていなかったのだけれども、親愛なる津田君からの原稿要請であり、これは応えなければならない義理があるのであります。

なんで気合いが入っていないかというと、それは簡単——「食」に関わる争点があまりないからだ。もう嫌になるくらいみなさんが指摘されているように、今回は原発再稼働の問題など、論点が限定されている(かのように見える)選挙となっている。

その一方で、東京都にはいくつかの食を巡るイシューが存在する。

今回原稿を書くにあたって改めて候補の政策集や会見録を整理してみて驚いた(というよりは予想通りだったのだが)。とにかく、まともに“食”に関して取り上げている候補が非常に少ないのである!

ということで、本稿では主要な候補がどんな「食の政策」を念頭に置いておいているのか見ていく。ちなみに結論から先に言えば、筆者は今回の都知事選で宇都宮けんじ候補に一票を入れることを決めた。

東京都における食の問題として筆者が注目しているのは「都市農業をどうしようと思っているのか」と「豊洲市場の移転問題」という2つのテーマだ。

「都市農業」という言葉はあまり耳慣れないという人も多いかもしれない。東京都は2011年現在で7600ヘクタールの農地を有している。もちろんこの数字は47都道府県で最下位だ(東京の次に小さい大阪が1万3800ヘクタールで、最も大きい北海道は115万5000ヘクタールの農地を有している)。東京の農地はそもそも非常に少ないうえ、23区内に限定するとわずか662ヘクタールしかない。東京の農業はほとんど多摩地域が担っている。一言で言えば東京は、本当に農業から縁遠くなってしまっている都市なのだ。

そんな東京だが、真剣に携わっている農家の方も少なくない。平成21年に東京都が実施したアンケート調査(東京都政モニターアンケート結果「東京の農業」)によれば「東京に農業・農地を残したいと思う」という回答をした都内居住者はなんと85%に上るというから驚きだ。

実のところ昭和40年代前半くらいまでは、東京はバリバリの農産地だった。大根やキャベツの出荷額では、全国でも上位に食い込むくらいの生産力があったのだ。しかし土地の高騰、相続問題、新たに流入してきた住人からの苦情問題(堆肥の匂いや農機の騒音など)などが重なり、いつしか東京での農業は冷遇されるようになった。

その問題をどう考えているのかということが筆者にとって大きなテーマである。

もう一つのテーマが築地市場の移転問題だ。現・築地市場を豊洲へ移すという東京都の計画は広く知られているが、計画の途中で豊洲の予定地が予想以上に汚染されていた事実が発覚。現在もいまだ先行きが不透明な状況が続いている。この問題に都知事候補者はどう対処するのか。

東京オリンピックが決まったことで、現・築地市場周辺も再開発の必要性が高まった。かといって、豊洲の汚染状況がそう簡単に改善するわけでもなさそうだ。だからこそ、このあたりの舵取りが気になるわけだ。

これら2つのポイントに加えて、少しでも食に関わる発言があれば、そこから見えてくる思想があるはず——以下、本稿ではその観点から主要な候補の政策や会見要旨をチェックする。

◇食からみた主要候補の政策の方向性

まず最初にお断りしておくが、全候補を調べる余裕はなかったので、今回は細川護熙、舛添要一、宇都宮健児、田母神俊雄、家入一真、根上隆の6氏についてのみの論考とする。

<1>細川護熙

まず細川氏だが、公式ホームページ( http://tokyo-tonosama.com/ )にある「政策」の文中にはこの一文のみ。

東京からの心と体と健康を取り戻す「食の改革」を推進します。

とある。記者会見要旨より、食に関係のありそうな部分をピックアップしてみた。

経済についても安倍さんは頑張っておられるが、現在の 1億3000万人の人口が50年後には9000万人に、100年後には江戸時代に近い3分の1の4000万人まで減ると予測されるこれからの時代に、いままでのような大量生産、大量消費の経済成長至上主義ではやっていけないのではないか。腹一杯ではなく、腹7分目の豊かさでよしとする抑制的なアプローチ、心豊かな幸せを感じとれる、そういう社会を目指して成熟社会へのパラダイムの転換を図っていくことが求められているのだと思います。 これは世界でも恐らく初めての歴史的実験になるかもしれませんが、世界が生き延びていくためには、豊かな国がその生活のスタイルを多消費型から共存型へと変えていくしかありません。成長がすべてを解決するという傲慢な資本主義から幸せは生まれないということを我々はもっと謙虚に学ぶべきだと思います。

とある。上記は直接的に食について言及しているわけではないので、透けて見える思想を推し量るしかないが、日本最大の消費地である東京都自身が「大量生産・大量消費」から脱却すると宣言しているところがミソだろう。ただし、その世界をどう実現するのか聞きたかった。

<2>舛添要一

つぎに舛添氏だが、細川氏とは大きく路線が変わる。公式ホームページ( http://www.masuzoe.gr.jp/ )の政策から関連のありそうなものを抜き出すと、下記の3項目が該当した。

「世界に通用する人材の育成と骨太の教育改革」
・食物のありがたさと味のわかる子どもを育てる食育の促進

「日本を支え、変える東京外交」
・日本文化・クールジャパン(食、アニメ、ファッション、アートなど)を、海外に積極的に発信する文化産業戦略の展開

・江戸前寿司スタンダードの構築(寿司アカデミーの設立と世界を対象にした寿司技術の認証)

こちらはすでに存在する「日本の食文化」を、子供達にどう教えていくかということと、外向的にどう利用していくか、その枠組みを作るかということに注力しているという印象。しかし、その前提となる「東京における日本の食文化」については何も言及されていないことが気になる。

はっきり言えば、東京都民にはどこの都道府県よりも「オトナの食育」が必要なのだが……。舛添氏個人としては、食については現状のままでいいという認識を持っていると感じた。

<3>宇都宮健児

正直驚いた。公式ホームページの政策( http://utsunomiyakenji.com/policy/index.html )には、かなり具体的なアクションプランまで書かれている。以下、食に関わりの深い部分だけを抜粋するが、それだけでも結構な分量がある。

■都市農業
・都内の農地・緑地を保全し、緑化・植林・植樹を進めます
・大消費地東京を抱える近郊の都市農業は、収益性が高く、産業として有望です。農家のこれ以上の減少に歯止めをかけ、農地を保全・拡大します。都として農業振興政策を強化し、農業予算を拡大します。若者の就農を進めます
・消費者にとって安全で安心でき、中小の業者がこれまでのように営業を続けられるよう、築地市場を守ります。豊洲移転を見直します。豊洲での土壌汚染対策を強化します

■豊洲市場移転問題
・豊洲での土壌汚染問題について、都はこの3月までに全区画で「安全宣言」を出すとしていますが、この問題はまだ終わっていません。「安全宣言」をいったん撤回し、さらなる土壌汚染の現地調査を行います
・都知事選直後の2月13日に開札予定の豊洲新市場の3つの市場棟の入札は、中止します
・築地市場については、移転案および現地再整備案を含め、改めて、市場で働く人々や地元自治体・住民の意見を聞いて、判断します
・築地移転を前提とした都有地の民間売却や道路・商業施設などの大型再開発は行いません

■TPPへの態度
・東京の農林水産業・中小企業と、消費者の食や生活の安心・安全を守る立場から、TPPに反対します

■脱被ばく政策を進めます
(1)食品の放射能汚染を懸念する都民の負託に応え、「食の安全」のための規制を強化します
・食品の種類ごとにより厳しく、厳密な基準値の設定を国に求めます
・都としても、都民の選択肢を増やすため、食品ごとの放射線測定値の厳密な表示を義務づけ、都自らも測定してその情報を公開する制度をつくります
・学校給食の食材については、国よりも厳しい基準を設定します
(3)都民を放射能汚染から守るために、都独自の「食品の安全規制」と都民と連携した食品や土壌等の放射能測定ネットワークをつくります
・食品の放射能汚染を懸念する都民の負託に応え、「食の安全」のための規制を強化します
・食品の種類ごとにより厳しく、厳密な基準値の設定を国に求めます
・都としても、都民の選択肢を増やすため、食品ごとの放射線測定値の厳密な表示を義務づけ、都自らも測定してその情報を公開する制度をつくります
・学校給食の食材については、国よりも厳しい基準を設定します
・都内各所の市民測定所と連携し、食品や土壌汚染の測定ネットワークをつくります

ということで、都市農業についての言及、豊洲市場移転問題への対応方針、さらにはTPP反対、脱被ばく政策と、すさまじい力の入れようである。食に関わる問題にこれだけ方針を示している候補は他にいない。

もちろん「具体的にどう実現するのか」ということについて疑問符がつく問題は存在する。豊洲市場移転問題は本当に凍結していいのかという根本的な疑問もあり、読んでてハラハラするところも少なくない。

しかし、都知事がかけ声をかければ実現する政策は多いはずだ。個人的には、都市農業を守り、農地を拡大する、農業振興政策を強化するぞと高らかに宣言している部分が気に入った! 筆者は文句なしに宇都宮氏を支持する。

<4>田母神俊雄

公式ホームページ( http://www.tamogami-toshio.jp/ )上にて、以下の一文。

築地市場は、都民や業者の安全を確保しながら移転を推進します。

ということで、汚染対策を粛々と実施し、断固として移転するということだろう。

<5>家入一真

公式ホームページ( http://ieiri.net/ )上にて以下の一文。

豊洲新卸売市場の運営は、民間活力を取り入れて効率的におこないます。

ということで、豊洲移転はする、ということだ。民間活力を取り入れてという部分は意味がちょっとわからない。市場開設者は確かに東京都だが、そこに入って取引を運営するのは卸売会社であり、市場は民間活力が入ることが「前提」だからだ。何を「取り入れる」つもりなのかそこのところが知りたい。

<6>根上隆

この人を”主要な候補”に入れるのは問題があるかもしれないが、根上氏だけが今回の候補者たちの中で「豊洲市場問題が一番のイシュー」という立場なので取り上げた。公式ホームページに政策はなかったので談話より抜粋。

その前に豊洲ですよね。そこは六価クロムからなまりからヒ素まで入ってるところが、なんで食料のね、大事な市場が移転するんですか。しかも600億もかけて除染して穴掘ってる今ね、その掘ったものどうするんだと。東京であの辺で地下水飲む人いないけれども、どこかでまた汚染するでしょ。ごみ問題を解決すれば、自治体の長になれるっていうけれど、それはどっかに押しつけわけなんでね。私も日の出町の時、あれは共産党が主流になって、創価学会も含めて、トラスト作ってやってましたけど。あそこでも対応した、私が初めて対応した、私が1人だけでしたからね。だけど、やはり裏でみんな取引してるんですよ。弁護士だとか、元東京都の職員たちが、全部取引してる。やってる人たちが一生懸命やってて、座り込んだりしてて、下請けの業者も4000万のブルドーザー買ってるから、大変なわけですよ、工事ができないと、借金抱えてるから。全部突っ込んできますよ。みんな怖がって逃げちゃう。私は最後までいたからね。逃げるわけにはいかないってことで。ブルドーザーのツメが足にばーんと引っかかってね、血が出たんですよ。下手したら私、複雑骨折したりね、下手にブレーキがなかったら死亡してましたよ。

政治と選挙のプラットフォーム「政治山」【都知事選】根上隆氏の出馬会見全文 2014/1/16 より)

……何ともコメントがしづらいところだ。

ということで主要候補の、食に関連していそうな政策やインタビュー内容を見てきた。食に関しての政策を見据えているのは細川、舛添、宇都宮の三氏。多岐にわたり、かつ細部まで方向性を打ち出しているのは宇都宮氏と言えよう。

もちろん、都の方針は現状すでに存在するわけで、もし仮に食について何も考えていない人が都知事に就いたとしても、食に関連する部署の人達が既存の方向性をレクチャーし、導いていく(操作するともいうが)はずだ。

しかしそうならば余計に都知事となる人の思想が気になる。それによって都市農業や築地市場移転問題の采配が決まるのだから。

さて、みなさんはどなたを選びます?

著者プロフィール

山本謙治
やまもと・けんじ

農産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト

農産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト。1971年愛媛県生まれ埼玉県育ち。学生時代にキャンパス内に畑を開墾し80種の野菜を生産。大学院修士課程卒業後、大手シンクタンクに就職し、EC関連事業のコンサルティングに従事。その後、花卉・青果物流通業を経て2004年に(株)グッドテーブルズ設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングを実施する。その傍ら日本全国の佳い食を取材し、一般に伝える活動をしている。一年の約半分は出張で全国を周り、地域の郷土料理や特産物に出会い続けている。著書には「日本の『食』は安すぎる」(講談社プラスα新書)「実践農産物トレーサビリティ」(誠文堂新光社)など。

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