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田母神陣営の戦いから見る「ネット保守」のゆくえ

  • 古谷経衡 (評論家/著述家)
  • 2014年2月4日

舛添要一、細川護煕、宇都宮健児、田母神俊雄候補らの激しい選挙戦が伝えられる都知事選挙もいよいよ中盤というところまで来て、私が俄然注目するのは、元航空幕僚長の田母神俊雄陣営の戦いぶりである。

1月8日、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は、J-WAVEの番組で都知事選挙に言及。「日本も相当に右傾化が進んでいるから、田母神さんも宇都宮さんと同じくらい、票が取れるのではないか」というニュアンスのことを言った。このコメントが今回の都知事選挙の性格を象徴している。

都知事選挙は「ネット保守」の趨勢を知るバロメーター

田母神氏を支持する保守層が、共産・社民が推薦する宇都宮氏と拮抗する勢力を持ちえているのであれば、その得票は同等かそれ以上になるはずだ。一方、保守層が未発展であれば、宇都宮候補に大きく敗北する、という結果が予想される。

田母神氏の得票数がそのまま、日本の「ネット保守(≒否定的な文脈での“ネット右翼””ネトウヨ”)」やゼロ年代以降、新潮流として登場して来た保守勢力の「趨勢」をそのまま反映させる国勢調査的な意味合いを含んでいる、という事実からも、田母神陣営の戦いとその票数に注目したい。 

ここでは、わかりやすく、ゼロ年代以降、インターネット空間に登場してきた前述の「ネット保守」や後述するCS放送局などを中心に誕生し、拡大してきた保守的勢力を一括して「新保守」と定義し、建設・農林・医療など職能団体の組織的な支援によって支えられてきた自民党の支持勢力を「旧保守」と定義することにする。

なぜ田母神氏の得票数がそのまま「新保守」の趨勢を意味するというのか。これまで、ゼロ年代以降に生まれた「ネット保守」などの「新保守」の人々の投票行動というのは、ほとんどすべてが自民党候補への投票であった。しかし、今回の田母神氏に対しては、なにより自民党から推薦を受けていない非自民の独自候補であり、いわゆる「ネット保守」層からの熱心な支持のみならず、保守派の文化人や知識人、及び非自民傘下の関連団体などから、幅広く強烈な支援を受けていることは、「田母神としお」公式ウェブサイトの賛同人一覧を見ても明らかな通りである(かくいう筆者も、その賛同人に含まれている)。

つまり、「新保守」の潮流の中で、史上初めて彼らが自民党などの既存政党に頼らない、独自の候補を擁立するに至った結果、登場してきたのが田母神俊雄氏なのである。だから田母神氏の得票数はそのまま「新保守」の趨勢とイコールであるのだ。

田母神票の3.5倍が全国の「新保守」人口

今回の田母神氏に対する「新保守」の熱の入れ方は、間違いなく過去最大級のものだ。遡ること約半年前、2013年7月の参院選挙で自民党から全国比例区で立候補した赤池誠章氏が約21万票(自民党8位)を獲得して当選した。この時も今回の田母神氏を支援したような「ネット保守」層や、保守系文化人、言論人の顔ぶれと赤池氏への支援者はほぼ重なっていた。しかし、赤池氏の場合はあくまで自民党候補であり、その支持者には自民党の票田である「旧保守」界隈からの票が少なくない数、混じっていた。結局このときの選挙では、「新保守」がどの程度、赤池氏の当選に貢献したのかというその度合いが、やや曖昧になっていた。だからこそ田母神氏の得票は、純然たる「新保守」の勢力をそのまま現すものとして、大変に興味深いものなのである。

私が2012年末に行った独自の取材に基づく調査によると、「新保守」のうち、その約30%弱(具体的には27%)が東京都に集中している、という結果が出た。東京の人口は全人口の1割だが、「新保守」が東京を中心とする大都市部にとりわけ集中し、その中でも更に比較的富裕な中小の自営業者が中心である、という実態が明らかになりつつある。

ここから、東京における「新保守」の分布が全国のそれの縮尺になっているという前提のもと、東京都の得票数から全国の「新保守」人口を大まかに割り出すことができる。この場合、100÷27=3.7となり、東京の「新保守」の得票数に3.7倍をかけたものが日本全国の「新保守人口」であると考えられる。

この数字をわかりやすく「3.5倍」として計算するとして、仮に田母神氏の得票を50万票とすると、約175万人。100万票だとすると約350万人の「新保守」が日本に存在することになる。この推定が正しければ、「新保守」は共産・社民に匹敵する一大勢力であると言うことができる。巷間いわれる「ネトウヨが〜(このところ増えている)(一部に過ぎない)」などという、顔の見えなかった漠然としたイメージが、ハッキリとした数字となって現れてくるのである。

今回の田母神俊雄候補の後ろ盾の多くは、伝統的な自民党の保守票であるところの「旧保守」から分離したところにある、新しい「ネット保守」を中核とした潮流「=新保守」にあることはすでに述べたとおりだ。その中枢を担ってきたのは2004年設立の独立CS放送局「日本文化チャンネル桜」(代表・水島総氏*田母神選対本部長を務める一方で現在は辞任)と2010年設立の政治団体「頑張れ日本!全国行動委員会」(会長・田母神俊雄氏)に他ならない。自民党と基本的には同調しつつ、ゼロ年代から伸長してきた「ネット保守」の拡大を確実に背に受けて進んできた「新保守」の輪郭を浮かび上がらせる絶好の機会こそ、今回の都知事選挙だ。

都知事選の結果は「ネット保守」をめぐる言説の分水嶺になる

「新保守」からの田母神氏への支持は圧倒的である。公示前の1月18日現在、ラジオNIKKEIのネット調査では「都知事に相応しい人は?」の質問に「田母神俊雄」が約83%(約7000票)とダントツ1位となり「俄然本命か」とスポーツ紙などで騒がれた。これだけを見ると、「新保守」層からの支持・認知は(公示前の時点に於いて)圧倒的のように思われる。

しかし一方で、週刊ポスト(1月31日号)では、自民党幹部の予測として宇都宮氏60万票、田母神氏の得票を約40万で第4位と予測。週刊現代(2月8日号)では、都民2500人への調査結果として、同じく候補者中第4位で得票率9.7%と予想し、振るわない。また1月17日〜19日にかけて行ったニコ割アンケート(ドワンゴ)による都民11万人(自己申告)へのアンケートでも、具体的な数字は出ていないが、宇都宮健児候補にやや及ばない4位に落ち込んでいる。

一部のネット上や保守界隈での圧倒的な盛り上がりをよそに、各種調査では田母神氏の得票予測はやや伸び悩んでいる。この予測通り田母神氏が40万票で宇都宮氏の次点敗北となれば、「ゼロ年代以降のネット保守を筆頭とした新しい保守の潮流は思ったほど伸びていない」という現状が浮き彫りになる。この状況を投票日までに打破できるかどうかが、田母神陣営の腕の見せ所であろう。

冒頭に引用した鳥越俊太郎氏の「相当に右傾化が進んでいる」という部分の、右傾化というのは、多分にネット空間を含めた「新保守」の台頭のことを指している。在特会や日護会といったネット発祥の“右派系”市民政治団体や、前述のCS放送局とその周辺、さらに大小各々のネットや出版を主戦場とする保守系著名人は、その政治的主張が極端なものから至って穏健的なものに至るまで、「これまでの自民党的な支持層・支持組織という文脈からはまったく無縁である」という一点において、グラデーションを描くように一本の線上にある。これが現在の「新保守」を俯瞰した現状であり、その実勢が今回の都知事選挙で浮かび上がるのは、実に興味深い。

「新保守」を批判的な文脈で捕らえる人々は、常に「新保守」の台頭を「日本の右傾化」と呼称するが、私はこの考えは事実誤認だと思う。一方、「新保守」側からの「日本の世論が(保守的な文脈において)正常化している」という声もまた、保守派の願望であるように聞こえる。

実際のところ、宇都宮氏の得票を基準点として、「それ以上」「拮抗」「それ以下」のいずれか3つの得票パターンで、「新保守」の勢力が事実誤認の過大評価なのか、一方で「願望」に基づく水増しなのか、はたまた想像以上に一大勢力を構築しているのか——今回の都知事選でこの事実がハッキリとわかる。確実なことは、選挙後、今後の「ネット保守」を巡る言説は必ず変更を迫られることになる、ということだ。

著者プロフィール

古谷経衡
ふるや・つねひら

評論家/著述家

1982年札幌市生まれ。立命館大学卒。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。ヤフーニュースや論壇誌などに記事を掲載中。著書に『インターネットは永遠にリアル社会を超えられない』『若者は本当に右傾化しているのか』『クールジャパンの嘘』『欲望のすすめ』など多数。TOKYO FM「タイムライン」隔週火曜レギュラー。

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