ポリタス

  • 視点

ロングテールの政策ニーズを拾えるか

  • 鈴木寛 (東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学 教授、元文部科学副大臣)
  • 2014年1月31日

都知事選がスタートしました。6兆円という予算規模はニュージーランドなどの国家予算に匹敵するだけに、マネジメント手腕も問われます。

どの候補者が勝っても、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催準備という大仕事が待ち受けています。その頃には4人に1人が高齢者となる予測が出ており、しかも、47都道府県のなかで最も急激に高齢化がすすむ東京で、介護や医療をどう拡充させるか、1人暮らしの高齢者を支えるコミュニティをどう醸成させるか……課題は山積しています。誰が、国際オリンピック委員会と一緒に仕事ができて、医療福祉問題を熟知していて、災害対応体制を一挙につくりあげられるのか? それを託せるのが誰なのか? みなさんしっかり判断して選びましょう。

複雑多岐に渡る都政の課題。ところが告示の半月前、引退していた小泉元総理が突然表舞台に現れ、「脱原発」を掲げて細川元総理の出馬を応援すると表明しました。多くのみなさんも将来的に脱原発の方向性については異論はないでしょうし、卒近代を研究、主張してきた私も文明の問題として重要だと思います。電力消費地である東京がエネルギーのあり方を考えることは悪いことではありません。しかし、それを都政との関わり合いにおいてメインのアジェンダ設定にすることが相応しいのか、国政で何を決め、都政が何を決められるのか、冷静に判断することが重要でしょう。自らの知名度、求心力を駆使し、テレビを通じてアジェンダを設定して選挙の主導権を握る——。まさに郵政解散を彷彿とさせる手法であり、シングルイシューで切り捨てられることが増えるのではないでしょうか。実際、「脱原発」が都知事選の報道にそれなりの影響を与えています。

しかし郵政解散の2005年当時と大きく変わったことがあります。ツイッターやフェイスブック等のソーシャルメディアが社会の情報インフラとして定着し、誰もが日常的に発信する環境に一変しました。さらに2013年には公職選挙法改正でインターネットを使った選挙活動を解禁しました。政党、政治家・候補者サイドと有権者サイド、そして有権者同士が自由闊達に政策を議論する土壌が整いました。政治家になる前からの十数年、解禁に向けた運動をしていた1人として感慨深いものがありました。

ご存じの通り、私は参院選で3選はならず、テレビの知名度で圧倒的だった山本太郎氏の初当選が話題になりました。選挙後には「ネットが得票に影響を与えることは少なかった」という報道もありました。ただ、それは政治家も有権者も既存メディアも、どのように使いこなすのか手探りだったのではないでしょうか。政策論議に適切なプラットフォームが普及しきっていないことも原因でしょう。今回の都知事選の各陣営の動きを見ると、参院選での経験も踏まえ、ネットを使って積極的に発信し、有権者からの支持を集めていることに一定の成果を出しているところもあります。

ユニークなところは家入一真候補の陣営です。今回の候補者で最年少の35歳の新人は、ツイッター上でハッシュタグを打ち、「#ぼくらの政策」を募集。候補者本人の考えをベースに、ネット上から寄せられた政策アイデアを集約して政策を作る方針です。最初から完成されたマニフェストを提示する従来の選挙戦とは真逆の手法で、ネットらしい民意の集め方にも見えます。

私も参議院議員時代、ネットで民意を集めて政策を集めるプラットフォームを作ろうとしたことがあります。政権交代直前の2009年6月、民主党都連で「東京ライフ」というサイトをプロデュースしました。これは「官僚ではなく市民の知恵と力を活用した政治」を目指し、世界でも例のない政党運営型・市民参加の本格的政策立案サイトを目指したものです。政治家やメディアが一方的に設定するアジェンダ以外のロングテールな政策ニーズも拾い上げることも期待されました。しかし、残念なことに当時はまだネット選挙解禁前で定着せず、肝心の民主党本部の幹部もピンときていませんでした。都議選で圧勝、しかし、衆議院選挙後、結局クローズしてしまいまうことになり、時期尚早で残念な思いです。 参院選ではまだ「卵」でしかなかったネット選挙。今度こそ「孵化」するのでしょうか。各候補者のネット選挙活動に大いに注目しています。

【主な候補のホームページ(50音順)】

家入かずま候補 http://ieiri.net/

宇都宮けんじ候補 http://utsunomiyakenji.com/

田母神としお候補 http://www.tamogami-toshio.jp/

ますぞえ要一候補 http://www.masuzoe.gr.jp/

細川護煕候補 http://tokyo-tonosama.com/

著者プロフィール

鈴木寛
すずき・かん

東京大学公共政策大学院/慶應義塾大学 教授、元文部科学副大臣

1986年東大法学部卒業後、通産省入省。慶應義塾大学環境情報学部助教授を経て、2001年参議院議員初当選(東京都)。12年間の国会議員任期中、文部科学副大臣を2期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化・情報を中心に活動。党憲法調査会事務局長、参議院憲法審査会幹事、超党派スポーツ振興議連幹事長、東京オリンピック・パラリンピック招致議連事務局長、超党派文化芸術振興議員連盟幹事長、日本ユネスコ委員などを歴任。2013年参議院議員選挙(東京都)にて惜敗。2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に日本初の国立・私立大学教授同時就任。ほか大阪大学招聘教授(医学部・工学部)、日本サッカー協会理事。10月より文部科学省参与に就任。著書に『熟議のススメ』(講談社、2013年)、『テレビが政治をダメにした』(双葉新書、2013年)、『「熟議」で日本の教育を変える』(小学館、2010年)など。

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