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歴史に残るワンイシュー都知事選に

  • 大谷昭宏 (ジャーナリスト)
  • 2014年1月29日

都知事選に関して、直近では毎日と産経新聞が電話世論調査を実施している(1月25日朝刊)。だが、これはいずれも「本社は電話調査を実施した」としているが、調査結果の数字はまったく一緒。共同通信の調査に、候補者の支持についてのみ、それぞれの社の取材結果を加味しただけのこと。いいのかね、こんな調査で「本社は実施した」なんて書いて、という思いがする。裏事情を知らずに読むと、数字は小数点以下まで両社は一致。2社の調査結果が見事に合っているのだから、これが間違いのない趨勢となってしまうのではないか。ここは「共同通信の調査をもとに」と正直に書くべきではないのか。

まあ、そんな経費の乏しい新聞社のお家の事情はさておくとして、私が注目しているのは、どの候補がリードしているかではなく、争点である。

調査で最も重視している争点として有権者があげたのは、「少子高齢化や福祉」がトップで全体の26.8%。2位が「景気と雇用」で23.0%。候補者間で政策が対立している「原発・エネルギー問題」は、3位の18.5%だった。これを見る限り、細川さんと小泉さん連合が「最大の争点」と打ち出した原発問題は福祉や景気に相当水をあけられた結果になっている。あるところ、一部のメディアや自民党政権が躍起になって主張している「原発などエネルギー問題は国家的課題。東京という1自治体でどうこうできものではない」とする争点ぼかしが功を奏しているように見える。

ぶっちゃけた話、私はこの結果に大いに不満である。舛添さんがいい、細川さんの方がいい、はたまた宇都宮さんだ、田母神さんだ、という話ではない。私は、都知事選告示前からテレビや新聞のコラムで、「ワンイシュー、大いに結構ではないか。ワンイシュー選挙をやろう」としゃべったり、書いたりしてきた。このワンイシュー選挙の主張に対しても様々な反論があることは知っている。曰く、自治体は多様なテーマを抱えている。だから、ワンイシューはなじまない。それにワンイシューに絞ってしまうと、そのテーマに関心のない人は選挙を棄権することもある。そうなると民意をきちんと反映した選挙とは言えなくなる、といったものである。 

本当にそうか。私にはワンイシューで戦いたくない人の詭弁と思えてならない。ならば聞くが、「少子高齢化と福祉」。これが、舛添さんが知事になった、あるいは、細川さんがなったとして劇的に変わると思いますか。この人が知事になったものだから、みんなが子どもを産み始めて、東京の少子化はたちどころに歯止めがかかった。あるいは、なんだか知らないけど、急に東京からお年寄りが姿を消して、東京の高齢化はストップしたなんてことは起こりっこないのだ。

「景気と雇用」にしても同じこと。あの人が知事になったから東京は活況になって、好景気に沸きに沸いている。1人の求職に何社も申し出て、まったくの売り手市場になった。田舎で不況にあえいでいたけど、その話を聞いて東京に駆けつけ、家族も呼び寄せて暮らし始めたら1年で家が建った。そんなことは逆立ちしたって起きるはずがないのだ。

そういうことを言っているのではない。そうした現象に対する行政の対応のことを言っているのだ、という意見もあろう。お説ごもっとも。だけど、ここからも大事なことなのだが、自治体の予算というものは東京だろうと地方の府県だろうと、8、9割がいわゆる義務的経費。役所の職員や教員、警察、消防の人件費に消え、その残りも施設の維持管理、あるいは、必然的に新設せざるを得ない学校や庁舎の建設に回され、流動的に使えるお金は、どこも1割弱しかないのだ。しかも、そのうち知事の裁量で予算配分できる原資は、たいていは5%ほど。その5%のうち、福祉と景気対策の割合を3対2にするのか、4対1にするのか。知事にできることなんて、その程度なのだ。それでもって、少子高齢化に歯止めがかかったり、景気が浮揚するわけがない。賢い有権者はハナからそのことはわかっている。だから誰がなっても一緒。いきおい名の知れた人が立候補することの多い、東京、大阪、名古屋といった大都市では人気投票となり、結果、猪瀬の没落、橋下の凋落といった、みじめな結末が待っているのだ。

だからこそ、私は候補者というより政策、それもワンイシューを提案しているのだ。今回の知事選では、それにうってつけなのが原発依存か脱原発ではないか。そもそも、都民がどちらを選択するにせよ、その後、この問題について予算措置を講じる必要はまったくない。どちらに決まったにせよ、それに金がかかることはない。それでもって、こんな大事なことが決められるのだから、こんな機会はめったにない。

そしてもう1つ。どちらに決まったにしても、1票を投じた人には責任が生ずる。先に書いたような少子高齢化対策だとか、景気だったら、所詮、誰になろうと、結果は同じようなものと言って逃げることはできるが、こと原発に関してはそうはいかない。

脱原発の候補を支持したとして、その後、都民に強く節電が求められたとしても、甘んじてそれを受け入れる覚悟がいる。化石燃料に頼った結果、電気料金が高騰したとしても、ある程度それを認めざるを得ない。2020年の五輪についても、イルミネーション輝く華美なものは望むべくもない。なるべく夜間の競技を減らして、猛暑のまっ昼間に選手も客も汗をだらだら流すことになるかもしれない。それでも原発のない社会を目指して1票を投じる。そういう意思表示がこの選挙でできるのだ。 

他方、原発のある社会、原発再稼働を望むなら、それもまた応分の覚悟がいる。福島の事故が二度と起きないという保証はまったくない。再び東北や新潟で原発事故が起きたら、首都は人の住めない町と化すかもしれない。それに、私たちは原発のエネルギーに頼りますと言った以上、福島で出た汚染物質の最終処分場を受け入れるべきである。原発から電力はもらいますけど、事故によって出たゴミはだれかが処理して下さい。こんなムシのいいことは通らない。東京のどこかに汚染物質を半永久的に保管する場所を作る。その決意もしなければならない。それを覚悟で、原発依存を主張する候補に入れます、という意思表示を今回の選挙ですることもできるのだ。

金もかけずに、こんなダイナミックな選挙ができる。一つのテーマに都民が答えを出すのだ。しかも、ここで都民が出す結論は日本中どころか、世界が固唾を呑んで見守っている。同時に、それは、私たちが次世代に送るメッセージでもある。実に意義のある知事選になるではないか。

「2014年、東京都民はこんな決断をした」。あとあと日本史に、いや世界史に残る都知事選になるためにも、ぜひともワンイシュー選挙にしようじゃないか。

著者プロフィール

大谷昭宏
おおたに・あきひろ

ジャーナリスト

1945年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。68年、読売新聞大阪本社入社。徳島支局を経て、本社社会部記者として大阪府警捜査一課や朝刊社会面コラム「窓」を担当。87年に退社後は、故黒田清氏とともに「黒田ジャーナル」を設立。2000年に黒田氏没後、個人事務所を設けて、新聞、テレビなどでジャーナリズム活動を展開している。主な出演番組は、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」、TBS「ひるおび!」など。日刊スポーツにて毎週火曜日にコラム「フラッシュアップ」を連載。著書に「事件記者という生き方」(平凡社)「冤罪の恐怖」(ソフトバンククリエイティブ)、共著に「権力にダマされないための事件ニュースの見方」(河出書房新社)などがある。

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