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  • 視点

あえて「脱原発」を争点にするなら……

  • 澤昭裕 (国際環境経済研究所所長)
  • 2014年1月28日

都知事選では、原発を争点にすべきではないとの批判がある。まさにそうだ。都知事がエネルギー政策全体に責任を持てないし、立地自治体の首長でもないから、電力会社との安全協定上の意見も言えない。東電の株主だと言っても、原発は他の電力会社もやっている。

しかし、そんなことはどうでもよい、選挙はどんな選挙でも民意を問ういい機会だと言い切る小泉元首相が、原発問題を取り上げようというのだから、それに反応する人も多いだろう。「細川知事が誕生すれば、原発がなくても東京は成長できる!」という言葉のどこが論理的なんだろうか、といった凡人の疑問は吹っ飛んでしまうほど、小泉元首相は熱い。

小泉政権下の経済産業省で環境政策課長という職務にあった私は一木っ端役人だったが、地球温暖化交渉で小泉元首相が見せた交渉上手、喧嘩上手に舌を巻いた。その交渉力のおかげで日本の国益が守られた場面にも遭遇した。ということで、私は個人的には小泉元首相を尊敬もし、ぜひ今後とも国のためにひと肌脱いでほしいと思っている。

そこで都知事選を原発問題から考えてみよう。

脱原発も「腰だめ」になるのか

最大の疑問は、なぜ小泉元首相自身が立候補しなかったのだろう? だ。もしご自身で立候補していれば、確実に当選を争っただろうし、仮に僅差で破れても、国の原発政策に一石(どころか十くらい)を投じることになった違いない。自分では政治リスクは取らずに、他人それも行政能力に大きな疑問符が付く候補を担ぎ上げて、自らの主張を通そうというのはちょっとあの小泉元首相らしくない。

細川候補は、現役首相の時に「国民福祉税」の導入をぶち上げた。ところが、記者会見で税率7%の根拠を問われ、それは「腰だめの数字だ」と答えることしかできず、その行政能力を疑われたのだ。細川政権が崩壊した原因は、佐川急便問題ではない。「国民にとって極めて大事な物事をきちんと考えないで決めているのか、この首相は」と皆が感じたことが発端になったのである。

細川候補の出馬会見そして街頭演説(http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20140125-OHT1T00201.htm)と、その問題が悪化の一途を辿っていることが明らかになった。脱原発についてくらいはきちんと考えたのだろう(あの有名なブレーンもいることだし)と思っていたが、公開討論会出席要請は受け付けないらしい。それならそれでいいが、少なくとも「腰だめの脱原発」政策だけはやめてもらいたい。

脱原発を争点にする候補はほかにもいる。なので、そうした候補なら当然考えていますよね? とツッコミたくなるいくつかの点を以下に。

最終処分場と立地自治体の問題をどうする

まず、最終処分場の問題だ。東京都の電気使用量は全国の約一割弱である。福島第一原発事故以前は、そのうち3割が原発によって供給されてきた。それによる使用済み燃料が累積1000トンを優に越える。これは東京都が発生させてきたと言ってもよい「核のゴミ」だ。都知事として、これをどうするのか。東京都が受け入れるのか、それとも処分場を探すのを手伝うのか(本当は、小泉元総理には、この仕事こそリードしていただきたい)。最終処分場がないから原発を再稼働させない、という論理は分かる。しかし、最終処分場問題には手を染めないというのでは、「いいとこ取り」の政策でしかない。

次に、原発立地自治体に対する配慮や感謝の言葉を発している候補者が誰もいないのは残念だ。福島復興・再建への具体的な協力策を掲げている候補者も見当たらない。

仮に自分が脱原発の立場を取るにせよ、これまで日本の経済発展の中心地でありその恩恵を被ってきた東京を、電力インフラ面から支えてきたのは誰か。日本の経済発展に必要なエネルギー政策に協力するという大義のもと、ともすれば地域コミュニティ内部で生じる深刻な分裂を乗り越えながら原発関連施設の立地を受け入れてきた立地自治体に対して、どういう考えを持っているのか。

2011年から2012年にかけて、関西の自治体首長間で同じことが問題になった。その状況を各候補者は見て知っているはずだ。消費地自治体と立地自治体との関係というのは、これまであまり表に出てこない問題だった。しかし、いまの原発問題の状況やこれからのエネルギー政策を考えて行くうえでは、避けて通れない重要な課題なのだ。

緊急時の電力供給体制と温暖化問題

第三に、東京や首都圏にある存在する火力発電所は、予想される大地震に対してどういう備えをしていくのか。都知事であれば、首都圏他県の知事と協力して大災害に対する電力インフラの保全方策は当然、万一東京湾岸にあるほとんどすべての火力発電所が被災した場合、首都再建のための電力をどこから供給してもらうのかを考えておかなくてはならないはずだ。脱原発派候補は、その観点から日本海側にあるに新潟県の柏崎刈羽原発の存在意義をどう考えるのか。これもまた重要な論点である。

最後に、最近ではあまり話題になることがなくなったが、東京とは石原都知事時代、環境問題とりわけ地球温暖化問題に対する先進的な取組みで知られていた。産業界その他から強い反対がある中、事業者に対して温室効果ガスの排出上限を強制的に割り当て、各事業者の過不足分を市場で取引するいわゆる「排出量取引制度」を、自治体として初めて本格的にスタートさせた。

脱原発による電源不足を再生可能エネルギーで埋めれば、温室効果ガスである二酸化炭素の排出は避けられるが、あいにく太陽光や風力はエネルギー密度が小さいため、大きな土地を必要とする。よく言われるように、原発一基分の電力を得るには、山手線内の土地を全部太陽光パネルで敷き詰めなければならない。山手線内太陽光パネル埋め尽くしを公約として掲げている脱原発派候補は、幸か不幸かいない。

ということは、原発を減らした分は火力発電で埋めることになるが、そのために排出してしまう二酸化炭素分は、温暖化対策先進自治体の東京都としては、どう処理する政策をとるのだろうか。

脱原発を争点にすることにケチを付けるわけではないが、もし都知事選を機会に脱原発を論じるのであれば、これらの論点についての議論が深まることを期待する。(が、そんな候補がいるかと言えば……)

著者プロフィール

澤昭裕
さわ・あきひろ

国際環境経済研究所所長

21世紀政策研究所研究主幹。NPO法人国際環境経済研究所所長。1957年大阪府生まれ。1981年一橋大学経済学部卒業、通商産業省入省。1987年行政学修士(プリンストン大学)。2004年8月〜2008年7月東京大学先端科学技術研究センター教授。2007年5月より21世紀政策研究所研究主幹。2011年4月より国際環境経済研究所所長。

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