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「脱原発」はほんとうに争点なのか――トリックアートとしての都知事選

  • 遠藤薫 (学習院大学法学部教授)
  • 2014年2月2日

1.小泉仕掛けの劇場選挙

都知事選が始まった。

今回の都知事選は、小泉元首相が細川元首相を担いで参戦してきたことにより、にわかに注目度を高めることとなった。これを「劇場政治」といって批判するのはお約束みたいなものである。さらに、小泉劇場のキャッチコピーが「脱原発」だったので、「原発問題は都政の範囲を逸脱している。都知事は都民の暮らしに直結した政策を説くべきである」との批判も賑やかだ。

批判だらけの小泉戦略だが、批判を巻き起こすことで人びとの目が集中する。一種の炎上マーケティングともいえる。しかも、小泉元首相と「脱原発」の取り合わせはどこか不釣り合いだ。それも、ギャップ・マーケティングといえなくもない。

そこであらためて、筆者が公示日前日の1月22日に行った意識調査(以下、「0122調査」)の結果を参照しつつ、都知事選の争点としての「脱原発」の意味を、候補者と有権者の両側から考えてみる。

2.都知事選で「脱原発」を争点とするのはお門違いなのか?

まずは「原発問題を都知事選の争点とすべきではない」という批判について考えてみよう。一見正しそうな見解である。しかしこの批判には、何重もの意味で疑問がある。

第一に、原発問題が日本のエネルギー政策の根幹に関わるものである以上、そして東京がエネルギーの巨大消費地である以上、都政と原発問題が無関係ということはあり得ない。

第二に、都知事には原発政策に関する権限は何ら与えられていないという指摘もあるが、都のホームページを見れば、少なくとも「再生可能エネルギーの利用推進」はうたわれている。ちなみに、忘れられがちだが、「尖閣問題」や「拉致問題」も都政の一部として都のHPに掲げられている。

第三に、「都知事候補は原発問題に精通しているわけではないし、脱原発の具体策も示されていない。それで脱原発をいうのは無責任だ」という批判もある。安倍首相もそういっている。だが、原発推進候補が廃棄物処理の具体策に精通しているわけでもない。そもそも、都知事候補たちは、都民のくらしには精通しているのだろうか? 結局、「原発政策」はそれぞれの候補の世界観みたいなものを示す表現といえるかもしれない。

第四に、「原発政策」が世界観の表現であるなら、それが都政と関係あるかどうかは関係ない。考えてみれば、個人的なスキャンダルが政治家生命を左右することはよくある。スキャンダルは、政策や政治的手腕そのものに直接関係があるわけではない。だが、人間的資質と政治家としての資質とは関わるとされるのだ。

そして第五に、「0122調査」によれば、「民意」はまさに「原発問題」を最重要の争点と考えている。都知事候補支持の理由としてどの争点を重視するか、という問いに対して、群を抜いて回答が多かったのは「原発に対する方針」であった(図1)。有権者が「原発政策」は重要だと考えているなら、まさにそれは「争点」とすべき問題なのだ。

図1:都知事選で重視する政策(%,単独選択,サンプル数:550,0122調査)

図1:都知事選で重視する政策(%,単独選択,サンプル数:550,0122調査)

3.「脱原発」は争点になっているのか?——結局何がおこったか

では、都民は、「脱原発すべし」と考えているのか、それとも「原発維持」と考えているのだろうか。「0122調査」によれば、「原発ゼロをめざすべき」という意見に対して賛成は約53%反対は約15%であり、人びとは圧倒的に「脱原発」であるように見える。しかしその一方で、「脱原発は現実的でない」という意見に対しても賛成36%反対27%という結果が出ている。民意は玉虫色なのだ。一番賛成が多いのは「再生可能エネルギーの開発推進」で、約85%が賛成、反対は約1%しかいない。結局、まとめれば、有権者は「原則として原発依存構造から脱却したいが、直ちに原発ゼロというのは現実的でない可能性もある。少なくとも再生可能エネルギーの開発は推進すべきだ」と考えているということになろう。しかし、このような玉虫色の「民意」では、投票する候補者を絞れるのだろうか。

そこで、有力とみなされる舛添、細川、宇都宮、田母神の四氏を、「原発政策」を軸として配列してみたのが、図2である。最も明確に原発推進を打ち出しているのは田母神候補である。舛添候補は、本人は「脱原発」といっているが、バックについた自民党の大勢は原発容認/推進である。当初、強く「脱原発」を掲げたのは宇都宮候補だった。ところがそこに、「即時原発ゼロ」と声高に名乗りを上げたのが細川・小泉陣営である。

さて、この布置と、先に見た「民意」を比較してみよう。困ったことに、どの候補も民意を反映しているといえなくはない。そして、最も左に位置する宇都宮候補と細川・小泉陣営とは、何を以て選択したらよいのかわからない。知名度でいえば、細川(小泉)候補が圧倒的である。(だから、「脱原発」で一本化せよ、という「正論」も出てくる)。

こうしてみると、細川・小泉陣営の「脱原発」争点化戦略が、いかに上手い戦略であるかが見えてくる。「脱原発」を高く掲げることにより、舛添候補の色を曖昧化し、しかも、宇都宮候補の支持層を取り込むことができるのだ。政党支持層との親和性も図2に付してみた。細川・小泉陣営は、すべての政党支持層に食込み得るポジションを取ったのである。

図2:原発政策から考える候補者選択フローチャート

図2:原発政策から考える候補者選択フローチャート

4.「脱原発」は争点ではない——「裏争点」としての「経済」「領土」

前章からわかることは、「脱原発」争点化は細川・小泉陣営に最も有利な戦略であり、かつ、実質的には「脱原発」を非争点化する戦略であるということだ。

だから、先にも挙げた「『脱原発』で一本化せよ」という「正論」は全くの誤りである。「一本化論」が出たとき、三宅洋平氏が一本化を強く否定して、「細川さんには申し訳ないが宇都宮さんと比べて100倍くらいの距離を感じてしまう」といった感覚は実に的確である。いいかえれば、「脱原発」を選択分岐のフラグにするのは、ある種のトリックアートであるということだ。

そこで見方を変えてみる。

この選挙戦の実質的な争点(いわば裏争点)は何かを考えてみる。

図1をもう一度見てほしい。「原発政策」の次に有権者が重視しているのは、「経済活性化(景気対策)」である。そこで、あらためて、「経済政策」を軸にして四人の候補者を並べ替えてみたのが図3である。

ぱっと見、図2より図3の方が違和感はない。その分、インパクトもない。いかにも当たり前である。そもそも細川・小泉陣営が「原発ゼロ」といって立候補する前は、図3の枠組みで今回の都知事選は見られていた。「脱原発か原発容認か」という対立軸と「福祉重視か競争経済重視か」という対立軸は、ほぼ一致すると考えられていたのだ。

それを「ぶっ壊」して、本来、細川陣営と田母神陣営が同じ政策カテゴリーに入るはずの構図を、細川陣営と宇都宮陣営が同じ政策カテゴリーに入るかのように見せる戦術が、まさに、「脱原発」争点化戦術なのである。これにより、経済政策、領土問題では正反対の立場にある宇都宮候補の票が細川候補に流れる可能性が大きくふくらんだのだ。実にすごいトリックアート戦略である。

図3:経済政策から考える候補者選択フローチャート

図3:経済政策から考える候補者選択フローチャート

5.選挙結果を予想する

というわけで、「原発政策」争点化は、細川(小泉)一人勝ち戦略であるといえる。

ではそれは効果をあげているだろうか?

選挙戦中盤までの世論調査では、舛添大幅リードはあまり変わっていないようだ。

ということは、有権者は、案外こうしたトリックアートを見抜いていて、細川(小泉)戦略に載せられず、どっちに転んでも「無難」な選択として舛添候補を選んでいるのかもしれない。

日本人は、メニューに松/竹/梅とあったら、必ず竹を選ぶ、とよくいわれる。舛添候補は、まさに「竹」候補のように見える。だが、舛添候補が「竹」(無難)に見えるのは、どの論点に関しても、曖昧な発言に終始し、旗幟を鮮明にしていないせいともいえる。しかし、いったん、都知事の座についたら、舛添氏がどこへ向けて舵を切る可能性が高いのか、有権者はよく見極めるべきだろう。

一方、細川・小泉戦略によってもっとも票を食われそうなのが、宇都宮候補である。「原発即時ゼロ」というキャッチーな謳い文句にのって、宇都宮候補と細川(小泉)候補がオトモダチだと思うのは、かなりあやうい。細川(小泉)候補のこれまでを考えれば、むしろ、経済政策や領土問題の面で、田母神候補の方がオトモダチなのだ。今回の都知事選は、決してワン・イシューではない。それを見極めて、「脱原発・福祉・国際関係」を宇都宮候補に一本化するならば、選挙結果が大きく異なる可能性はある。

最後に、本稿では触れなかったが、新人の家入候補にも注目しておこう。突然の参戦だったので、詳しいことはわからない。しかし、少なくとも、1月22日のニコ生出馬会見では、一番興味をひかれるスピーチだった。今回当選とはいわないが、家入氏に限らず、従来型政治家とは異なる新人がどんどん政治の場に出てきてほしい。日本の政治家の層が薄すぎるのは、最も考え直すべき政治課題である。

著者プロフィール

遠藤薫
えんどう・かおる

学習院大学法学部教授

学習院大学法学部教授。専門は社会学(社会システム論、社会情報学)。主な著書に、『グローバリゼーションと都市変容』(編著、世界思想社、2011)、『メディアは大震災・原発事故をどう語ったか』(東京電機大学出版局,2012)、『廃墟で歌う天使』(現代書館,2013)、『間メディア社会の〈ジャーナリズム〉』(編著、東京電機大学出版局,2014)、『ソーシャルメディアと〈世論〉形成』(編著、東京電機大学出版局,2016.9刊行予定)その他多数。

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