佐々木信夫中央大学教授の『都知事―権力と都政』(中央公論新社刊)(参考:「都知事」とは何か――都民も知らないその権力の源泉を知る)にもあるように、東京都知事は日本の他の地方自治体の首長とは比べ物にならない権限を持っています。そして東京都政の特徴のひとつとしてあげられるのがトップダウン型の政策展開。石原都政時代の「ディーゼル車規制」や「尖閣基金」など、国政ではなかなか実現しづらいようなことも、東京都では知事主導で実現することも可能になっています。この都知事のトップダウン型の政策を支えているのが、他の地方自治体には見られない「知事本局」という強力な行政組織。これまで「知事本局」が進めてきた政策を読み解きながら、東京都知事の絶大な権力の実際を覗き見てみましょうというのが本稿の目的です。あの候補のあの公約、国政ではなかなか難しくても、東京都知事になれば、実現可能かも?
他の地方自治体には存在しない「知事本局」
知事本局は都庁の一部局で、およそ130人の都庁職員が働いています。東京都職員採用ページでは知事本局は下記のイメージ図とともに紹介されています。
知事本局の設置根拠は東京都の行政組織の役割を定めた東京都組織条例にあり、この条例の中で、知事本局の役割は以下のように定められています。
知事本局の役割(東京都組織条例 第2条)
- 都の行財政の基本的な計画及び総合調整に関すること。
- 知事の特命に係る重要な施策の企画及び立案に関すること。
- 都市外交、報道及び青少年に関すること。
つまりこの知事本局は、知事の秘書としての業務や、都知事会見などの広報、そして都知事直轄のプロジェクトを他の部局と連携して推進する、知られざるスーパーパワー部局なのです。
内閣を補佐する省庁として内閣官房という組織があります。内閣官房はその組織図にあるように領土問題や国土強靭化、TPP交渉など、内閣が重点として進める省庁横断的な政策の企画立案や担当省庁との調整、実行が重要な役割のひとつです。この内閣官房の東京都版が知事本局と考えると分かりやすいかもしれません。
知事本局のような知事の特命を進める強力な補佐機関は他の地方自治体にはほとんど存在しません。この知事本局の存在自体が東京都知事の権力の大きさを示すひとつの指標とも言えますね。
現在知事本局が進めている東京都の政策
現在東京都知事本局が進めている政策はウェブサイトから見ることができます。現在ウェブサイトに掲載されている知事本局の政策は大きく3つに区分できます。
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東京のグランドデザインを考えるもの
- 2020年の東京~大震災を乗り越え、日本の再生を牽引する~ (計画調整部計画調整課)
- 「2020年の東京」へのアクションプログラム2013 (計画調整部計画調整課)
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国政における重要政策との調整が必要なもの
- 東京都における拉致問題 (総務部調整課)
- 東京都の米軍基地対策 (基地対策部)
- 広域行政 首都移転問題 (地方分権推進部国政広域連携・首都調査担当)
- 自治制度改革 (地方分権推進部自治制度改革推進担当)
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外国との関係が必要なもの
- アジアヘッドクォーター特区 (総合特区推進部総合特区推進課)
- アジア大都市ネットワーク21(ANMC21) アジア人材バンク (外務部国際共同事業担当)
- 都市外交 (外務部外務課)
そして新都知事が就任すると、ここに都知事がトップダウンで進める政策が加わることになります。
知事本局政策部が進めたトップダウンの事業にはどんなものがある?
都知事トップダウンの政策は、知事本局内の政策部政策課が企画・担当します。過去に知事本局政策部が担当した政策もウェブサイトで見ることができます。その中からいくつかをピックアップしてみましょう。
時間市場開発プロジェクト
プロジェクトの名前自体は聞いたことがなくても「都営バスの24時間化」はご存じの方も多いはず。]ライフスタイルの変化に伴い、都の様々な施設の開館時間や運営時間を伸ばし、都民のプライベートを充実させることで、新たな市場を発掘しようというプロジェクトです。バスだけに限らず、テニスコートや美術館、都庁展望台などの営業時間もこのプロジェクトによって一部延長されています。
「言葉の力」再生プロジェクト
東京都の局を横断して、都民の活字離れを止めようというプロジェクト。言語力検定を実施したり、都の職員に対する言語力研修を実施するなど、言葉に力点を置いた取り組みが行われました。あの「ビブリオバトル首都決戦」もこの「言葉の力」再生プロジェクトの一環として行われました。
またこのサイトには掲載されていませんが、東日本大震災を受けて立ち上がった東京天然ガス発電所プロジェクトなどにも知事本局政策部が関わっています(参考:東京天然ガス発電所プロジェクトチーム始動!(猪瀬直樹 公式サイト))。またあの尖閣基金も知事本局の管轄です。このように都知事が実現したい独自の政策の窓口となり、条例化などの政策手段の形成を行っていくのが知事本局の役割。そしてなんとプロジェクトの立ち上げ自体には都議会の承認などは特に必要ないんだとか。
独自色を出しやすい≒暴走しやすい東京都知事?
東京都知事選挙では国政選挙や他の主張選挙とは違う、国政レベルの独自の政策を主張する候補が多いですが、これには知事本局というトップダウン型の政策を進めやすい組織の存在を各候補が意識しているからかもしれません。国政ではなかなか難しくても、東京都でなら実際に進められる。しかも東京都の規模はちょっとした国家レベル。そういう意味では国政レベルの政策が東京都知事選挙の争点になるのもちょっと分かるような気がしてきます。またこれは悪く言えば都知事の「思いつき」も政策として立ち上げることができる仕組みととらえることも不可能ではありません。そういう視点を持って各候補の主張や人となりをもう一度考えてみると、今回の都知事選がちょっと違った姿で見えてくるかもしれません。