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  • 視点

集団化が加速しつつある現状においての都知事選の意味

  • 森達也 (映画監督・作家・明治大学特任教授)
  • 2014年2月7日

自民党が大勝して民主党から政権交替することになった2013年末の衆院選の投票直前、新聞の見出しで「自公圧勝」的なフレーズをよく見かけた。そのたびに不思議になった。選挙前のこうした予測を、(優勢と報道された)政党や候補者は嫌がる。なぜなら記事を見た有権者が、ならば劣勢の候補(政党)に投票しようと考えるからだ。

つまり逆バネが働く。

かつてテレビで報道の仕事をしているころ、そんなクレームをよく耳にした(その多くは自民党からだったけれど)。あまり優勢であると報道してくれるなというわけだ。

ところがこの時期、新聞各紙の見出しは、ほとんどが「自公圧勝」だった。ならばクレームは相当に来ているはずだ。でも不思議なことに、見出しや論調に変化はない。

そんな疑問を旧知の記者にぶつけたら、「確かに昔はそうでした。クレームはよく来ていました」との答えが返ってきた。

「でも今は、抗議は来ません」

——なぜですか?

「数年前から動きが逆になったんです」

意味がわからない。記者は以下のように説明した。

「確かに少し前までは、新聞の見出しに優勢と書くと、投票は逆に動きました。でも今は違います。優勢と伝えた党や候補者に、さらに多くの票が集まるようになってきました。つまりバンドワゴン効果です」

メディアが社会に与える影響をアナウンス効果という。これを恣意的に行うことがプロパガンダ。ちなみにプロパガンダといえばすぐにナチスなどを例に挙げる人は多いが、プロパガンダに良いも悪いもない。広義ではテレビのCMもプロパガンダだし、学校教育も同様だ(僕のこの投稿だって、自分の主義主張を喧伝するという意味ではプロパガンダだ)。その功罪を問うても仕方がない。問題とされるべきはその内容の是非と、受け取る側のリテラシーだ。

もともとは経済用語だったバンドワゴン効果は、流行などを示すときに使われていた。ちなみにバンドワゴンとは、パレードなどで先頭を走る車のこと。もっとわかりやすく噛み砕いて日本の慣用句にすれば、「勝ち馬に乗れ」効果だ。この反対がアンダードッグ(負け犬の意味)効果。つまり同情票。これも日本の慣用句にすれば「判官びいき」効果だ。

メディアと選挙について考えるときは、この二つの効果について考える必要がある。かつてこの国の選挙においては、バンドワゴンよりもアンダードッグのほうが強く働いていた。1996年と2000年に行われた衆院選はその典型とされている。だからこそ優勢と報道された政党や候補者は、報道に対してクレームをつけた。

でも近年、アンダードック効果はほとんど働かなくなった。社会全体に「勝ち馬に乗れ」的な意識が強くなった。

その最大の要因は明らかだ。社会全体の集団化が加速している。多数派に身を寄せたいとの願望が強くなっている。自公圧勝との予測が流れれば、その流れ(多数派)に身を置きたいとする人が増えている。

この国は世界で最もベストセラーが生まれやすい国との評価を聞いたことがある。つまりそもそもが流行に乗りやすい。集団と相性が良いのだ。誰かが買ったら自分も買う。誰かが読んだら自分も読む。その傾向が加速している。全体と同じ動きをしようとする人が増えている。

こうして同調圧力を強めながら集団は、その内部において異物を探したくなる。探してこれを排斥したくなる。なぜなら異物を排斥するその過程で、自分たちは多数派に身を置いているとの実感を得ることができるからだ(つまり学校のいじめと構造はきわめて近い)。そしてこのとき、集団と同じ行動をとらないと異物とみなされやすい。だからこそ全体の動きが気になる。多数派に同調する傾向が強くなる。スパイラルが加速する。

内部において異物探しに耽りながら集団は、自分たちが帰属する共同体外部に、自分たちに害を為す敵を探したいとする衝動も強くなる。なぜなら共通の敵を見つけたとき、一丸としてこれと立ち向かうことで連帯感を得ることができるからだ。さらに、集団化が進めば当然ながら、述語が一人称単数から複数へと変わる。「わたし」や「僕」が「われわれ」や「我が国」などに変わる。ならばその後に続く述語は、一人称単数の主語よりは過激になる。勇ましくなる。だって自分は多数派であるのだから。

こうして国は過ちを犯す。

具体的な例を挙げれば、911同時多発テロ以降のアメリカだ。国内的には愛国者法を成立させて異分子を摘発し、国外的にはアフガンやイラクを敵と見なして、大義を捏造しながら戦争をしかける。その帰結として、911の被害者総数よりもはるかに多くの人の命が犠牲になった。メンタリティにおいては今の日本も、911以降のアメリカととても近くなっている。

そうした状況において、もうすぐ都知事選が行われる。その結果によっては、国政に対しても大きな影響を与えることが予想される選挙だ。まして国政選挙は当分ない。とても重要な選挙だ。

でも(結論からいえば)期待していない。バンドワゴン効果は集団化の現れとの前提で考えるなら、さらに加速するはずだ。しかも集団は号令を求める。強いリーダーが欲しくなる。911のあとのブッシュは、敵を駆逐する的なスタンスで支持率を大幅に急上昇させた。

時として集団は暴走する。これをスタンピードという。いったんこれが始まったら簡単には止まらない。一人ひとりが周囲と同じ動きをしようとするからだ。物理学的には、大きな障害にぶつからないかぎりは止まるはずがない。

その障害はまだ現れていない。あるいは実感できていない。ならば結果は予測できる。

……ここまでを読み返して途方に暮れる。自分で自分の記述に嫌になる。希望の欠片もない。でも今のところは正直な実感だ。あとは結果を待つだけ。今はそう記すしかない。

著者プロフィール

森達也
もり・たつや

映画監督・作家・明治大学特任教授

1998年、ドキュメンタリー映画『A』を公開。世界各国の国際映画祭に招待され、高い評価を得る。2001年、続編『A2』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。著書は、『A』『クォン・デ』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『下山事件』『東京 番外地』(新潮社)、『王さまは裸だと言った子供はその後どうなったか』(集英社新書)、『ぼくの歌・みんなの歌』(講談社)、『死刑』(朝日出版社)、『オカルト』(角川書店)、『虚実亭日乗』(紀伊国屋書店)、など。2011年に『A3』(集英社)が講談社ノンフィクション賞を受賞。また2012年にはドキュメンタリー映画『311』を発表。最新刊は『自分の子どもが殺されてから言えと叫ぶ人に訊きたい』(ダイヤモンド社)と『クラウド 増殖する悪意』(dZERO)。

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