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脱原発に賛成:都知事選でパラダイムシフト

  • 米倉誠一郎 (一橋大学イノベーション研究センター教授)
  • 2014年2月6日

資源制約はイノベーションを産む

経産省の試算では、「全国で電気をうまくやりとりすれば、年間で約1700億円の発電費用を減らせること」という。全国の発電所のうち、石炭火力など低コストの電源を優先して使い、電力各社で融通できれば、高止まりしている火力用の石油や液化天然ガス(LNG)の調達を減らし、電気料金は全体で1%程度安くなるという試算だ。そのためには、東日本と西日本地域で異なっている周波数を整える「変換設備」と、北海道と本州をつなぐ太い送電網の増強などで1兆円を超える設備投資が必要と試算されている。そもそもカリフォルニアより小さい面積の日本で、東西周波数が違うということ自体がおかしかったし、北海道と本州を太く結ぶことができれば北海道の風力発電を本州が享受できる。日本の電力網にはまだまだできることが沢山あるということだ。

さらに、こうした融通をコントロールする「賢い電力網」すなわち「スマートグリッド」が普及するには、機械と機械が会話するインダストリアル・インターネットあるいは「internet of things」が必要となる。そこに送発電の分離と競争原理が導入されれば、電気料金の下げは1%どころではない。

しかも、こうした改革には最新の技術開発と多額の設備投資が必要である。まさに日本のモノづくり力と産業用ソフトウェア開発力、すなわち日本の得意分野が総動員されることになる。日本の省エネルギー活動はまさに日本の成長戦略となるのである。

僕が脱原発に賛成する理由はここにある。約30%の原発依存度をゼロにしていくことを前提にすれば、既存の枠組みを超えてさまざまなイノベーションが起き、それが日本の競争力をさらに向上させると考えるからだ。かつて松下幸之助氏は、「3%のコストダウンは難しいが、30%ならできる」といったが、その含意は「発想の転換によるイノベーションが産まれるからだ」ということだ。

また、厳しい規制もイノベーションを産む。1970年アメリカのマスキー上院議員が、車の排ガスに含まれる一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物の規制値をいきなり10分の1に強化する規制案(マスキー法)を提案した。米国の自動車メーカーははじめから「不可能」として真剣に取り合わなかったが、本気で対応したのが日本メーカーであった。日本車が世界で抜群の競争力を発揮したのは、この規制に真剣に対応したからであり、この対応が1973年のオイルショック後の日本車燃費向上を加速させた。

オリンピックを新しい日本の契機へ

もし2020年のオリンピックを迎えるにあたって、日本がまったく新しいエネルギー革命を起こし、先端的な暮らしと環境保全とが共存できることを証明できれば、それは人類の新しい希望となるだろう。

気になるのはこうした新しいパラダイムを阻む事象が散見されることだ。まず、建設される新国立競技場の建設費が高騰しているだけでなく、周辺の環境維持にも目配りが足りないことだ。また、財政赤字が深刻化し少子高齢化が進む日本の未来像へ逆行するデザインであることも問題である。高さ80メートルの複雑な巨大建築物を可動式の屋根で覆うというのは、オリンピック後にもかなり多額の維持管理費が必要となる。世紀の祭典が終わった後に、縮小する未来の日本国民・都民が長期にわたって本当に負担し続けることができるのだろうか。

確かに、オリンピックの主催は国の威信や名誉をかけた一大イベントである。そこに世界を「あっ」といわせるシンボリックな建物を創りたい気持ちも理解できないではない。しかし、21世紀の世界が「あっ」というのは仰々しい建築物なのだろうか。むしろ、シンプルで環境調和や経済的永続性を備えた日本らしい建築物やライフスタイルのあり方なのではないだろうか。

もうひとつに気になるのは、組織委員長に決まった森喜朗前首相が、「五輪のためにはもっと電気が必要だ。いまから(原発)ゼロなら五輪を返上するしかなくなる」ときわめて前世紀的な発言をしていることだ。今回のオリンピックを遂行するに当たっては、「いかにエネルギーを使わずに、世界からやって来る人々を笑顔と満足で満たすことができるか」、それが日本のチャレンジだと思う。それを忘れて、かつての様なエネルギー多消費型のイベントを想定しているならば、歴史には逆行している。逆に日本が省エネで環境配慮型のイベントを演出できれば、かつての日本車と同様、世界がそのシステムを渇望するに違いない。

最後に、日本が脱原発を決定しても原発技術を止めることにはならないことも触れておきたい。日本は、今後福島をはじめに52基の縮小から廃炉を進めなければならない。そのために、今後も膨大な研究開発費用が必要となるだろう。しかし、ここで蓄積した技術も実は世界が必要とするものだ。世界には運転中で386基、計画・点検中で163基もの原発が存在している。この中でもロシア、中国、インドにはかなり老朽化したものがあり、いずれ廃炉作業が本格化するだろう。福島以降の経験をベースに日本が原発事故・廃炉処理の世界的プロフェッショナルになっていれば、今後商談は引く手あまたとなることは間違いない。

著者プロフィール

米倉誠一郎
よねくら・せいいちろう

一橋大学イノベーション研究センター教授

1953年東京生まれ。アーク都市塾塾長を経て、2009年より日本元気塾塾長。一橋大学社会学部、経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(Ph D.)。1995年一橋大学商学部産業経営研究所教授、97年より同大学イノベーション研究センター教授。現在、プレトリア大学GIBS日本研究センター所長、季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長も務める。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、多くの経営者から熱い支持を受けている。著書は、『創発的破壊 未来をつくるイノベーション』、『脱カリスマ時代のリーダー論』、『経営革命の構造』など多数。

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