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都政の現場の視点から「都知事選と原発問題」を考える

  • 大野輝之 (公益財団法人 自然エネルギー財団常務理事)
  • 2014年2月8日

1.東京の直面した原発問題

「原発は都知事選の争点にふさわしくない」という意見がある。東京は、老朽化するインフラ対策、防災、待機児童、一人暮らし高齢者への対応など多くの課題に直面しており、選挙がシングルイシューではいけないのは、そのとおりだろう。

しかし、3.11後、東京都の環境局長として都の行政の一翼を担った者として、「原発は国の問題で、地方政治の問題ではない」などという主張には、とても与せない。

東京もまた、東京電力福島第一原発事故によって深刻な問題に直面した。当時の気象条件の偶然によって、東京全体が高濃度に汚染されるという最悪の事態は避けられたものの、多くの都民が見えない汚染への不安にさいなまれ、廃棄物処理、上下水道など行政の現場では、職員が初めて遭遇した放射能汚染に向き合うことを強いられた。

そして都民と都内企業は、2011年3月の計画停電と7、8月の電力使用制限令の発動によって、原発という大規模集中型電源に依存してきた電力システムの脆弱さを、身をもって体験した。電力供給のあり方は、人々の暮らしと企業の活動に関わる重要問題であるからこそ、国政だけでなく、地方でも問われるべきものなのだ。

2.東京の中にある「脱原発の力」

他方、3.11以降の東京の経験は、原発に依存しなくても都市の成長を維持できる可能性も示してきた。東京では、以前から地球温暖化対策として、省エネに積極的に取り組んできたが、その蓄積もいかして、震災後、既に10%以上の電力使用量を削減している。自然エネルギーの供給拡大、コージェネレーションなど分散型電源の導入も加速してきた。

こうした東京の取組は、全国の原発が停止し節電が日本全体の課題となる中で、関西など他の地域でも参考にされたし、東京本社で先行した節電の経験を、全国の事業所に水平展開している企業も多い。なぜ東京が原発なしでも暑い夏を乗り切れたのか、フランスの大手電力会社EDFなど、調査に訪れた海外企業も少なくない。

「都知事に原発を止める権限はないから、東京都で脱原発政策を展開することはできない」というのも、今回の都知事選でよく聞く議論だ。確かに、都には原発に関する許認可権限はないし、立地県のように再稼働に拘わる協定を電力会社と結んでいるわけではない。

しかし、既存の制度的枠組みで権限が定められていなくても、東京にできることはたくさんある。実際、都はこれまでも、特に環境エネルギー政策の分野で、既存制度の限界を打破し、先駆的な施策を生み出してきた。

代表例の一つは、3.11後の省エネの大きな力にもなった、大規模事業所に対する二酸化炭素の排出ガス規制だ。国の法律で「できる」と明記してあるわけではないが、「地球温暖化は東京の問題ではない」という反対論を克服し、都内の経済界の賛同をいただいて、都条例の改正によって実現することができた(経団連や当時の東電の執拗な抵抗を乗り越えたプロセスの詳細は、去年の5月に岩波新書から出した『自治体のエネルギー戦略』の中に書いた)。

原発に依存しない社会をめざす都行政のリーダーが誕生すれば、省エネ対策の蓄積など、東京の中にある「脱原発の力」を活かし、東京を原発分の電力なしに活力ある、世界で一番の都市にすることができる。

「原発なしに発展できること」を示すために、東京は最高の舞台だと思う。

3.都知事に一番大事なのは、目標にかける強い思い

脱原発という公約に対し、「具体的なプロセスが示されていない」という批判もある。東京都の現場でやってきた人間の実感で言わせてもらうと、これも、ずいぶん、見当違いの批判だと思う。

知事に必要なのは、具体的な細かいプロセス、政策のディテールの知識ではない。都民のため、東京のため、更に言えば日本の未来のために、必要な課題を明確に掲げ、その目標実現のために、都民を、そして都の職員を結集する発信力であり、やりぬこうとする思いだ。

実例で言おう。

都知事だった石原さんには今、いろいろと批判が多い。しかし、石原都政で実現したディーゼル車排ガス規制が東京の環境を劇的に改善し、都民の命と健康を守る大きな成果をあげたものであることに異議のある人は、殆どいないだろう。東京都のディーゼル車対策は、1999年8月末に「ディーゼル車NO作戦」として始まったものだ。石原さんが知事に当選したのは、その年の4月。その選挙戦で、石原さんの公約に入っていたのは、

「ナンバーによるマイカー規制やディーゼル車の排ガス規制や都心におけるロードプライシング制度の導入など都民の生活環境の向上のための規制の導入」

という2行だけだ。

何の具体的な内容も示されていない。「現代の技術をもってすれば、わずかなコストで排ガス浄化は可能」というようなことも言われていたが、当選直後に石原さんに聞いたら、どんな技術かはご存知なかった。でも、知事はそれでいいのだと思う。

具体的な政策の中身やプロセスは、その後、環境局が検討し、外部の専門家の知見を結集し、自動車メーカー、石油メーカー、運送事業者の皆さんと議論を交わしながら作り上げたものだ。その結果、実現した大きな成果は周知のとおりである。

石原さんに対し、環境局が検討した案をあげたのは、当選から4か月たった8月10日。「前例がないやり方だが、それで行こう」という判断をもらい、8月27日から開始したのが「ディーゼル車NO作戦」という大キャンペーンだ。石原さんが、この中で、ペットボトルをふって排ガスの有害性をアピールする先頭にたったのは、みなさん覚えていらっしゃるだろう。

知事に求められるのは、都民の命を守るために絶対に屈しない、という強い決意だ。細かい知識ではない。

東京都知事選挙は、いつの時代も、時代の変化を先取りしてきた。今回の都知事選で、原発の問題が大きな争点となり、日本と世界の人々に、二度とあのような惨禍と恐怖の体験を強いることのない安全で持続可能なエネルギーシステムへの転換を果たす契機となることを切望している。

著者プロフィール

大野輝之
おおの・てるゆき

公益財団法人 自然エネルギー財団常務理事

東京大学経済学部卒。1979年 東京都入庁。都市計画局、政策報道室などを経て、1998年より環境行政に関わる。「ディーゼル車NO作戦」の企画立案、「温室効果ガスの総量削減と排出量取引制度」の導入など、国に先駆ける東京都の環境政策を担当。自然エネルギーの導入、省エネルギーの推進を図る数々の施策を産業界の合意を形成して導入、都のエネルギー政策の根幹を作る。2010年7月から3年間、環境局長を努める。 2013年7月に東京都を退職後、2013年8月に自然エネルギー財団事務局長就任。11月より現職。東京大学などの非常勤講師を務める。著書に 『自治体のエネルギー戦略』『都市開発を考える』(ともに岩波新書)、『現代アメリカ都市計画』(学芸出版社)など。

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