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  • 視点

民主主義の砦をめぐる攻防

  • 平川克美 (立教大学大学院独立研究科特任教授/リナックスカフェ社長)
  • 2014年1月31日

通常であれば、地方自治体の首長を選ぶ選挙は、直接的には国政選挙とは異なった基準で争われるべきものだろう。首長は国家の防衛戦略や、包括的な貿易協定や、国家的財政施策に関しては、直接的には権限を行使することはできない。

したがって、主として地方自治財政健全化や、高齢者対策、防災や安全といった、自治体単位の政策に関する遂行能力が問われるべきである。

今回の都知事選においてはどうか。一月に行われた日本経済新聞が行ったアンケート調査結果( http://www.nikkei.com/news/survey/vote/result/?uah=DF170120147563 )では、一位が震災に強い街づくり、二位が東京オリンピックの成功で、保育所などの待機児童対策や、クリーンな人物かどうかといった結果が出ており、細川護煕が掲げている脱原発は三位だ。ちなみに、政権の右傾化に対する歯止めというような項目ははじめからアンケートから排除されている。そうであるにもかかわらず、不思議なことに同じアンケートで、安倍内閣を支持するかどうかを聞いており、75.8%という高支持率結果が公表されている。日本経済新聞のアンケートには、最初からバイアスがかかっている。

日経新聞や読売新聞が何を言おうが、今回の都知事選挙は、通常の自治体選挙とはその意味合いが異なる。単なる自治体の首長を選ぶだけの選挙ではない。現総理大臣安倍晋三は、戦後、日本の政治的局面において戦後的な体制を形づくってきた憲法の改正を視野にいれた発言を繰り返しており、改憲に先立って解釈改憲による集団的自衛権の行使に踏み切ろうとしている。それだけではない。戦後の教育体制を批判して、教育再生実行会議なるものを開催しており、そのメンバーを見ると、日ごろの発言から推して、概ね安倍晋三と意見を同じくするような人物で構成されている。さらには、中国、韓国だけではなく、ヨーロッパ各国や恃(たの)みの米国からまで批判を受けた靖国参拝を行い、集団的自衛権の行使を目論む。そして、特定秘密保護法を強行採決し、NHKの会長人事に介入して、報道には全くの素人であるビジネスマンを会長に据えた。このビジネスマンがどんな思想(はたしてそれを思想と呼んでいいものかと思うが)の持ち主なのかは、就任の記者会見で明らかになった。

これら一連の出来事を見ていると、報道や教育がコントロールされて、民心に無根拠な排外主義的感情が醸成され、国際的に孤立して無謀な戦争へと突き進んでいった戦前的光景を思い出すのはわたしだけではないだろう。歴代の自民党政権の中には、戦争を経験した老政治家や、リベラルな保守政治家が一定の数で含まれており、それが極端な右傾化政策や、強引な意思決定に歯止めをかけてきた。最近の自民党を見ていると、そのようなバランス感覚を持った政治家はほとんど枢要なポジションから一掃されており、意思決定に影響力を行使できなくなっている。仮に政策にブレーキをかけようとするならば、左翼扱いされるような雰囲気が醸成されている様子が見えるようである。

今回の都知事選は、政府自民党に穏健なリベラル保守がいなくなり、歯止めのなくなった右旋回に対する審判が二年後の選挙までないという状況の中で行われることに注目すべきだろう。

そのような状況下では、都知事選は一方では都政の首長の選択であるという意味を持ちながら、もう一方では政府に対する異議申し立ての拠点をつくるという意味を担うことになる。原理論がどうであれ、現実的には安倍政治に異議申し立てをしている候補者の選出は、中央政府の意思決定に多大な影響を及ぼすことは明らかだろう。だからこそ政府自民党はこの選挙に強い関心を持っているわけである。実際に中央政府の政治家が選挙カーに登壇する場面もあるだろう。

では、この度の都知事選で政府自民党に対抗しうる人物として、誰に投票するのがよいのかということが問題になるだろう。現在のところ、新聞各紙は、自民党が推す舛添要一がリードしているという報道をしている。これに対抗する陣営は統一候補を出せずに細川護煕陣営と宇都宮健児陣営に分裂している。自民党政治に異議申し立てをしようという人々の間で、この二人のどちらに投票すべきかが、大変悩ましい問題になっている。

安倍自民党政治に最も直接的に、原理的な批判を加えているのは宇都宮氏の主張だろう。細川氏の反原発の意思をわたしは信用しているが、はたして経済政策などで大企業優遇、市場原理的な政策に対してどのような対抗策を持っているのかについては疑問が残る。応援団長は、あの郵政民営化を進めた小泉純一郎だ。総理大臣だったときの消費税をめぐる顛末を思い起こせば、地方自治体の首長としての手腕に関しても、不安が残る(まあ、これは候補者の誰も似たり寄ったりというところだが)。

では、現行の政府自民党の政策に歯止めをかけたいと思っている有権者は、首尾一貫しているようにみえる宇都宮健児に一票を投ずるべきなのか。わたしは、この度の都知事選の意義を、安倍自民党が推し進める独善的な「改革」に歯止めをかけられるかどうかの、最初の大きな審判であると位置付けている。

このまま、現在の国政の状況が続けば、日本は取り返しのつかないダメージを蒙るだろうと、心配している。取り返しのつかないダメージとは、国際社会における孤立化であり、中国、韓国との軍事的衝突であり、格差のさらなる拡大である。

何としても、現在の政府自民党の政治を転換できないものかと考えている。

外交問題の解決におけるちょっとしたボタンの掛け違いで、国内にナショナリズムの熱狂が醸成されることを恐れてもいる。

それらのリスクに警鐘を鳴らす上で、メディアというものはまったくあてにならない。翼賛的なオリンピック報道や、特定秘密法案に対する腰のくだけた報道を見ていれば、第二次大戦に突き進んだときの新聞報道に対する反省は上辺だけのものであったと断じざるをえない。

民主主義というものを信じるならば、わたしたちがその都度、リスクを軽減させるための権利を行使する以外には、有効な手段を持ちえず、誰かを恃みにすることはできないのだ。

重要なことは、政治の世界においては、肥大化した自我によって無益な戦争を呼び寄せてしまう最悪の指導者や、多大な死者や、貧困を生み出す最悪の政策というものはあっても、理想的な指導者などはいないし、理想的な政策などはないということである。

それは、わたしたちが肝に銘ずべき大切なことだ。

その意味で、この選挙は理想的な知事を選ぶ選挙なのではなく、最悪を避ける選挙なのだと位置づけるべきだと思っている。それはまた、欠陥の多い民主主義というシステムが、理想的な選択を行うためにではなく、最悪の選択が行われないために考案されたシステムであるという、民主主義の精神にも適っている。

繰り返しになるが、都知事選はひとつの自治体の首長を選ぶ選挙である。しかし、今回の選挙の持つ意味は、そのことに加えて、揺らぎつつある民主主義の砦を守るための選挙でもあるということだ。

著者プロフィール

平川克美
ひらかわ・かつみ

立教大学大学院独立研究科特任教授/リナックスカフェ社長

立教大学大学院独立研究科特任教授。リナックスカフェ社長。ラジオカフェ代表。 主な著作は、『移行期的混乱』(筑摩書房)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)、『経済成長という病』(講談社)。

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