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なぜ誰も空間設計の話をしないのか?

  • 藤村龍至 (東洋大学理工学部建築学科専任講師/藤村龍至建築設計事務所代表)
  • 2014年2月8日

都知事選を見ていて最大の疑問は、なぜ誰も空間設計の話をしないのか? ということです。ここでは東京の空間設計のヴィジョンについて、特に方法論から考えてみたいと思います。

東京湾岸に描かれた円

現在の東京の都市設計のヴィジョンは一体どこに示されているのでしょうか。2020年東京オリンピックの会場計画は、東京都による東京の空間設計のコンセプトを良く表しています。計画では「主要な競技会場を晴海の選手村を中心とする半径8kmの円内に集約させる」と説明されており、そのコンセプトは実に明快で合理的なのですが、その意図するところは語られていません。2012年のロンドンオリンピックでは「ロンドン東部の再開発の起爆剤とし、東西格差を解消する」というメッセージが込められていましたし、実現はしませんでしたがニューヨークが2008年大会に立候補したときの会場計画も「イーストリバー沿岸を軸に再開発する」という空間設計のヴィジョンがメッセージとしてはっきり謳われていました。それらと比べると、東京はイメージは明瞭なのにそれが何のために行われているのかという意図については不明瞭、という不思議な計画になっています( http://tokyo2020.jp/jp/plan/venue/ )。

言葉でははっきり謳われないものの、「晴海中心半径8kmの円」の意図するところは明らかです。これからの公共投資を、丸の内、六本木赤坂、品川を含む東京湾岸に集約させ、グローバルマネーの集まるアジアのセンターをつくるというメッセージです。東京湾岸にアジアの中心を作る、という構想そのものはかつて1980年代の中曽根政権の頃から議論されてきたことですが、当時の構想がバブル崩壊、都市博中止を経て塩漬けになった後、時を経て復活してきたのです。2020年の東京オリンピックは、ニューヨークやロンドンに比肩し、シンガポールや上海を凌駕するアジアのグローバルシティとして東京が復活するためのチャンスとして捉えられているわけです。

ニューヨークというお手本

東京がグローバルな視野で見たときのアジアセンターとして機能できるかどうか。東京都の舵取りのお手本は、2002年から2013年までニューヨーク市長を務めたマイケル・ブルームバーグでしょう。2001年にアメリカ同時多発テロを経験し、2005年と2012年に台風による高潮の被害を2度にわたって受けたにも関わらず、人口が増加し、生産額も上昇、世界から人もマネーも集まるグローバルシティとして見事な復活を果たしました( http://politas.jp/articles/66 )。

ブルームバーグが最も力を入れた政策のひとつは都市計画でした。都市計画家のアメンダ・バーデンなど外部から積極的に若く実力のある専門家を都市計画局長などの重要なポジションに迎え入れ、市域の40%のゾーニングを書き替えるなど大胆な政策を実行したほか、タイムズスクエアの改修や高架貨物線跡地であるハイラインのオープンなど、歩行者空間を拡大しました。単なる改修に留めず、先鋭的なデザイナーを積極的に起用し、ニューヨークの新しい都市イメージを生み出すことに成功しました。

こうした先鋭的なデザイナーをオープンスペースの空間デザインに活かし、都市イメージを変える手法はイ・ミョンパクによって高速道路の撤去が行われた2000年代のソウルや、リ・クアン・ユー以来の強固な都市デザインで施策を打ち続けるシンガポールでも同じく行われています。しかし、強力で安定的な政治体制のもとで繰り広げられる施策と異なり、東京都と同じく巨大な硬直した官僚組織を動かし、移民が多く、人種問題など複雑な社会状況を抱え、常に政治的に公正な姿勢が求められるアメリカ社会で先鋭的な政策を実行するためには、分かりやすい情報発信による世論形成や合意形成の手法が求められます。

ブルームバーグ市政においては『PlaNYC』というサイトで方針が明快に示され、しっかり検証も行われていました。政策の決定が透明であるばかりでなく「全てのニューヨーカーが10分以内に公園にたどり着く」などのように、目標が具体的であることも特徴です。公開がはっきりなされ、常に対象が具体的であることで住民の不信感も減り、組織の癒着もほぐしやすくなります( http://www.nyc.gov/html/planyc2030/html/home/home.shtml )。

東京ですらデトロイト化は始まっている

東京が世界中からマネーが集まるアジアのグローバルセンターに脱皮しようといっても、実際にマネーが集まるのはグローバル企業の集中する都心3区が中心であり、同じ東京都の自治体といっても他の地域は長年かけて整備してきた膨大なインフラを持て余し、法人も生産人口もあまり流入することのない郊外都市や地方都市と同じような状況です。

加えて、1960年代に建設したインフラが一斉に老朽化する2020年代以後、日本の都市をいわゆる「朽ちるインフラ問題」が襲います。1930年代にニューディール政策によって公共投資を活発に行ったアメリカでは1980年代になってあちこちで橋が落ち、トンネルが崩れ、高速道路は閉鎖され、地下鉄も度々運転を中止せざるを得ない状況に追い込まれましたが、約40年遅れでインフラ整備の行われた日本においては、2020年代に入って深刻な老朽化に直面するという問題が経済学者の根本祐二氏らによって提起されています。

自治体の財政状況が暗転する前に適切な投資を行って資産を減らしておく、というような都市経営上の処置を怠ると、東京もデトロイトのようにボロボロになってしまうでしょう。それを避けるためには戦略的なインフラ整備によって都市の魅力を高め、内外から法人に集まってもらい、たっぷり稼いでもらって公共に還元してもらうと同時に、生活空間を再編成し、学校や公民館などの公共施設を段階的に削減して行く以外にないのですが、現状ではインフラ再編についての議論は北区や目黒区など一部を除いてまだまだ議論が進んでいません。東京都は対外的な成長戦略だけでなく、こうした生活空間に直結する課題解決について、区や市町村に働きかけて行く必要があります。

東京集中のリスクとその分散

朽ちるインフラ問題を都市経営の工夫で何とか乗り切ればよいかというと、それだけではありません。東京を直下型地震などの大規模災害が襲うと日本全体の機能が麻痺するということは先の東日本大震災で思い知らされたばかりです。地震以外にも、ニューヨークがたびたび被害に遭っているように、地球温暖化でにわかに高潮被害が頻発するようになってきています。東京でもオリンピックの会場計画で湾岸エリアに開発計画が林立していますが、高潮については十分に対策できていないなどたくさんの課題があります。東京は日本のGDPの3分の1を稼ぐ巨大都市なので、その影響は日本全国に及びます。

ではどうするか。リスクをなくすことはできませんが、分散させることはできます。東京が大規模災害に襲われてもバックアップできるよう、東京以外にも核となる大都市、具体的には名古屋、大阪を東京に対抗できるレベルに強化することが日本全体にとっての課題です。既にトヨタなど自動車メーカーは、愛知以外にも九州や東北など、生産拠点を分散させています。

その意味でも大阪、名古屋の停滞の原因を作っているとされる非効率な二重行政の問題を解き、東京都のように権限を一本化することは有効です。橋下徹・大阪市長の「大阪都構想」や、大村秀章・愛知県知事および河村たかし・名古屋市長が提唱する「中京都構想」などはその意味で一定の評価ができますが、議員やマスコミ、有権者のあいだの議論では感情的な反発が先に立っており、議論が前に進んでいません。

市民を味方にするための方法論

このようにこれからの東京を考えると、都のレベルでは公共投資を東京湾岸に集中させアジアのセンターを形成しつつ、国のレベルに対してはリスクを分散するために名古屋や大阪の権限強化を働きかけ、区市町村のレベルに対しては老朽化したインフラの統廃合を通じて生活空間の再編を誘導する、というように、東京都は国や区市町村と連携してマクロからミクロまで一貫した空間設計のコンセプトを持つことが必要であることがわかります。

ブルームバーグはこれを

(1)イーストリバー沿岸への投資の集約
(2)展覧会やコンペの積極的な開催によるヴィジョンの供給と啓発
(3)公聴会やワークショップの開催による前向きな議論の場の形成

などの空間設計の戦略的な方法論によって市民を味方に付け、実現を図ってきました。もともとがメディア企業のオーナーであったという出自もあるのでしょうが、複雑な政策を「表日本と裏日本の格差解消」というわかりやすいストーリーに仕立て上げた田中角栄同様、空間こそが市民を味方に付けるための最大のメディアであるということをよく知っていたのだと思います。

空間の力を使う

1964年東京オリンピックは、オリンピックの開催に合わせて都市計画全体を組み立て直すという、今日のオリンピック・シティのモデルが確立しました。新興国がオリンピックを機会に近代的な都市を手に入れる、という東京の成功体験はソウル、北京、南米初のリオディジャネイロ、というように今日に至るまで脈々と引き継がれています。

他方でロンドンではサッチャー時代に解体されたロンドン市を復活させ、グローバルシティとして勝負するための強い一体感を打ち出すために、オリンピックが用いられました。17万人の職員を抱える東京都が、かつての国鉄、日本航空、あるいは東京電力のように硬直して破綻したり事故を起こしたりしないように、オリンピックというイベントの力を借りて再構築して行くことには一定の意義があると言えるでしょうが、会場計画はふだん議論がなされることのない空間設計に目を向けるチャンスのひとつだと考えられます。

今回の都知事選では、諸策を統合するような空間設計の議論はおろか、オリンピックについての議論すらまるで論じられませんが、新しい都知事にはぜひニューヨークのブルームバーグ市長をお手本に、メディアの力、特に人々に施策を「かたち」として見せることのできる「空間の力」をうまく使って、東京をバージョンアップして頂きたいと思います。

著者プロフィール

藤村龍至
ふじむら・りゅうじ

東洋大学理工学部建築学科専任講師/藤村龍至建築設計事務所代表

1976年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所主宰。2010年より東洋大学専任講師。建築家として住宅、集合住宅、オフィスビルなどの設計を手がけるほか、現代の建築、都市に関わる理論を発表し、建築系、思想系の専門誌などに寄稿を行う。近年は、公共施設の老朽化と財政問題を背景とした住民参加型のシティマネジメントや、日本列島の将来像の提言など、広く社会に開かれたプロジェクトも展開している。

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