ポリタス

  • ハイライト
  • Photo by NASA Goddard Space Flight Center Follow, Kyle Hasegawa (CC BY 2.0)

「巨大地方都市・東京」をリアルに変革できるのは誰か!

  • 冨山和彦 (株式会社経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO)
  • 2016年7月28日

かつて産業再生機構という政府の政策遂行機関のリーダーをつとめ、石原都知事時代に都政に関わるいくつかの深刻な問題解決に関わった私自身の体験も踏まえ、今回の新都知事の政策課題とそれをクリアするリアルな能力要件について考えてみたい。

(1)政策課題

まず政策課題だが、当然ながら世界有数の大都市の「行政府の長」である都知事が抱える課題領域は非常に広い。だが、そうした様々な課題群の中で最も重要かつ深刻な課題群を集約していくと、東京が我が国全体の「人口のブラックホール」となっている現状、その先にほぼ間違いなくやってくる深刻な事態、不都合な未来をどうか回避するかに収斂していく。

東京はグローバル都市としては繁栄していない

都知事選において、東京の繁栄と地方創生をトレードオフと見る論調があるが、これは全くの間違いだ。東京はライバルであるニューヨークロンドンと比べて生産性も平均所得も低い一方で、生活コストは人口の過剰集積ゆえにライバル都市並みに高い先進経済大国のグローバル都市としては断じて繁栄していないのだ。


Photo by 中西求

東京は地方の人口を吸い込んだまま、再生産しないまさに「ブラックホール」になっている

これは、地方から東京に出てきた若者は、地元に残った若者に比べて子供を生み育てにくく、人口が半分から3分の2に止まることを意味する。東京は地方の人口を吸い込んだまま、再生産しないまさに「ブラックホール」になっているのだ。通常、都市化は、生産性の低い地方から生産性の高い都市部に人口が移動し、人々の生活はより豊かになって経済成長にプラスに働くのだが、そうなってないのが今の日本なのである。その証拠に、地方から東京への人口の社会移動(若者の移動)が加速したこの20年間日本全体の経済成長はほぼゼロだった。

地方を、そして日本を食い潰すブラックホール東京

このように、今は人口増で財政も豊かな東京都だが、長期的に見ると地方の人口を食い潰しているだけの「人口のブラックホール」なのである。

近い将来、一極集中ゆえに少子高齢化問題はメガトン級で一気に大噴出する

そして近い将来、おそらく団塊の世代が後期高齢者になる2025年あたりから、一極集中ゆえに少子高齢化問題はメガトン級で一気に大噴出する。その頃には地方の人口を食い潰しているのでもはや逃げ場はなく、医療・介護をはじめとする社会機能の大崩壊の危機に直面する。豊かだった都の財政も一気に悪化するだろう。そこに大地震でも起きたら、ブラックホール東京は日本を道連れに沈没することになる。


Photo by 中西求

「地方消滅」は東京の繁栄の裏返しではなく、「巨大地方都市・東京」の近未来図なのだ

「地方消滅」は東京の繁栄の裏返しではなく、「巨大地方都市・東京」の近未来図なのだ。その未来を変え、東京、そして日本全体を持続可能とする新たな政策展開は待ったなし、東京オリンピック・パラリンピックのすぐ先のところまで来ている。

もっと言えば、オリパラは、イベントとして滞りなく成功させるのは当然の話で、それ以上に来るべき「不都合な未来」を「好都合な未来」に転換するきっかけとしなくてはならない。お祭りそのものよりも「祭りのあと」が大事なのだ。

「好都合な未来」への政策課題

今の生活コストを前提に東京が「人口のブラックホール」から脱却するには、そこで行われている経済活動の生産性と賃金レベルを今の1.5倍から2倍くらいに引き上げる必要がある。もう一つのアプローチとしては、一極集中モードを転換し、人口を減らして生活コストを大幅に下げる方法もある。理想は、両者のいいとこどり――すなわち都心を中心に都市集積の生産性メリットを最大化しつつ、他方で首都圏全体としての人口の過剰集中を解消することだろう。

そこで都心部から臨海エリアの集積度はむしろ高め、道路、公共交通、防災はもちろん、ビジネス、商業、宿泊、医療・介護、学校、保育、文化・エンターテイメントそして住居の高度化投資を加速し、人口はむしろ都心に寄せる。そして世界最強の超高度集積グローバル都市を実現していく。


Photo by Guy Gorek (CC BY-NC-ND 2.0)

その一方で、広域首都圏としては、これ以上の人口増加を防ぎ、子育てをしている女性が1時間以上かけて満員電車で通勤して稼がないと生活できないような「働き方」「生き方」を解消することが求められる。

「首都圏版のコンパクトシティー政策」と「人口の地方分散」が「巨大地方都市・東京」のためにも必要

一極集中が続く中での首都圏における保育施設や介護施設の充実は、そのコストの大半を不動産コストに奪われ、いくら税金を投入しても足りないだけでなく、肝心の働き手の賃金にお金がまわらない。やはり「首都圏版のコンパクトシティー政策」と「人口の地方分散」が「巨大地方都市・東京」のためにも必要なのである。


Photo by 中西求

地方創生と東京の持続的成長は二律背反ではない

繰り返すが、地方創生と東京の持続的成長は二律背反ではない。そしてここで提示した問題群は、人口動態という、珍しく未来予測がほぼ的中する要因による「不都合な未来」なので、誰が知事になっても確実に直面することになり、おそらく総論的にはほぼ同じ結論に到達するだろう。むしろ勝負は次に述べるような色々な制約条件の中で、どこまで具体施策に落とし込み、かつ関連条例や予算を通し、そしてスムーズに執行できるかである。

いずれも具体化する段階では、ルールや予算付けを変えれば必ず既得権者との衝突が起きるし、保育園建設で既に問題になっているような住民エゴとの調整など、じつに多くの政治的な難関、組織へのストレス負荷が待ち構えている。非正規労働や低賃金労働で事業を支えている領域において高賃金政策を取れば、中小・零細事業者からは激しいクレームが出るだろう。

(2)能力要件

こうした難関を乗り越えて、政策群を現実化するには何が必要か。能力要件を考える上で、まず政策というもののリアルと都知事の権限・権力のリアルを押さえておく必要がある。

法令と予算を改革する力と巨大組織を経営する力

政策実現は、法令と予算、およびそれらを執行する組織統率に尽きる。よくビジョン提示力が大事だとか、リーダーシップがどうとか言う人がいるが、ここまで成熟し、巨大化した都市を持つ先進国において、そうした類いの事柄で与えられるインパクトは限られている。そんな「青い鳥」はもういない。政策は法令(規制緩和もこの一つ)もしくは予算として現実化しない限り、都民の生活や社会経済活動に対して何のインパクトも持ちえないのだ。


Photo by 中西求

この観点でいえば、東京は巨大であるがゆえに、条例などの関連法令数も、7兆円の予算規模と項目数も、そして職員の数も膨大だ。これらを政策意図に基づいて整合的に変革、連動させることは至難である。その辺の有名人が、有名であるだけで都知事になっても、何もできないか、官僚機構の上に乗っかって「よきにはからえ」知事になってしまうのが関の山だ。「神も悪魔も細部に宿る」から、この巨大な都において、神か悪魔かが宿る細部を感知し、適時・的確に介入する能力――本人が無理なら、そういう芸当のできるプロの行政官、プロの与党型政治家、プロの民間人、それもなんちゃってなメディア系有名人(時々、経歴詐称の人もいる類)ではなく、本物のプロたちと組むこと(正確にはそういうプロたちが組んでくれること)――が必須である。

実は強くない知事の権限・権力を最大化する政治力

また、地方政治は、首長と議会が独立対等に対峙する二元代表制である。議院内閣制の国政と比べ、知事と議会が条例や予算を巡って対立すると、状況は泥沼化しやすい。例えば首相と違って、議会が不信任決議でもしてくれない限り、都知事には議会解散権もない。米国において、議会との関係が悪いオバマ大統領の下ではTPP批准が難しくなっているのと同じ構図である。おまけに都や県の議会は実質的に利権代表の候補が通りやすく、改革派の知事が新党を立ち上げて議会の多数を取ることは極めて難しい。橋下徹氏を中心に、「天の時、地の利、人の和」が揃った大阪の再現は容易ではないのだ。加えて国と地方の間で複雑に入り組んだ権限分担の問題もある。要するに、はたで見るほどには、知事の権限は制度上、強くないのである。

結局、新都知事が改革的な政策を現実化するためには、議会や国としたたかな駆け引きを行い、17万人もの膨大な職員・多様な職種で構成された巨大組織をまとめ上げ、政策と変革を迅速に現実化する非常に高度の「実務能力」が求められる。

「熱い戦争」か「冷たい戦争」か

もし新都知事が改革の旗を掲げて、議会や官僚と大戦争を始めるなら、然るべき政治戦略と人材を糾合して、さっさと勝ちきってもらうことが肝要だ。

二元代表制の下、本気でこれをやるには、おそらく議会でも多数派を形成する「大阪維新の会」的な戦い方になるだろう。政治家として最高レベルの政治的力量と巨大なポリティカル・キャピタル(都民からの高支持率などの政治的資源)を必要とするゲームであり、難度は極めて高い。もし戦況が厳しいと見たら、いったん戦いののろしは上げるものの、どこかで手打ちをして、優先順位の高い問題にはメスを入れるが、そうでない問題には既得権の本領安堵を認めるような駆け引きに持ち込む融通無碍さも必要だ。「熱い戦争」を始める場合、こうしたずるさ、したたかさがないと、当面のオリパラの無事開催さえ怪しくなるし、ここで戦争が長引いて泥沼化すると、肝心な問題、鮮烈な「あれかこれか」の決断と実行を求められる重要な政策課題は、結果的に先送りされる確率が高い。


Photo by 中西求

逆に派手な戦争を始めない前提で新たな政策展開を行おうとする場合、大きな破たんや都政の政治的大停滞はないと思うが、調整的なアプローチを重視するあまり、現状の政治状況の虜になって流されてしまっても、やはり重要な問題への果断な対処は難しくなる。ここでも色々な人々の顔は立てつつ、勝負すべきところとタイミングでは、政治的な策略、多数派工作もしっかり行いながらずばっと大胆な手を打っていくしたたかさが重要となる。いわば「冷戦」上手でなくてはならない。これまた簡単なことではないが、振り返れば改革派知事として長期的に活躍できた方の多くがこのタイプである。

合理を突き詰める有能さと、情理の達人であることの両方が、ダイナミックなバランス感覚の中で求められる

熱い戦争メインでいくにせよ、冷たい戦争メインでいくにせよ、リアルな改革者となるには、合理を突き詰める有能さと、情理(政治や組織)の達人であることの両方が、ダイナミックなバランス感覚の中で求められるのだ。

都民は実務能力で候補者を比較せよ

今回の候補、特に有力候補とされるお三方が、以上に挙げた能力要件に照らしてどう評価されるのか、そして都知事になった場合にどんな戦い方をしそうで、それを成功裏に遂行できる力量をもっていそうか、有権者としてはよくよく見極める必要がある。

繰り返すが、私は、東京都の場合、政策課題と的確な政策的対応策については、実際に都政を遂行する立場になると、実はあまり開きが出ないと考えている。むしろ候補の優劣を大きく規定するのは、こうした政治的、行政的、経営的な実務能力だと思っている。

有権者の皆さんには、この観点から、各候補者の能力、経験、そして現在の言動をしっかり観察していただき、誰が今後4年間、最も高い政策成果をリアルに上げてくれそうか、判断してもらいたい。

著者プロフィール

冨山和彦
とやま・かずひこ

株式会社経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO

1960年生まれ、東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に㈱産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、IGPIを設立、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、現在に至る。オムロン㈱社外取締役、ぴあ㈱社外取締役、パナソニック㈱社外取締役。経済同友会副代表幹事。財務省財政制度等審議会委員、財政投融資に関する基本問題検討会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員、文部科学省中教審実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、経済産業省産業構造審議会新産業構造部会委員 等。近著:「なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略」「ビッグチャンス」「IGPI流 ビジネスプランニングのリアル・ノウハウ」「選択と捨象」「地方消滅 創生戦略篇」「決定版 これがガバナンス経営だ!」「IGPI流 ローカル企業復活のリアル・ノウハウ」他

広告