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憲法24条を「女だけの問題」にしてはいけない

  • 深澤真紀 (コラムニスト・淑徳大学客員教授)
  • 2016年7月7日

自民党や日本会議が、憲法改正のとば口のひとつとして憲法24条に目をつけたのは、敵ながらうまいところをついていると思う。

まず24条は、9条に比べて話題になりにくいのだ。

たとえばYahoo!ニュースで「憲法24条」を検索すると、ニュースの数は28本。一方の「憲法9条」は389本で、14倍近い差がある(ともに2016年6月30日現在)。そもそも9条の内容を知らない人はいないだろうが、24条の内容を知っている人は多くないだろう。

家族と婚姻の基本原則である24条改正の、どこが問題か

では家族と婚姻の基本原則である24条改正の、どこが問題か。現行憲法を見てみよう。

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

そして、自民党の憲法改正草案はこうだ。

第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

「個人の尊重」から「家族の尊重」へ

改正草案はなぜ、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。」からはじまるのか。

それにはまず13条の改正草案を見なければいけない。

現行憲法では、「すべての国民は個人として尊重される」なのに、草案では「すべての国民は人として尊重される」となっているのだ。

「個人」と「人」の違いは大きい。

「個人」とはそれぞれの人間のことをさすので、「個人の尊重」という言葉は多様な人間の1人1人が尊重されるということだ。一方の「人」とは、動物とは違うというくらいの意味しかない。個人から人への変更は、「個人主義」を嫌う自民党らしい大きな意味を持つのだ。

改正草案では、個人ではなく、家族が尊重されるべきとなっている。しかも「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いている

改正草案では、個人ではなく、家族が尊重されるべきとなっている。しかも「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いている。憲法とは、居酒屋のトイレに貼ってあるカレンダーではない

自民党は、世界人権宣言16条にも「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位」と書いてあるというのだが、人権宣言ではこのあとに「(家族は)社会及び国の保護を受ける権利を有する」と続いている。

ところが改憲草案には肝心のそれが書かれていない。「家族の問題は家族だけで解決しろ、国は保護しない」ということなのだ。

消えた「両性の合意のみ」、「配偶者の選択」、「住居の選定」

2には、変更点がないようにえる。しかし、「婚姻は、両性の合意のみに基いて」が、改正草案では「婚姻は、両性の合意に基いて」となり、「両性の合意のみ」を「両性の合意」に変えている。

婚姻には、両性の合意だけではなく、他の誰か——たとえば戦前のように「家長」——の合意が必要だということを匂わせているのだ

3では、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族」が、改正草案では「家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族」となっている。

「配偶者の選択」「住居の選定」が消え、「扶養」「後見」「親族」が増えている。配偶者や住居を選ぶのは個人の自由ではない。扶養や後見が重要だ、それも家族だけではなく、親族まで面倒を見ろということだろう

自由で民主的な社会、リベラルでデモクラティックな社会を作るという政党の憲法改正草案がこんなことになっているのである

「自由」「民主」党とは、現存する政党の中で一番すばらしい党名だと思う。しかも英語名は、Liberal Democratic Party of Japanだ。自由で民主的な社会、リベラルでデモクラティックな社会を作るという政党の憲法改正草案がこんなことになっているのである。

男女平等とジェンダーフリーバッシングと夫婦別姓反対

自民党が24条に目をつけた背景には、男女平等阻止と、ジェンダーフリーバッシングと、夫婦別姓反対という「女の問題」に対する成功体験があったからだと言われる。同じように家族と婚姻の基本原則である24条も、「女の問題」と扱われがちだからだ。

まず日本では国連からの外圧により、1986年に男女雇用機会均等法、1999年の男女共同参画社会基本法が制定された。

ここで「男女雇用平等法」、「男女平等社会基本法」とすればよいものを、わざわざ「雇用機会均等」だの、「共同参画社会」だのという用語をひねり出したのは、どうしても「男女平等」という言葉を使いたくなかったからだ。

男女平等を女性が輝くに言い換えるあたり、「女の問題」として処理しようとしていることがよくわかる

それが現在の安倍政権の「女性が輝く社会」「一億総活躍社会」という用語につながっている。これだって「男女平等社会」と言えばすむのだ。ことに、男女平等を女性が輝くに言い換えるあたり、「女の問題」として処理しようとしていることがよくわかる。

さて「ジェンダーフリー」とは、「社会的な性別にとらわれない」といった意味の用語である(この用語については、フェミニズム側からも賛否両論がある)。これが2000年代に入って「男女を中性化するフェミニストの陰謀!」と曲解され、バッシングされ、内閣府男女共同参画局は「画一的に男女の違いを無くし人間の中性化を目指すという意味で『ジェンダー・フリー』という用語を使用している人がいるが、男女共同参画社会はこのようなことを目指すものではない」と否定するようになり、結果として「男女平等」にまつわる政策自体が退行していった。

そして「夫婦別姓」といえば、日本古来の伝統というわけでもないのに(たとえば明治の初期には夫婦別姓だった)、1996年に答申された「選択的夫婦別姓」を可能とする民法改正案を、自民党が「家族の一体感が損なわれる」と反対し、国会に上程すらされていない

さらに2015年には最高裁大法廷が、「夫婦同姓は違憲ではない」と判断したのだ(とはいえ、夫婦別姓が違憲だと判断されたわけでもない)。 2016年、野党は選択的夫婦別姓の導入を盛り込んだ民法改正案を共同提出したが、審議入りされなかった

男女平等だの、ジェンダーフリーだの、夫婦別姓だのを通さないことは、自民党にとって重要な課題であり、これが成功してしまっていることの意味は大きい。

フェミニスト、めんどくせーな! でも男だって生きにくくなる

女の問題は、保守からはこのように簡単に批判されやすいだけではなく、リベラルからも、女性からも、面倒くさいと思われてしまう部分がある。

リベラルでも、男女平等やフェミニズムへの違和感や嫌悪感を表明する人は少なくないし、女性でも「男女平等がいいとは思わない」「私はフェミニストではないけれど」とエクスキューズすることがままある。

この原稿を読んでいる多くの人も、「でたでた、フェミニスト、めんどくせーな!」と思っているだろう。

私自身はたしかに高校時代から30年来のフェミニストではあるのだが、「いつまで女の問題について書かなければいけないのだ、めんどくせーな」と、書いているこっちだって思っているのである。

男女平等もジェンダーフリーも夫婦別姓も、そういった「面倒くさい女の問題」として扱われたからこそ、自民党は自分たちと違う意見が優位になるのを阻止することができた。フェミニストは家族や男女を破壊するモンスターとして、自民党の仮想敵であり続け、結果としてうまく利用されてしまった部分があると、自戒を込めて思っている。

しかしこのまま24条を女の問題として面倒くさがっていると、同じ轍を踏むことになってしまう。

「個人の尊重」よりも「家族の尊重」が重視され、「婚姻の自由」もなく、「家族が助け合わなければならない」という社会は、女性だけではなく男性にとっても生きやすくはない

「個人の尊重」よりも「家族の尊重」が重視され、「婚姻の自由」もなく、「家族が助け合わなければならない」という社会は、女性だけではなく男性にとっても生きやすくはない。

自民党の改正草案には、男性が過剰な「家長」意識を持たされるしんどさがある。男女平等阻止や、ジェンダーフリーバッシングだって、夫婦別姓反対だって同じで、本当は女だけの問題ではなかったのだ。

結果として「男はとにかく働いて家族を養うものだ」「働かない男、稼がない男には意味がない」というプレッシャーにもつながりやすい。

家族が一番大事な人、男らしさや女らしさが大事な人、「家長こそが男の生き方、それを支えるのが女の生き方」と思う人がいてもいい。

でも、そうではない人、そうはできない人もいるのが、個人が尊重される社会だ。

24条改正は、女だけの問題ではないのだ。

著者プロフィール

深澤真紀
ふかさわ・まき

コラムニスト・淑徳大学客員教授

1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。在学中に女子学生のためのミニコミ「私たちの就職手帖」副編集長をつとめる。社会科学系、サブカル系、IT系、生活系など複数の出版社で編集者をつとめ、1998年、企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役社長に就任。
ポリタス【総選挙2014】では、「多様な女性政治家が誕生するために、「女性代表」を求めなくていい」(http://politas.jp/features/3/article/302)も執筆。

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