【撮影:初沢亜利】
県知事選で新人の翁長雄志氏が現職の仲井真弘多氏に10万票の大差を付けて勝ったことを受けて、今回の知事選を総括しようとしていたら、すでに次の選挙が始まってしまった。タイミングを逸してしまったようだが、現時点(11月27日)でわかっていることを踏まえて、総選挙での課題も含めた「総括と展望」のようなものを残しておきたい。
◆知事選の結果が示すこと:補償型政治の終わり
「投票に際して何を重視したか」との出口調査で、普天間返還・移設を重視して投票した人々が6割に上ったと琉球新報(11月17日)が報じている。普天間飛行場の「代替」基地建設に向けた海上工事が着手される中、基地問題が沖縄の将来を左右する重大な分岐点にあるとの認識が共有されていたのだろう。その選挙で「ノー」と言った候補が圧勝したのだから、「辺野古や高江に新しい基地はつくるべきではない」と言うのが沖縄の民意だということは明白だ。
【撮影:初沢亜利】
補償型政治との関わりで言えば、1995年の少女暴行事件以降、基地とリンクした一連の振興策では問題が解決しなかったという認識も、多くの県民に共有されはじめているのだろう。石破幹事長の名護市長選応援演説における500億円の地域振興基金発言を思い起こさせる、菅官房長官のUSJ沖縄誘致全面支援発言は集票にはつながらなかった。ヤンバルの豊かな海や森を破壊して軍事基地をつくるよりは、貴重な自然を活かして観光資源とする方が良いとの判断が示されたのではないか。少なくとも、補償型政治によって県民を「説得」して辺野古に総合的な海兵隊基地を建設することは不可能だとのメッセージが発せられたと言える。
◆沖縄と本土:アイデンティティ・ポリティクス
補償型政治のあり方を、民主主義という言葉を使って、こう言うこともできる。日本の民主主義は、こと沖縄に関するかぎり、経済的に弱い地域に迷惑施設を押しつけて多数派がその恩恵を享受する「弱者切り捨ての民主主義」である。朝日新聞那覇総局長の松川敦志は、県民はその背後に「差別」の2文字を見て取っているとし、「沖縄に押しつけ、沖縄を切り捨て、沖縄を忘れる。私たちの政府、そして本土が、敗れたのである」と今回の知事選を総括した。
確かに、「オール沖縄」「ウチナーンチュの誇り」「イデオロギーでなくアイデンティティ」と、有権者の感情に強く訴えるメッセージが投票行動を左右したようにも見える。昨年11月、仲井真知事の埋め立て承認に先立って、自民党の県選出国会議員は党本部の圧力のもと、選挙公約を撤回し「普天間の辺野古移設容認」を表明した。この時の写真は、「21世紀の琉球処分」と言う言葉以上に、県民の誇りに鋭く突き刺さっただろう。
◆候補者選択:「意地」の選挙
しかし、知事選においてどの候補者に1票を入れるかは、単純な選択ではない。基地問題以外の政策選択もあれば、自分の立場や子どもたちのための将来予測とも関連してくる。そうした事情は、地元紙の記事(琉球新報「名護、翻弄の18年 知事選で市民の思い交錯」)や特集(沖縄タイムス「[有権者日記]誰に1票を投じたか」)で垣間見ることができる。
自民党支持層、公明党支持層の中で3割~4割の人びとが仲井真氏を支持しなかった。仲井真氏が政府から8年間、毎年3000億円台の振興予算を引き出したことを受けて、「これでいい正月を迎えることができる」と言ったことは、ケビン・メア元国務相日本部長の「沖縄はゆすりの名人」との発言(2011年3月)を想起させたかも知れない。そうした屈辱的な物言いをされた記憶は、保守層の人びとの中にも「仲井真が勝てば金で沖縄を売ることになる」などの反発を生んだだろう。
一方で、無党派層の2~3割が仲井真氏に票を投じた。その中には、新基地建設には反対だが政府の強硬姿勢に圧倒されて「どうせ押し切られてしまうのなら、政府とつながりの強い候補が良い」と判断した人も少なからず含まれているはずだ。
翁長氏の場合も、安保には反対ではないが、辺野古での基地建設には反対するという人びとが相当数含まれている。「仲井真さんが県民を裏切ったように、翁長さんにも裏切られるかも知れない」と思いつつも、消去法的に、他の立候補者よりもましだと思えたから票を投じたという人もいる。
この複雑さを、荻上チキはこう表現した。
全ての沖縄県民が翁長氏に「希望」を抱いたわけではない。かといって、仲井真氏の選択に「絶望」してあきらめたくもない。まだ道はあるはずだという「意地」を託されたのが翁長氏だった。(中略)誰に向けられた「意地」か。それは、政府であり、アメリカであり、本土の住人達に向けたものでしょう
こうした複雑な思いの集積が36万票となり、保守系の前那覇市長をして「知事がブレ、国会議員がブレても、県民はブレなかった」と言わしめ、「子や孫の世代への責任がかかった歴史的選挙」を勝利に導いたのだ。
【撮影:初沢亜利】
◆日本政府の反応:「圧殺の海」再び?
こうして、「沖縄の過重な基地負担は速やかに解決されなければならない」という沖縄県民の強い意思を日米両政府に対し示すことはできた。だが、各紙朝刊社説は、朝日新聞「辺野古移設は白紙に戻せ」、毎日新聞「白紙に戻して再交渉を」、日経新聞「いまこそ政府と沖縄は話し合うときだ」、読売新聞「辺野古移設を停滞させるな」、産経新聞「政府は粛々と移設前進を」といつもの対立の構図だ。
翁長氏の当選を受け、官房長官は「辺野古移設は唯一の解決策。法治国家として粛々と進めることに変わりはない」と従来通りの考えを示し、外務大臣は「普天間の危険性除去(…の…)唯一の方法が辺野古移設との考えは、今後も変わらない」と将来の政策変更の可能性さえ否定した。25日に発表された自民党の政権公約の中でも、普天間飛行場の返還について「名護市辺野古への移設を推進」と明記し、日米合意に基づく政府方針に沿った現行計画を進めるとしている。
こうした政府の姿勢を現場で示すかのように、沖縄防衛局は18日夜、キャンプ・シュワブに大型トラック11台分の資材を搬入し、19日には海底ボーリング調査などに使用する仮設桟橋の新設工事に向けた作業を開始した。この仮設桟橋は環境影響評価(アセスメント)にも埋め立て申請にも記載していないもので、それを、新基地建設に反対する候補が知事に当選した直後に強行したのである。キャンプ・シュワブのゲート前では、抗議の意思表示をする市民が沖縄県警機動隊に何度も強制排除され、20日、21日の2日連続でけが人が出た(三上智恵「知事選後2日で潰された民意」参照)。海上では巡視船13隻が約2カ月ぶりに姿を見せ、再びカヌー隊を威嚇し、映画「圧殺の海」の再現を予感させた。こうした状況を、琉球新報は、「沖縄がどんなに抵抗しても無駄だ、と県民に刷り込みたいのだろう」と論評した。
【撮影:初沢亜利】
ところが、22日、沖縄防衛局は19日に再設置したばかりの浮桟橋を撤去し、係留されていた海上保安庁のゴムボートもクレーン車で陸揚げされた。27日現在、工事はストップした状態に見える。ただでさえ議席を減らすことを予想している党本部は、県民の反対の声の中で強引に調査を進めて火に油を注ぎ、沖縄の4議席全てを失うわけにはいかないと判断したのだろう。知事選と同時に実施された県議補選で、那覇や名護の自民党公認候補が敗れるという「番狂わせ」が起きたことも影響しているかもしれない。
あるいは、衆院選に出馬する県選出議員あるいは選挙活動を担う自民党県連が自民党本部に対して、これでは選挙を戦えないと訴えかけたのかもしれないが、沖縄タイムスは、「海上作業の中断はプラスでもマイナスでもない。県連から求めたわけでもない。逆に選挙に利用するズルいやり方と思われたくない」との県連関係者の困惑を紹介している。いずれにせよ、政府は12月14日の衆院選が終わるまでは、海上での本格的な作業を延期する方針のようだ。
◆米国政府の反応:住民の支持のない基地
米国防総省も国務省も、移設は日米合意に従い進められていくというのが基本的な見解だ。知事選の結果が明らかになった翌17日、国務省で開かれた定例記者会見でラスキー報道部長は「結果にかかわらず、米政府は日米間の合意を遂行する」と表明し、「埋め立て承認が白紙に戻されない限り、県内移設中止要請に関する協議に応じる必要もない」と現行計画を推進する構えを見せている。
だが、「オスプレイと在沖海兵隊は「御守り」にすぎない」という佐藤学の議論にも耳を傾けておくべきだろう。米国が日本に求めているのは、集団的自衛権の制約を解いて米国との軍事協力を進めることであり、例えば、南シナ海での共同監視や、ホルムズ海峡封鎖への掃海艇派遣、国連平和維持活動における武器使用基準の緩和などである。海兵隊が、日本防衛の実働部隊として、「抑止力」の実体を構成しているわけではないのだ。
【撮影:初沢亜利】
また、琉球新報社説(10月4日)によれば、「米政府内で普天間交渉にも長年携わった知日派重鎮の日米外交筋は、11月の県知事選で移設反対派が勝利した場合、日米政府が移設作業を強行し沖縄と「全面対決」になれば「ディザスター(大惨事)になる」と警告している」。平安名純代(沖縄タイムス)は、在日米軍再編に携わった米元高官が「米国の国防戦略は激しく変化しており、(新基地の)18年前と現在の必要性をめぐる論議は必ずしも同じではないだろう」と、沖縄の変化を受けて米政府内でも変化が生まれる可能性はあるとした見解を紹介している。
米国が、住民の支持のない基地を維持することを望んでいないことは、繰り返し述べられてきた(三浦瑠麗「支持のない基地はリスク」琉球新報、11月17日、ガバン・マコーマック「米は辺野古望むか」琉球新報、11月25日)。20日、21日とキャンプ・シュワブのゲート前で抗議活動をしていた高齢者らが負傷した事態について、「好ましくない」などと複数の米政府筋が懸念を示していたことが26日にわかった。こうした懸念を日本側に伝えていた可能性もあり、それが選挙前の本格的な作業延期につながったかも知れない。
◆「抑止はユクシ」:日本政府こそがネック
いずれにせよ、一番の問題は日本政府、とりわけ防衛官僚・外務官僚なのだと、沖縄で広く信じられるようになるきっかけが、2011年の2つの出来事だった。
1つは、「少なくとも県外(移設)」の公約を、抑止力を理由に撤回した鳩山由紀夫元首相が、2月に沖縄タイムスのインタビューに答え、公約撤回は外務大臣・防衛大臣と(それ以上に)その背後にいる官僚に勝てなかったからだ、抑止力という説明は「方便」だった、と述べたことだ。県内では「抑止はユクシ(ウチナーグチで「うそ」)」という語呂合わせが多くの人の口にのぼった。
もう1つは、同年5月のウィキリークスによる公電の暴露である。防衛省の高見沢将林防衛政策局長は、2009年10月12日、来日したキャンベル国務次官補らとの非公式の昼食の席で、「米政府はあまり早計に柔軟さを見せるべきではない」と県外移設など検討しないよう伝達し、官僚が鳩山政権の県外移設の実現を阻む動きをしていたことが、報道された。
◆仲井真氏の選択:翁長氏の仕事
12月10日の仲井真現知事の任期終了前までに、知事権限とされている辺野古キャンプ・シュワブ内での工事内容の変更が承認されてしまう可能性があるとの警戒の声がある。仲井真氏は、民主主義の作法に則り、知事選に示された新基地建設反対の民意を尊重して、この承認を思いとどまるだろうか。それとも、たとえ県民の大多数が反対しようとも、辺野古に新基地をつくり、普天間飛行場の危険性を除去することこそが「真の県益」であるとの「信念」を貫き、承認してしまうのだろうか。11月30日付沖縄タイムスの報道によれば仲井真現知事は12月9日までの任期中に承認する意向を自民党関係者に伝えていたという。国政選挙のどさくさに紛れて後者の選択肢がとられないように警戒し、必要とあれば県庁を「人間の鎖」で包囲する準備をしなくてはいけないのかも知れない。
【撮影:初沢亜利】
翁長氏の仕事が困難なものであることは本人が一番良くわかっていることだろう。翁長氏は、当選の翌朝のインタビューで「困難な問題が予測されると各紙に書いてある」と述べ、日本政府に対し「沖縄が自己決定権に基づき主張させてもらう」と決意を表明している。
だが、仕事が困難であるのは、基地問題に限らない。「脱基地経済宣言」ともいえる県の基本構想「沖縄21世紀ビジョン」の実現も容易なことではない。なぜなら、15日の論考では「名護市の有権者は、正義や良識だけではなく(中略)生活実感の中から新基地に伴う振興策による利益よりも新基地受け入れの不利益が大きいと判断した」と書いたが、全ての県民が常にそう判断するとは限らないからだ。「より豊かに」という合意はあるものの、それが「どのような豊かさなのか」についての合意は形成されていない、からだ。
県は、那覇市新都心地区(おもろまち)の基地返還後の生産誘発額は16倍に上り、北谷町美浜・ハンビー地区(アメリカンビレッジ、ハンビータウン)のそれは215倍であると胸を張っているが、大型ショッピングモール中心の「都会的」な町並みばかりを造り続けるのは良策ではない。そうではない、「ウチナーンチュの誇り」にできる土地利用を基地跡地に実現するためには、米軍基地の段階的縮小を実現できるように利益を調整し、基地の跡地利用の仕方などに知恵を出し合って、「豊かさ」の中味を具体化させていかなくてはならない。
【撮影:初沢亜利】
【撮影:初沢亜利】
◆選挙後の課題:翁長氏の打てる手
ある研究会で、辺野古「移設」問題をどう打開するかが話し合われた。印象に残った議論を私なりにまとめてみよう。辺野古強行を崩さない安部政権を前に、どのように国内世論、米国政府に働きかけ、「少なくとも県外」を実現させるかが第一の課題だが、突然の総選挙で県内政治の課題も軽視できない。
まず、埋め立て承認の「取り消し」「撤回」を実現できるかが課題となる。手続きに瑕疵があった、公益に反している等の理由で法的に可能だという議論、だが代理署名拒否をした大田知事が裁判に訴えられ敗れたように、今回も政府が代執行訴訟を提起するという議論、しかし今回は随分と条件が異なるので勝てない裁判ではないとの議論、など結論をみていない(琉球新報、11月25日)。
もう一つ、普天間の県内移設の断念とオスプレイの配備撤回を求めた「建白書」には県内の全41市町村長が署名していたが、昨年末の仲井真氏の埋め立て承認後、この「オール沖縄」は分裂した。県知事選では、那覇と名護を除く9市長と18町村長が仲井真支持を表明し、意見広告に顔写真を並べた。一括交付金の配分への影響を考えれば、当然の支持だったのかも知れない。翁長氏は、これら市町村長らに挨拶をしに行き、今後の県政への協力を募る時間が欲しかったことだろう。だが、総選挙への流れがその時間を与えてくれなかった。県知事選の結果を受けての琉球新報の調査では、41人中、新知事支持14名、現時点での判断保留10名、無回答4名、回答拒否13名であった。衆院選で敵味方に分かれて戦うことになるが、フェアプレイを貫けば、選挙後の関係修復の困難を軽減できるだろう。
外務省は米国に対し、「翁長氏は反基地・反安保の市長で話にならない」との情報を流すのではないか。例えば、ワシントンポスト紙は “In blow for Tokyo and Washington, Okinawa elects governor who opposes military base”との記事タイトルを打った。聞く耳を持たせない作戦だ。これに対抗して行くためには、在沖米領事館に挨拶に行き、「自分は日米安保に賛成である。しかし、沖縄への基地集中は目に余るものがあり、今回の辺野古での新基地建設は~」と聞く耳を持たせるようにする方策が必要だろう。米国政府に対する働きかけに関しては、猿田佐世氏の「戦力的な翁長外交 期待」(沖縄タイムス、11月21日)に詳しい。
日本政府は「辺野古移設拒否なら、嘉手納より南の基地の返還が停滞する」と圧力をかけてくるだろう。翁長県政は、「辺野古が唯一の選択肢ではない」ことを、改めて外に向けて発信していく必要がある。それは時間のかかる仕事であり、すぐに効果の出る仕事ではない。県民は翁長県政にこうした困難な課題への対処を期待する以上、2期8年を前提とした、気の長いバックアップ体制を作り出し、そうした空気を作り出すことが必要だろう。
◆選挙前の課題:「意地」の選挙再び?
知事選の勝利が問題の「解決」ではないことをわかっているが故に、県民は「意地」の選挙をもう一度たたかうことになるかも知れない。自民党本部の強い圧力の下にあったとは言え、県民との約束を反故にし「普天間の辺野古移設容認」を表明した県選出国会議員に反省の機会を与えたいと有権者が考えるのは自然なことだ。知事選で実現された「建白書」勢力の結集を再現することができれば、それも可能だろう。
県の4つの選挙区毎に知事選の票を集計してみると、全ての選挙区で翁長氏の票が過半数を獲得している(琉球新報、11月18日)。候補者調整は、1区赤嶺政賢氏(共産)、2区照屋寛徳氏(社民)、3区玉城デニー氏(生活)、4区は新基地建設反対で知事選をたたかった枠組から、元自民党県連顧問で、元県議会議長の仲里利信氏を候補として擁立する方向でまとまった。重要な選挙でこうした共闘が積み重ねられていき、信頼関係が築かれていけば、新しい地域政党の誕生もあるかも知れないとの声も聞こえてくる。
【撮影:初沢亜利】
逆に、衆院選が、知事選で実現した共闘態勢の基盤固めにとって、壁になるかもしれない。4つの選挙区全てで自民党議員が当選すれば、県知事選における翁長当選、「オール沖縄」勝利の効果は半減され、揺れ戻しが起こらないとも限らない。今回翁長氏を支持した保守系の市議達は、果たして、これまで自民党を支持してきた有権者に対して、「今回は共産党(あるいは社民党、生活の党)の候補を支持して欲しい」と言って、選挙運動をすることができるのだろうか。
新崎盛暉の「反基地以外の課題も含め重層的な最大公約数を形成するための民主的討議の訓練が必要だ」との言葉は、そこまでの射程を持っていると思う。新しい知事として翁長氏を選択した沖縄の県民は、まずは衆院選という機会の中で、もうその準備を始めているに違いない。