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【沖縄県知事選】琉球はアジアの「スコットランド」になる

  • 松島泰勝 (龍谷大学経済学部教授/琉球民族独立総合研究学会共同代表)
  • 2014年11月21日

◆基地問題の国際化

今回の知事選挙のキーワードは「琉球と琉球人の誇り」であった。琉球の新聞でも「沖縄の誇り」という言葉が大きな見出しになった。喜びに溢れた翁長氏がカチャーシー(琉球の民族舞踊)を踊る姿が印象的であった。

ステイトレス・ネイション(stateless nation)である琉球と、日本国との闘いはこれかが本番を迎える。琉球は、日本政府の国策である辺野古新基地建設計画を拒否したのである。知事選前後に、菅義偉官房長官は「辺野古は過去の問題」であると述べ岸田文雄外務大臣は「辺野古移設の考えは変わらない」と発言した。日本政府は、自らの国家権力を誇示するばかりで、琉球人の「反逆」の意思や思いに正面から向き合おうとしない。日本は民主主義国家であると一応見なされているが、その実態は、琉球人という「民」の権利になんら配慮しない強権的な国であると言えよう。少なくとも世界の人々はこのように考えるだろう。

私は1996年に国連人権委員会先住民作業部会、2011年に国連脱植民地化特別委員会に参加して、基地の強制は国際法違反であると主張する「市民外交」をした。琉球内に「琉球弧の先住民族会」という国連NGOが設立され、毎年のように国連の各種委員会において琉球人が報告し、世界と琉球を結ぶネットワークを構築するためのロビー活動をしてきた。その結果、国連は、琉球人を独自な民族であり、琉球諸語は方言でなく言語であると認めた。そして基地の琉球への過度な押し付けは「人種差別」であるとして日本政府にその改善を勧告している今年9月には糸数慶子参議院議員が琉球人として国連の会議に参加し、基地問題の不平等性を訴えた。琉球人は着実に、国連や国際法を活用して、世界からの支援体制を築くなどして、脱植民地化の道を歩んでいる。

翁長氏の知事当選は、日本国内だけでなく、国際的なニュースとして世界に配信され、世界も琉球の現状に関心を持っている。日本政府、日本人は、北朝鮮や中国の人権問題には大いに注目し、批判するが、自らが生み出した琉球人の人権問題には無頓着である。70年近くも琉球人の足を踏んでいることに、まだ気付かないのである。

翁長氏は知事就任後、アメリカのワシントンに県事務所を開設して基地問題の解決を米政府に直接訴える活動を展開する予定である。本来なら日本政府は、自国民である琉球人の安全を守るという、国家としての義務を有している。しかし、琉球に対しては自らの責任を放棄し、琉球人の生命や安全を脅かすような政策を立て続けに行なってきた。

翁長氏は、「琉球人という国民」を守らない日本政府を見限り、アメリカに拠点を置いて米政府に基地問題の解決を迫るという、これまでにない政治的な活動領域に歩み出ようとしている。これは、米軍基地建設に反対する新知事の意思の強さでもあるが、翁長氏を選んだ琉球人の「琉球のことは自分達で決める」という自己決定権獲得への決意が反映されていると言える。

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【撮影:初沢亜利】

日本人はそこまで琉球人を追い込んでいるのである。日本人に自覚してほしい。琉球人が勝手に基地問題に怒っているのではない。日本人が、自らが嫌な米軍基地を琉球人に押し付けているのである。

琉球における基地問題を、国内問題から国際問題にすることによって、その解決を図るというのが、翁長新知事の新「外交戦略」であると考えられる。沖縄県の事務所をワシントンだけでなく、国連本部があるニューヨーク、国連欧州本部があるスイスのジュネーブにも設置して、国連を活用して琉球が抱える問題を解決して欲しい。国連の人権委員会や人種差別撤廃委員会などにおいて琉球の基地問題を人権問題として世界に訴え、琉球を支援する世界的なネットワークを形成する。また脱植民地化特別委員会に参加して、国連の「非自治地域(植民地)」リストに琉球を登録する運動を展開する。同リストに登録されると国連の支援を受けながら、琉球の脱植民地化を具体的に進め、琉球から一切の基地を撤廃することが可能になる。2013年にフランスの植民地である太平洋にある仏領ポリネシアも同リストに登録された。琉球も地球上に存在しており、国連の脱植民地化のプロセスを活用する資格を有しているのである。

◆アジアと直結する琉球

当選直後のインタビューで翁長氏は「アジアとの経済関係を強化したい」と抱負を述べた。琉球と歴史的、文化的に多くの共通点を持つアジア地域との経済的関係が今後、様々な形で強まっていくだろう。

那覇市壺川の選対事務所にて当選の喜びと意気込みを語る翁長雄志氏【撮影:初沢亜利】
【撮影:初沢亜利】

これまで日本政府は琉球側が米軍基地建設に反対すると、基地に関連するカネが琉球に流れる蛇口を閉めるという政策を実施してきた。これから翁長知事が基地建設に反対する過程で、日本政府は同じような手を使ってくるだろう。しかし、基地にリンクしたカネのほとんどは日本に還流しており、琉球の経済自立には少しも役立たないことを、これまでの経験で琉球人は学んだ。このような植民地経済からいかに脱却するのかが、翁長知事の新たな政策課題になるだろう。

次のような経済政策が検討されるかもしれない。

(1)観光、物流、情報通信の各産業で発展している琉球とアジア諸国との経済的な関係を琉球独自の法制度を用いて強化する。
(2)振興開発予算の9割を占める公共事業を受注できる企業として、特別な場合を除いて地元にある琉球企業に限定する。
(3)琉球において経済活動を行なう企業は琉球内で納税する税制を確立し、「ザル経済」から脱却する。
(4)米軍基地返還の交渉を加速化し、その跡地にアジア諸国からの企業投資を促し、新たな雇用を生み出し、琉球企業の活動範囲を広げる。

日本政府からどれほど多くのカネが与えられるのかを期待する「アメとムチ」の政治システムから琉球が卒業したことが、今回の選挙で明らかになった。琉球が経済主権を獲得し、自らで稼いだカネで、自らの頭で考えた経済政策を地道に進めて行けば、経済自立は実現できる。「アメとムチ」の植民地統治政策に恐れる必要はもうないのである。

◆琉球のスコットランド化

衆院選後も、安倍首相は集団的自衛権を推し進め、島嶼防衛を強化するなどして、アメリカとの同盟体制の道を突っ走るだろう。琉球をカネで懐柔できなくなったら、次には国家権力を用いて、基地反対派を拘束し、取り締まり、有無を言わさず、新基地を作ろうとするに違いない。チベットやウイグルを強権支配している中国を日本は批判できなくなる。「日本の中国化」と言われるかもしれない。

誇りをもった琉球人が自らの生命や生活を守るために取りうる具体的な選択肢の一つが、「琉球のスコットランド化」のプロセスである。今年9月、イギリスのスコットランドで独立を問う住民投票が行なわれた。私も現地を訪問して、現代的形態の独立運動を体感し、独立をキーワードにしてスコットランドから琉球が学べることを考えた。投票の結果、僅差で独立には至らなかった。しかし1999年に大きな権限を有する政府と議会を設立したスコットランドでは、イギリスからの独立を公約にするスコットランド民族党が政権を握り、議会でも過半数以上の議席を有している。これからも独立の動きは止むことがなく、かえって盛んになるだろう。

欧州ではその他、スペインのカタルーニャやバスク、ベルギーなどで独立運動が政府、政党、市民を巻き込んで激しくなっている。独立運動は、戦後アジアアフリカで発生した過去の産物ではなく、「自分達で地域のことを決定できる」政治体制を実現するための現代的で、最先端の政治運動の一つである。

日本政府が琉球人の意思を無視し、民主主義の原則を蔑ろにして強制的に辺野古新基地の建設計画を進めれば進めるほど、琉球の独立運動はその質や量において激しさを増すであろう。琉球は「沖縄県」という単なる一自治体ではない。1879年まで独立国家であり、日本政府は軍隊を用いて強制的に琉球国を滅ぼしたのである。この日本政府による琉球併合は、ウィーン条約法条約の第51条(国の代表者への脅迫や強制行為の結果、結ばれた条約(合意)は無効、違反である)に反している。国連憲章や国際人権規約で明記された民族の自己決定権に基づいて琉球は日本から独立して、自らの国を作る権利を保持している。

日本政府の琉球に対する支配体制が強まるほど、琉球人は民族の自己決定権を行使して、国際法、国連に基づいて、世界からの支援を得ながら、平和的に日本から独立しようとするだろう

昨年5月に発足した琉球民族独立総合研究学会は、琉球独立のための研究や実践を行なう組織である。今年12月21日には、琉球独立の実現を目指してスコットランドの住民投票をどのように認識し、活用し、またスコットランドと連帯するのかを議論するシンポジウムを同学会が主催して開催する予定である。スコットランドでは、独立前に既に独自の紙幣、国旗国歌国花(アザミ)を定めている。スコッツ(スコットランド人)の言葉であるゲール語の教育やその公的場所での使用も活発化している。私も現地で、ゲール語で会話をするスコッツを何度も見た。つまりスコットランドは国になるための準備を着実に進めているのである。

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【撮影:初沢亜利】

翁長氏は那覇市長時代に琉球諸語の活性化策を実施した。知事になってからも、民族のアイデンティティの柱になる言語の教育や復興に重点を置く文化政策を推進していくだろう。

琉球人は、外的自己決定権(独立をする権利)や、内的自己決定権(内政的、経済的、文化的な決定権)の行使プロセスをスコットランドから学ぶことができよう。翁長氏を当選させた琉球人は、自己決定権の最初のステップを行使したと言える。これから予想される日本政府による強権的支配の暴力を跳ね返すために、琉球人は多面的に自己決定権の次の一手を臨機応変に打ち出していくだろう。

著者プロフィール

松島泰勝
まつしま・やすかつ

龍谷大学経済学部教授/琉球民族独立総合研究学会共同代表

1963年琉球・石垣島生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島那覇で育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。博士(経済学)。在ハガッニャ(グァム)日本国総領事館専門調査員、在パラオ日本国大使館専門調査員、東海大学海洋学部助教授を経て、現在、龍谷大学経済学部教授。2007年「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」の理事長、2013年「琉球民族独立総合研究学会」の共同代表に就任。単著として『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』『琉球の「自治」』(藤原書店)、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)、『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)、『琉球独立論―琉球民族のマニフェスト』(バジリコ)、『琉球独立―御真人の疑問にお答えします』(Ryukyu企画)。編著として『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(藤原書店)、『民際学の展開―方法論・人権・地域・環境からの視座』(晃洋書房)、『琉球列島の環境問題―「復帰」40年持続可能なシマ社会へ』(高文研)などがある。

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