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【沖縄県知事選】日本人よ、そろそろ、琉球に米軍基地を押し付けるのを止めようじゃないか

  • 松島泰勝 (龍谷大学経済学部教授/琉球民族独立総合研究学会共同代表)
  • 2014年11月15日

◆危うい日本の国防体制

日本人は、自国の安全保障を米軍基地なしには考えないという惰性の政治を続けている。米軍専用基地の74%を琉球に集中させ、琉球人が米軍基地に反対すると、日本の安全保障体制が揺らぐという、非常に危うい国防体制である。琉球に基地という犠牲を押し付けているのは日本政府だけではなく、日本人そのものである。日米安保体制による「抑止力」を主張している国会議員や知事を日本人の大多数が選んでいる。琉球に基地を押し付けることで、基地から発生する様々な問題から目をそらせ、「静かで安全な生活」を楽しむことができるからであろう。

今回の沖縄県知事選挙は、このような他人任せの、無責任で、脆弱な日本の国防体制を今後も続けるのかどうかを決める、非常に重要な選挙である。日本の安全保障の根幹にかかわる問題であり、本来ならば、日本全国民で住民投票を行ない、または米軍基地問題を争点とした衆参同時選挙を実施すべきであろう。しかし、不思議な国、日本においては、琉球人が日本の安全保障を左右する「決定権」までも押し付けられ、単なる知事選で日本の国防体制が決められようとしている。日本人は自国の「抑止力」のために米軍が必要だと口では言っても、本気で自らの問題として考えていないのだろう。

◆日本政府からのカネで琉球は経済自立するのか

今回の知事選挙の大きな争点は、辺野古に米軍新基地を認めるかどうかである。1998年に行なわれた、大田昌秀氏と稲嶺恵一氏との知事選挙でも米軍基地が争点となり、「県政不況」を訴えた稲嶺氏が当選した。「県政不況」とは、琉球側が辺野古新基地建設に反対すると日本政府からの補助金が減少して、琉球の経済が不況に陥るという意味の言葉である。実際、日本政府は基地建設に反対した大田県政に対して振興開発というカネがでる蛇口を閉める措置をとった

今も日本政府は、米軍基地を琉球人に容認させるためにカネをばらまく政策を行なっている。昨年末に仲井真弘多知事が辺野古容認に態度を変えたのも、振興開発資金がこれまでになく増えたことが大きな要因である。今回の知事選でも、同知事は、日本政府からの経済支援を受けることを前提とした沖縄島縦貫鉄道建設などを公約に掲げている。

しかし、日本政府から与えられたカネで琉球は本当に経済自立するのだろうか。このようなカネがなくなれば、たちまち琉球経済は破綻するのだろうか。1972年に琉球が日本の一部になって、約10兆円の振興開発事業費が提供され、日本政府主導の開発政策が実施されてきたが、いまだに県民所得全国最下位高い失業率などの構造的経済問題は解決されないままである。

金融特区、IT特区、特別自由貿易地域などの、これまでの主要な経済政策も失敗してきた。振興開発の大部分を占める公共事業の半分は日本企業が受注して、その利益は日本に還流している。琉球の主要産業となった観光業でも、日本企業による経済支配が強化され、琉球企業の倒産、日本企業による吸収合併が進み、琉球は日本の「経済植民地」と言われるようになった。

基地を認めて、日本政府からカネを引き出すことができたとしても、琉球が抱える構造的な経済問題は解決できないだろう。なぜなら、基地とリンクしたカネの増減、その使い方などは日本政府のさじ加減となり、琉球側が自由に使える代物ではないからである。また霞ヶ関の官僚は本気で琉球の経済発展を考えていないからである。日本政府にとって琉球の有効価値は、迷惑施設である米軍基地の琉球への強制が可能であることにある。日本政府にとって琉球が経済自立して、米軍基地の撤去を全面的に主張されては困るのである。よって、いい加減な対琉球の経済政策を過去42年も続けてきた。

◆「イデオロギーよりもアイデンティティ」

日本人にはあまり伝えられていない事実として、返還された米軍基地跡地の雇用効果、経済効果は基地経済の何十倍、何百倍にもなることである。また基地関係収入は県民総生産の5%程度でしかない。経済活動にとって不可欠な平地を占拠する基地の返還要求、辺野古や高江の新基地建設への反対運動に、市民団体だけでなく、琉球の有力な企業集団も主張するようになったのは、これまでにないことである。

翁長雄志候補を支援している、琉球の民族資本である、「金秀グループ」や「かりゆしグループ」がその代表である。その他、肉加工業者や、もずく業者が基地反対の新聞一面広告を打ったり、辺野古基地反対を行なう市民に差し入れをするなどの活動を展開している。これは、米軍基地に反対して政府からカネが与えられなくても、経済的に困らないと考え、自らに自信をもった琉球人が増えてきていることを示している。

翁長氏は「イデオロギーよりもアイデンティティ」と主張している。これは、保守や革新というイデオロギーを越えた、琉球人というアイデンティティが政治を突き動かしていることを意味している。翁長氏は那覇市長であったころ、市役所の受付での対応の際に、国連のユネスコが独自な言語として認めた琉球諸語を職員に使わせた。また職員の採用試験でも琉球諸語による面接が行なわれた。琉球各地でも、琉球諸語の教室が設立され、ラジオやテレビでも島の言葉を耳にする機会が多くなった。

日本人による琉球人差別がひどかった時代には、自らの言葉、島の唄、出自などは琉球人の劣等感を生み出すものであった。しかし今は、琉球人であることに誇りをもつ人が増え、基地の強制を「沖縄差別」として、一般の琉球人が日本人に主張するようになったのである。被差別の主体として琉球人が自らを位置付け、「嫌なモノは嫌だ」と言うようになったことを意味する。またこれは「琉球人と日本人は対等な人間であり、日本人も基地の負担をすべきである」という日本人に対するメッセージでもある。このメッセージが多くの日本人の心に届いていないところに、琉球独立運動が台頭してきた一因がある。

日本政府は、このような琉球人の変化に気付かす、相変わらず「カネで人の気持ちを変える」という、人として嫌らしく、人の誇りを著しく傷つけることを平気で行なっている。今年1月に行なわれた名護市長選の前に、石破茂自民党幹事長が500億円の振興基金構想を表明したにもかかわらず、辺野古新基地に強く反対する稲嶺進氏が再選した

カネは人が生活するうえで大変重要な手段であるが、基地とリンクした日本政府からのカネは、琉球人の顔を札束で叩いて「これが欲しいんだろう」と言われているように、琉球人からはイメージされるようになった。日本政府は、人間として下品な行為を琉球に対してこれまでやってきたし、これからも続けて行くという意思があることが、仲井真候補のこれまでの行動や公約をみれば分かる。

今回の知事選の結果がどうなろうと、日本人よ、そろそろ、琉球に基地を押し付けるのを止めて、自らの安全保障問題を自分自身で考え、決定しようじゃないか。戦後70年近く、日本全面積の0.6%の小さな島に基地コストを負担させて、自らは安全や「抑止力」を享受するという差別体制を止めようじゃないか琉球は日本の姿を移す鏡であるとよく言われる。今回の知事選挙でも、戦後日本が未解決のまま先送りにしてきた問題が問われている。またこの問題にやっと日本人が気付くか、他人任せではなく自らの問題として引き受けるのかどうかが問われている。

日本による琉球に対する植民地支配を止めないと、人間としての権利や尊厳に目覚めた琉球人は、日本とは別の道、つまり独立をこれまでになく求めるようになるだろう。4人の候補者は琉球独立を公約に掲げていないが、国際法に基づいた琉球の脱植民地化のための独立の主張や運動が水面下で大きなうねりで流れており、独立論者も知事選の行方を注意深く見守っている。

著者プロフィール

松島泰勝
まつしま・やすかつ

龍谷大学経済学部教授/琉球民族独立総合研究学会共同代表

1963年琉球・石垣島生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島那覇で育つ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。博士(経済学)。在ハガッニャ(グァム)日本国総領事館専門調査員、在パラオ日本国大使館専門調査員、東海大学海洋学部助教授を経て、現在、龍谷大学経済学部教授。2007年「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」の理事長、2013年「琉球民族独立総合研究学会」の共同代表に就任。単著として『沖縄島嶼経済史―12世紀から現在まで』『琉球の「自治」』(藤原書店)、『ミクロネシア―小さな島々の自立への挑戦』(早稲田大学出版部)、『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)、『琉球独立論―琉球民族のマニフェスト』(バジリコ)、『琉球独立―御真人の疑問にお答えします』(Ryukyu企画)。編著として『島嶼沖縄の内発的発展―経済・社会・文化』(藤原書店)、『民際学の展開―方法論・人権・地域・環境からの視座』(晃洋書房)、『琉球列島の環境問題―「復帰」40年持続可能なシマ社会へ』(高文研)などがある。

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