この原稿を書いているのは7月20日の夜です。
都知事選告示から1週間が経ちました。
この日、ボクは、CBCテレビ「ゴゴスマ」に生出演しました。地上波でも連日、都知事選特集が続いています。本番前の打ち合わせで、ボクはスタッフに訊きました。
「先日のニコニコ生放送、ご覧になりました?」
残念ながら出演者を含めてスタッフも誰も見ていませんでした。
「どういう内容だったんですか?」
「いや、深夜に放送していたんですが、元都知事の猪瀬直樹さんが放送中にほろ酔いで乱入して、東京都の闇について赤裸々に語ったんです」
「ああ、あの猪瀬さんがネットのインタビューで語ったやつですね」
そのことは流石にテレビのスタッフさんも皆さん知っています。
「自民党の都連の幹事長を名指しして『東京のガン』とまで言い切っています。元知事の証言だし、都の行政機能そのものの話でもあるので、今回の選挙の争点にもなるんじゃないですか? もともと、今回の騒動の発端は猪瀬さんが金銭問題で辞任したことから、次の舛添さんの金銭問題につながっていったわけですから、取り上げてもいいですか?」
「確かにそうなんですが、テレビ的にはもう告示後になるので、そこまでは踏み込めないですね……」
確かに午後の番組で、主婦目線で語るにはやや固すぎるのかもしれない――そう思ってテレビの生放送で話題にするのには諦めました。
ゴゴスマ本番、都知事選の争点として主に語られたのは、小池さんの鳥越さんに対する「病み上がり」発言でした。
がんサバイバーの鳥越さんが「差別と偏見」と激怒した、前日のフジテレビ「バイキング」の生放送の様子を、各局、さながらバイキング状態で食い尽くしています。
こんなものは政策論争でも何でもありません!
しかし、それはスタッフも出演者も重々わかった上で、生放送中は、この話に終始します。
共演者の政治評論家・有馬晴海さんに「結局、この話になるんですねー」と囁くと、「しょうがないですよ。こういうネタは一番視聴率をとりますから。でも、このレベルの方がお茶の間の主婦には食いつきやすいんですよ」と返ってきました。
元都知事が告発した「東京のガン」の話はできないが、「都知事候補者のがん」の話は延々と続くのでした。
地上波も、紙も、ネットも、村社会
今回の都知事選で、ボクが改めて感じたポイントは3つあります。
1つ目は、「メディア論」――。
ここで、ボクが先ほどから話題にあげている、先日の「ニコニコ生放送」が関わってきます。その番組の告知文はこうでした。
【都知事選2016】告示の瞬間まで言いたい事を言う生放送
【都知事選2016】《東浩紀×津田大介×夏野剛×茂木健一郎×ひろゆき》公式放送後も言いたい事を言う生放送!舛添前都知事の辞任から4週間、多様な候補者の出馬が予想される東京都知事選。公示日7月14日の0時から東浩紀、夏野剛、茂木健一郎、津田大介、ひろゆきの5人が都知事選の候補者・選挙の争点・東京のこれからを終了時間を決めずにあつく語る。
【出演者】
●東浩紀(作家・思想家・ゲンロン代表)
●夏野剛(慶應義塾大学政策・メディア研究科 特別招聘教授)
●茂木健一郎(脳科学者・作家・ブロードキャスター)
●津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)
●ひろゆき(2ちゃんねる創始者/ニコニコ動画の元取締役)
このネット論壇の錚々たる面子に加えて、生放送中に突如電話で呼び出された、猪瀬直樹さんが途中より参戦。ほろ酔い気分のまま「東京都の闇」について、問われるままに朗々と語っていました。実に実に興味深く、3時間釘付けになりました。
見終わった後、このようにTwitterに書きました↓
昨日のニコ生の討論がモロモロと面白すぎて何も仕事が出来なかった。しかし、好き嫌いは当然あるでしょうが全盛期の朝生くらい面白いです。ある意味、『いいとも』の最終回のような群雄割拠の探りあいの高揚感があります。
— 水道橋博士 (@s_hakase) 2016年7月14日
ボクと同じように追っかけて見てもらえたら、という意味をこめて、番組のアーカイブのURLを添付し、同じような内容のつぶやきを連投しました↓
昨日のニコ生。津田大介×東浩紀×ひろゆき×夏野剛×茂木健一郎+猪瀬直樹。好き嫌いは当然あるでしょうが全盛期の朝生くらい面白いです。ある意味『いいとも』の最終回のような群雄割拠、探りあいの高揚感。無料。 https://t.co/mATkYRvsUP …
— 水道橋博士 (@s_hakase) 2016年7月14日
しかし、その反響は(ボクのTwitterのフォロワーは50万人いるにもかかわらず)限りなくゼロでした。
少なくともボク宛てに「見ました」というメンションは皆無です。
しかし、ボクの「はしゃぎぶり」はネット内に伝わったのでしょう。
翌々日の東京新聞の連載「週刊ネットで何が…」で、中川淳一郎さんがこう書いていました。
都知事選は別の場所でも盛り上がりを見せた。7月13日にニコニコ生放送で中継された【都知事選2016】公示の瞬間まで言いたい事を言う生放送《東浩紀×津田大介×夏野剛×茂木健一郎×ひろゆき》には、猪瀬直樹元都知事も登場し、面白かったと大絶賛された。特にお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士さんは放送後に「全盛期の朝生くらい面白いです」と述べるなど、プロをもうならせた。他にも橋下徹元大阪市長が都知事選候補を「コメンテーター候補が多い」と実務能力に疑問を投げかけたり、猪瀬氏が2011年の都議の自殺に「都議会のドン」が影響していると発言するなどまさに議論白熱だ。
(ニュースサイト編集者・中川淳一郎)
ボクはね、不思議なんです。
・ネット論壇では、
・名だたる論客が一堂に会して、
・それぞれが自分のフォロワーを集め、
・地上波では言えないような本音を語れる場を作り、
・その様子を生放送で発信し、
・元都知事まで参加して、
・スクープ級の発言を連発して、
・ネット民から〝神回〟と弾幕が続く賞賛を浴びても、
――なお地上波、一般レベルには何も波及しないということがです。
きっとみなさんは、いつものことだとお思いでしょう。
この日、出演した方々も「そういうもんだよ」と冷笑するレベルのことなのだと思います。
でも、ボクはガッカリしているのです。
・都知事選の本質を突き、
・都議会の闇を暴き、
・どこよりも誰よりもタブーに切り込んでいるのに、
・難しい話でもなく、退屈もしない
――なぜ、それをもっと広めることができないのか?
なぜ、今や政権のコントロール下に入っていると多くの人が危惧し、「次に何が起きるかわからないワクワク感」を失ってしまった守りのテレビは、何でもぶっちゃけられるネット番組の自由度を取り入れられないのでしょうか?
「誰が見てもオモシロコンテンツ」があってもメディアを横断する広がりを見せない
地上波放送、紙媒体、メルマガ、Twitter、ニコ動、いずれもタコツボのように存在しており、せっかく「誰が見てもオモシロコンテンツ」があっても、メディアを横断する広がりを見せない。
この村社会性にため息が出ます。
それほどこの座談会は、地上波ではありえない見所が満載でした。これから要約する中身にこそ、2つ目のポイントがあります。
「人間・猪瀬直樹の面白さ」――。
地上波が伝えない猪瀬直樹
そもそもの発端は、このニコ生の配信当日に猪瀬直樹氏がNewsPicksに「東京のガン」と題したインタビュー記事を投下したことでした。
記事の過激さゆえに、これが座談会で最も盛り上がる話題になり、茂木健一郎さんが深夜25時にも関わらず猪瀬さんに電話すると、ご本人が急きょタクシーで座談会の場に駆けつけ、以下の問題について語り始めました。
・東京都行政の隠れた権力構造
・樺山都議の自殺の真相
・今回の都知事選の行方
・舛添知事公私混同問題
この日の出演者のほとんどは、猪瀬直樹さんと面識があります(唯一、ひろゆきさんだけは、猪瀬さんとちゃんと話したのが初めてだったように見えました)。
夏野剛さんは猪瀬さんの辞職直前、東京都の独自の就職支援策「TOKYO就活スタイル」を構築するため、人材サービス産業の業界団体やSNSの専門家等からなるプロジェクトチームで東京都参与の地位で働いていました(番組ではその話も具体的に出てきます)。
東浩紀さんは、2012年東京都知事選挙の街頭応援演説にも立ち、猪瀬辞任に至る流れでも最後まで擁護論を繰り広げたほどの猪瀬支持者です(それでも、東京五輪や大阪万博の有り様については大激論になります)。猪瀬さんが都知事を辞任したあとも二人の交流は続いており、東さんが運営するトークスペース「ゲンロンカフェ」に猪瀬さんが二度登壇して話した内容が『正義について考えよう』という新書になって発売されています。
茂木健一郎さんは、かねてより猪瀬さんと交流があり、茂木さんがMCを務める「TOKYO DESIGNERS WEEK.tv」という番組でも仲良く共演しています。
津田大介さんは、副都知事の時から始まったMXテレビ『東京からはじめよう』という猪瀬さんメインの対談番組に出演していますし、津田さんが編集長を務めるこの「ポリタス」でインタビューにも応じています。
つまりは、皆さん、いわば猪瀬シンパの集まりであったので、気の難しい(と思われている)猪瀬さんも、実にリラックスして参加していたのです。
人間・猪瀬直樹の素――。
強面(こわもて)の猪瀬センパイを迎えるのに、ここまで卑屈を装って、スクールカーストごっこをしなければならないのかーーボクは番組を見ながら、面白いと思うと同時に「権力者って面倒くさいなー」と思いました。
ボクだって、猪瀬さんとは作家の頃から番組共演はもちろん、副知事になられてからも意味不明に怒鳴られたことがあります。そういう人柄ですから、この生放送の話題にも出てきますが、猪瀬さんを生理的に嫌悪する人も多いのです。
例えば、映画評論家の町山智浩さんは、
猪瀬の本など一冊も読んだことないし、テレビで言ってる政治や経済のこともさっぱりわかりませんが、猪瀬が品性下劣な人間なことくらいはわかる。だって本当に偉い人は、絶対に猪瀬みたいに偉そうにしないですよ。
と2004年にブログで書いています。
ボクは人生観においてかなりの町山智浩信者です。
「博士はよく石原慎太郎や猪瀬直樹なんかとつきあえるね?」
いつだったか、そう町山さんに聞かれたとき、
「ボクは本人に出会う前に、猪瀬さんの一連の本を全集レベルで読んでしまっているから。作家としての評価はもちろんありますよ。でも、お笑いの仕事として“威張りんぼう”を内側からおちょくるのも仕事です」
と答えたことがあります。
猪瀬本に通底するのは文明論であり都市の歴史の検証
実際、例えば『道路の権力』は小泉政権下で「作家のテーマが政治を動かした」一例です。
そもそも、猪瀬本に通底するのは文明論であり都市の歴史の検証なのです。猪瀬さんの都市計画ビジョンは常に明快です。
猪瀬直樹は性格が悪く・政策が良い
猪瀬さんは徳洲会の事件が発覚しなければ、東京オリンピックを招聘した知事として、リーダーとして先頭に立って都を導いたはずです。
しかし、NewsPicksやニコ生で語られた東京五輪を巡る利権争い――東京都の「ガン」との権力闘争を経て辞任に至るわけです(本人曰く)。
振り返れば、都知事は、慎太郎以降、猪瀬、舛添と、威張りんぼうが続いていますから、むしろそれが結果として都民の好みなのかもしれません。
実際、猪瀬さんは、2012年の選挙で433万8936票を獲得し、日本の選挙史上、個人としては最多得票記録で当選したわけですから。
ある時までは、「性格が悪い」でも「政策が良い」のなら問題なしとされてきたのでしょう。
……余談ですが、今は都知事選コメンテーターナンバー1に輝く、東国原英夫さんを身内として30年来眺め続けていると、
・性格が良い(たけし軍団の一番弟子ながら弟弟子にマウンティングをとったことがない)、
・政策も良い(宮崎県知事としての行政経験、早稲田大学政治経済学部大学院での勉強の成果)
――しかし、ひたすら性欲においてダメなのです。もし石田純一さんが、あのまま立候補して当選していたら、今後、政治に性欲過多が問われなくなる前例だったのに……こればかりは非常に残念です。
猪瀬さんの「なかなか他人と会話するのも難しい」横柄な態度は、この番組の中でも随所に見られますが、先輩風を吹かす猪瀬直樹と、じゃれながら意見を交わす論客陣というシチュエーションの中では、「意見交換」が成立しているかのようです。
Photo by 初沢亜利
この座談会で、猪瀬さんは小池百合子候補への全面支持を表明していました。
そこで、ボクが注目した3つ目のポイント、最後のキーワードがあります。
「都知事選挙狂奔のアホらしさ」――。
そしてカーニバルの堂々巡りは続く
政治勘は抜群で、いつも大変勇ましい小池百合子候補(の都知事として人間性が相応しいのかどうかの論考はここでは言及しませんが)への全面支持を表明する猪瀬元都知事を見ていると、ある問いが頭をもたげます。それだけ都政を熟知し、五輪への道を整備してきたのならば、東浩紀さんの言うとおり「自分が続けていれば良かった」のでは?
あるいは、もう一度、自ら都知事選に出馬し民意に問うか?
しかし、ご存知のように徳洲会資金問題で罰金刑が確定し、5年間の公民権停止となったため、解除まで選挙には一切出馬できない境遇です。
さらに言えば、本来、この境遇は公職は憚れるべき立場です。
なのに、この座談会で語られているように、猪瀬さんは現在、大阪府・大阪市特別顧問の職にあり、副首都推進本部の会合にも参加しています(このポジションは大阪府と大阪市長が設ける諮問機関で報酬は税金で払われています)。
もう、既に政治にかかわっているじゃないか―—その点については疑問符が浮かびます。
猪瀬さんのビジョンは東京五輪後、2025年の大阪万博開催まで見据えています。
Photo by 初沢亜利
ビジョンの中でも「2025年の大阪万博 ロボット、医療で世界最先端の日本を取り戻したい」(猪瀬)に連なる一連の発言は全て具体案が盛り込まれていて、なかなか魅力的です。
番組の最後、「小池百合子に行政能力やアイデアがあるのか?」と聞かれた猪瀬さんは、こう言いました。
「いいんだよ。なったら俺がアドバイスするから!」
……ということは、もし小池百合子が当選したら、大阪と同じく、猪瀬直樹さんが都の参与や特別顧問職についても不思議じゃない!! ってことです。
それで、もし次の都知事が失脚した場合(確実にマスコミは仕掛けます)は再出馬を果たして、自分を攻撃した連中に鮮やかな復讐劇を遂げる―—そのように〝人生〟という作品を綴る、まさに作家のシナリオなのでしょうか?
これでは猪瀬さんが再び都政を元に戻すという話になります。じゃあ、この5年で4回も、毎回50億の金を支払う羽目になっている、都知事選っていったい何のためにやっているのでしょうか?
Photo by 中西求
都知事選というカーニバルの堂々巡りは続きます。
猪瀬さんに訊いてみたいです。
「政治って一度やると、そんなにやり続けたいものなんですか?」
ボクには、作家・猪瀬直樹の方がずっと魅力的に見えるけどな――。
さぁ、再びのカーニバルの始まりです
さて、誰に投票しましょうか。
よろしければ皆さんも、投票前にニコ生の座談会を見てください。
ボクは、今後も、有権者に対しての、このニコ生くらい「丸見えの底なし沼」が見えてくるコンテンツ作りを望みます。
カーニバルの裏側をさらけ出して、巨人や、魑魅魍魎が跋扈するところを見せてほしい。
そしてボクは、そうした狂乱の中、真面目に人に想いを託して、過度に熱狂するのは、バカバカしいと思っています。
いずれにしろ誰かがポストにおさまるのです。
静かに、期待せず、票を投じましょう。
カーニバルは終わらないのですから。
Photo by 中西求