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感性の価値 ―この国のために―

  • 石原慎太郎 (作家)
  • 2015年11月24日

イギリスの歴史学者のトインビーは『日本人が有色人種の中で唯一近代国家を作ったのは人類の歴史の中の奇蹟だ』と言ったのは正にその通りだと思います。しかしそれもまた白人のいささかの奢りだとも思う。人間の歴史を振り返ってみれば暗黒の中世の後の近世、近代、現代への歴史は白人による世界中の有色人種への植民地支配と収奪の歴史でした。それを終焉せしめたのは近代軍事国家として台頭してきた日本の存在でした。そして白人の列強はそれを許さずに日本を戦争に追い込み挫折させました。戦後の日本を支配したマッカーサー元帥が退任の後いみじくもアメリカの議会で証言したように日本が引き起こした太平洋戦争は「あくまでも自衛のための戦争」だった。

そしてそれが引き金となって白人が支配してきた植民地は独立を果し白人世界は衰退し、今ヨーロッパの混乱衰退が証すように世界の歴史は本質的に変わりつつあります。それがまぎれもない歴史の本質です。ドイツの哲学者のヘーゲルが言ったように歴史は他の何よりもまざまざとした現実です。その歴史を大掴みにし今を捉えないと日本の真の立ち位置は理解出来ません。人類の歴史の中での奇蹟とも言える日本の近代化の所以は、何よりも江戸時代における日本の文化の成熟にあります。例えばこの時代に日本の数学者の関孝和はライプニッツやニュートンにはるかに先んじて高等数学の微分積分を考えだした。またイギリス人が世界に先んじて始めたとされる抽象経済、相場とか先物買い、手形、デリバティブといった経済活動は彼等よりもはるかに早く大阪の堂島の商人たちが米の相場の中で考え出していました。

そうした日本人独特の知性、というよりもそれを導き出した日本人の感性の鋭さは私たちの血の中にも今でも生きている。その証しに21世紀に入って日本人がノーベル賞の中で最も信憑性の高い科学部門で獲得した賞の数はヨーロッパ全体のそれを上回っています。こうした高度の開発能力と管理能力を備えている民族は他に滅多にありはしません。

だから我々はこの混乱の時代にこそ自らを信じて進むべきなのです。私が最近最も危惧するのは若い世代の個々人の画一化です。それを避けるには氾濫する他与的な情報に頼らず溺れずに自分の感性を大切にし研ぎすますことです。人間の価値は自分は他人とは違うということです。個性の違いとはすなわち感性の違いということ。その感性を発露させてこそ他人を凌いでの人生の成功が有り得る。他の大方の人間と同じ人生を送っても折角生まれてきた意味がある訳がない。俺は俺だ、私は私だという生き方をしてこそ人間としての意味がある。そのためには強い感性を培うことです。そのために何が一番効果があるかといえば、端的に趣味を持つこと。何でもいい、自分にとって興味の持てることに熱中すること。スポーツでも芸事でも何でもいい、自分にとって面白い事を見つけて熱中しもう少し旨くなろう、もう少し上達しようと試みることで必ず感性が刺激され発露してくるのです。

天才的な数学者だった岡潔さんが世界の誰も解けなかった難問に挑んでわずか半年でこれを解いてしまった秘訣は、自分の好きな芭蕉の俳句の跡をたどって「奥の細道」を旅して芭蕉が名句を作ったおなじ場所に座ってその俳句をしみじみ鑑賞したせいだそうな。

人間の感性はそれぞれが授かった人生における宝です。その宝をそれぞれが磨いて発露することでこそこの国の将来は必ず開けてきます。

著者プロフィール

石原慎太郎
いしはら・しんたろう

作家

1932年兵庫県神戸市生まれ。52年、一橋大学入学。在学中に『太陽の季節』で芥川賞を受賞。68年、参議院全国区に出馬し史上初の300万票を得てトップ当選。72年、参議院議員を辞職。衆議院選挙に旧東京2区から無所属で出馬し、当選。76年、環境庁長官に就任。87年、竹下内閣で運輸大臣に就任。95年、議員勤続25年の表彰を受けたその日に辞職を表明。同年、芥川賞選考委員になる。99年、東京都知事選挙に出馬し初当選を果たす。2003年、得票率で史上最高の70.21%を獲得し、都知事再選。07年、281万票を獲得し、都知事選三選目を果たす。11年、都知事4選目を果たす。12年、都知事を辞職。12年、日本維新の会代表に就任し、衆議院議員とし17年ぶりに国政に復帰。14年、次世代の党最高顧問に就任。政治家を引退。

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