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死して首相は愚痴を残す

  • 谷川俊太郎 (詩人)
  • 2015年8月12日

昨日まで私は日本国の首相でしたが、今日はもう首相ではありません。と言っても辞任したわけではなくて、暗殺されたんです。で、今日は首相ではなく死人として、もとい詩人として、じゃなかった私人として一言申し上げます。

日清、日露、日支のあと、真珠湾奇襲で始まった戦争に負けてから70年ですか、生きてたら私はこの世に生まれて83年、戦後70年と生後83年、どっちの年月が大事かと言えば、これはもう言うまでもなく自分の生後83年のほうが大事。

で、83年生きた経験で言えば、いくら反対しても戦争はなくせない。首相在任中は私もいろいろきわどい手をうちましたが、あれは戦争したいがための手ではないつもり。新聞テレビや人には言えない内緒事がいっぱいあるんですよ、複雑な意見、いや利害の網の目に捕らえられて四苦八苦。

とは言え首相なんてやってると、つきあう相手がほとんどハイソの人たちです。どうしてもそっちに引っ張られるのは、国の力を作ってるのはやっぱり金の力だから。国に力がないと金のない人を助けることもできませんから。

金だけじゃなく言葉の力ってのもあるはずなんですが、これが私は不得意、ほとんどの日本人も不得意。なくせないならせめて戦争をコントロールするしかないんですが、これには嘘でもレトリックを駆使した外交が大切、もちろん駆使するご当人の人としての器量の裏付けが要るんですが。

これからの日本、断捨離で行くのもいいんじゃないかと私、内心で思ってます。ほんとは国ごと出家できると一番いいんですがねえ。いや、これはもう責任とらなくていい死人の妄想です、すみません。

この世にいないんだから、国民の皆さんに何か言う資格もないんですが、首相の後任をどうするかで、党内外がすったもんだで決着がつきそうもないので、あの世から場繋ぎで一言ご挨拶させていただきました、悪しからず。

著者プロフィール

谷川俊太郎
たにかわ・しゅんたろう

詩人

1931年東京生まれ。1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表し、近年では詩を釣るiPhoneアプリ「谷川」やメールマガジン(2014年12月末で終了予定)、郵便で詩を送る『ポエメール』など、詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。新作に、〈タマシヒ〉についての書下ろし詩27篇が収録された写真家・川島小鳥との共著『おやすみ神たち』(ナナロク社)がある。【photo:深堀瑞穂】

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