第二次世界大戦後、占領下に置かれた日本はサンフランシスコ講和条約で独立を取り戻した。昭和26年(1951)年9月8日、同条約が調印された日、当時の吉田茂首相は、もう一つの重要文書に署名した。「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧日米安保条約)」である。この条約は昭和35(1960)年に締結された「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新安保条約)」の発効に伴って失効したが、旧条約には、新条約にない興味深い規定があった。旧条約第二条には以下のように書かれている。
……日本国は、アメリカ合衆国の事前の同意なくして、基地、基地における若しくは基地に関する権利、権力若しくは権能、駐兵若しくは演習の権利又は陸軍、空軍若しくは海軍の通過の権利を第三国に許与しない。
つまり、旧条約では、日本政府は米国の許可なくして、他の国の軍隊による日本国内の基地使用や、日本通過を許可しないと、わざわざ明記していたのである。日本の同盟国、すなわち軍隊を置けるのは米国だけと言わんばかりの記述である。
そして、昭和35(1960)年の署名・発効から55年を経た現行の日米安保条約には、このような規定はない。実は、昭和25(1950)年に勃発した朝鮮戦争が日本と米国以外の国の軍隊との関係を変えた。朝鮮戦争休戦後の昭和29(1954)年、米・英・豪・カナダ・トルコなど、9カ国と日本は「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定(国連軍地位協定)」を結び、在日米軍基地のうち、嘉手納、横田、横須賀、佐世保などの日本国内の基地使用を許した。同協定の署名国は現在、日本含め12カ国にのぼる。つまり、米国以外の豪、英、カナダ、仏、ニュージーランド、フィリピンの軍隊が日本国内の基地を使用し、補給を受けられるのである。
前述のとおり、日本の唯一の同盟国は米国だ。現行の日米安保条約は、第六条で
アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
と規定している。言うまでもないかもしれないが、自衛隊への入隊は「日本国籍」を有することが要件で、つまりは日本人だけの組織である。
米軍はどうだろうか。
米軍が世界各地に展開する9つの統合軍のうち、日本の防衛に関わるのは米太平洋軍だ。その傘下には、米太平洋陸軍、米太平洋艦隊、米太平洋空軍等がある(拙著、PHP新書『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』参照)。
たとえば米太平洋陸軍では、司令官の下に2人の副司令官がいる。そのうちの1人、作戦担当副司令官は、平成27(2015)年11月現在、現役の豪陸軍ビルトン少将だ。つまり、米軍司令部の指揮官の1人が、れっきとした豪軍将軍なのだ。
それ以前にも、平成24(2012)年12月に仙台駐屯地を中心に実施された日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ‐63)には、当時の米太平洋陸軍作戦担当副司令官であった豪陸軍バー少将が参加していた。
また、平成25(2013)年に豪海軍フリゲート「シドニー(FFG-03)」が横須賀、佐世保に寄港したが、その際の艦長の会見によれば、シドニーは、米太平洋艦隊傘下の第7艦隊に組み込まれているということだった。同艦は、第7艦隊に組み込まれている期間中に、米海軍イージス艦と水上艦部隊(SAG)を構成し、艦長は訓練で同部隊の指揮を執った。
さらに興味深いことに、シドニーの対潜戦担当士官は、現役の英海軍少佐だった(米第7艦隊発表。2013年7月2日付)。その第7艦隊司令部には、平成27(2015)年2月現在、現役の英海軍中佐が同司令部要員として勤務していた。また、平成27(2015)年5月2日、恒例の厚木基地一般公開では、三沢基地に展開していた米海軍のEA-18G グラウラー電子戦機の部隊がブースを開いていたが、その部隊が豪空軍の現役パイロットを隊員としていた。このような例は挙げるとキリがない。
米軍の中に組み込まれている豪軍部隊や将兵。さらに、その中に組み込まれた英軍士官。シドニーとその乗員は「米陸海空軍」に当てはまるから、横須賀、佐世保に入港したのだろう。では、米軍に編入された米国籍以外の軍人や部隊が、日米安保条約上の米軍として、日本にいるということならば、彼らは米国籍の軍人や米軍部隊同様、安保条約第五条の日本防衛義務を負っているのだろうか。
日米安保条約における米軍とは何か。戦後70年目にあらためて、気に掛かることではある。
Photo by Chairman of the Joint Chiefs of Staff (CC BY 2.0)