こういうと驚かれるだろうか。私は、数十年にもおよぶ痛みの記憶を、言葉によって連帯することは不可能だと思っている。
たしかに個人的な記憶や体験を言葉にすることで、聞き手を惹きつけ、共感をもたらすことはある。しかし、私のことを嫌いな相手には、そもそも聞く耳を持ってもらえない。
しかし、みんなに理解してもらえるように耳馴染みのいい言葉ばかりを並べれば、どうしたって「ふつう」の話になってしまう。そうやって多くの人に語りかけ、大きなことを成さんとする「政治」に、私はかかわりたくない。
私が成すべきことは、私のことが大嫌いだという地元のお爺ちゃんと共に作業をするなかでいかに信用し認めてもらうかということで、それは「まろやかな言葉」を使って、自分とは違うものを、さも同じようなもののように勘違いさせることではない。「ありのまま」で同じ土俵に立つのなら、前提やプロセスをすっ飛ばして、結果で判断してもらうしかないというのが持論である(前提やプロセス、そこに至る思想形成を明かすことは立派な仕事だが、私はまったくやりたくないので、できるだけ「自分とは違う」言葉による連帯を厭わない人と一緒に仕事をすることにしている――それが今回の寄稿の経緯でもある)。
小学1年生だった1952年の5月1日、学校のグラウンドでメーデーの集会をやっていたが、先生に「ああいうのを見てはいけない」と叱られた。その時壇上にいたのは、父親だった。また、今思えば、国外にルーツをもつ在日の人や被差別部落の人たちと遊んでいると、周りの親たちの考えが子供たちを通して伝わってくることがあった。母親の口吻にもそれらが感じられた。大切にされるのはよいところの子供、成績のよい子供だった。エコヒイキに違和感を持ち続けて、今の仕事がある。
政治のなかで、宗教的に、文化的に、中央から離れざるを得なかった人たちを受け入れて、創意工夫、刻苦の末に比類のない米どころとなった有数の豪雪地——新潟県の越後妻有に今、私は居る。ここでは3年に一度、「大地の芸術祭」が行われている。世界から有数のアーチストが地域の自然、地形、生活上の特徴をあらわにする作品をつくり、それが他所の人たちの関心をそそり、さらには地元の人たちの誇りとなっている芸術祭だ。
この芸術祭は地球環境時代のアートのあり方として注目を浴びだした。同時に美術がもつ赤ちゃんのような、非生産性、やっかいさ、手間のかかりかたゆえに、多くの海外、都市からのサポーターが参加するという特色がある。開会式前々日の夜、海外からの学生たちに呼ばれて説明会を行ったが、200人近い人たちが手伝いに来ているとのことだった。
ここには、個々の土地に根ざした固有の生活、文化に関心をもつ、多様・多層な人たちが集まる。彼らは出身、地域、世代、ジャンルを超えて同じ釜の飯を食べ、共通の祭のために苦労をともにしている。それは子供のような好奇心と素直さと勇気に満ちている。彼らはいたるところでまた会い、そのつながりを拡げていくだろう。均質化と効率化とで進んでいるグローバリゼーションのなかで、それは具体的な一人ひとりの違いを認め合う直接性で成立している。
美術は人と異なったことをして褒められることはあっても、叱られることはない。それは、美術は一人ひとりが異なった人間の、異なった表現だと考えられているからだ。それぞれ違う一人ひとりがともに生きていくことは大変に手間のかかることだが、だからこそ尊い。
その点では、今の社会の価値観とは正反対だと思われる。あらゆるものを平均化して、効率よく同じような人間を育てようとした結果やってくるのは全体主義で、やがて訪れるのは恐竜の末路だろう。
これまでに地球に生まれたホモサピエンスが600億人ほどいたとして、その一人ひとりはみな異なった思いを持ち、それぞれに喜怒哀楽があり、各々の生理で動いてきたはずだ。そうした意味では人間もまた自然である。いったい四季の移ろいや、森の百相を平均化・効率化しようなどということがあり得ようか。人間も然りである。
だから私は、これを「美術」という特異なジャンルからの発信だと思ってもらいたくはない。
地域は明らかに元気になっている。が、地域の現実はまだ閉鎖的である。しかし、「この保守性こそが地域を守ってきたものでもあった」のだとしたらそれぞれの地域を移動する人たちがどのように共通の舞台にたち、協働することができるか?
我々のコミュニケーションに一般解はない。理屈や合理性では説明できないことがある。
越後妻有の人々は、自分たちとは異なる存在であるアーチストや、そのサポーターをなぜ受け入れたのか――大自然のなかに作品をつくるというのは、並大抵のことではできない。地域に入り、膨大な時間をかけ、大変な労働量をもって作品をつくる彼らのそこでの働きが、農民であるこの地の人たちのリズムと合い、心を打ったのだと思う。
私はここに、期待と希望をもっている。