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次の70年、僕たち日本人は「希望」を世界の果てまで届けよう

  • 税所篤快 (NGO e-Education 共同代表)
  • 2015年8月17日

僕はミサイルで破壊された学校の前に立っていた。

数日前にここは戦場だった。


Photo by iZ designer PhotoCC BY 2.0

2012年11月中東パレスチナの封鎖都市ガザでは和平協定で市民たちは束の間の休息を得ていた。街は静かに戦争で亡くなった人への追悼の想いで満ちていた。

震災、津波で被災した女川の大川小学校の跡を見たことがある。大自然の猛威が通ったあと、人間の作ったものをすべて捻じ曲げ、持って行ってしまったあとが生々しく残っていた。


Photo by iwaryoCC BY 2.0

一方このガザの爆撃の後の瓦礫はどうだろう。ミサイルによるピンポイントの破壊がもたらしたこの空間は人間が明確な意図と目的をもって、他者を攻撃しようという悪意に満ちていた。

僕の名前は税所篤快。

ユヌス博士や駒崎弘樹――僕にとって「ヒーロー」である社会起業家たちにあこがれて早稲田大学を飛び出したじゃじゃ馬だ。

バングラデシュを中心に教育革命をうたい、日本の勇敢な若者たちと一緒に世界各地で教育普及のためのゲリラ活動のリーダーをしている。

NPO e-Education。これが僕たちのチームの名前だ。DVD授業を活用し、世界の貧困地域の子どもたちに教育の機会を届け続けている。

2012年に僕はネパールで『パレスチナ』に出会った。

バックパッカー通りの古書店で、昔の日本人の旅人が置いていった『パレスチナ』という本を僕は何気なく手に取って以来、取りつかれるようにその本を読み漁った。


Photo by 税所篤快

それから半年後、僕はぐるりと高い封鎖壁に囲まれたガザの中にいた。縦40km、横10kmの長方形の面積の中に180万人のパレスチナの人々が住んでいる。80万人以上が国連の食糧支援で飢えをしのいでいる状態だ。

イスラエルとの戦争は定期的に勃発し、ガザの子どもたちは平均で3回以上の戦争を経験しているという。この地で僕は、国連で唯一の日本人が奮闘しているという話を聞いた。

大澤小枝さん。

僕は彼女にどうしても会いたくなって、多忙な業務の間を縫ってガザの壁の外へ出てもらい、エルサレムで30分だけ時間をもらった。

大澤さんは当時、パレスチナ難民専門の国連機関UNRWAに所属し保健分野を担当しガザの人々、特に子どもたちの健康を守っていた。

彼女に僕のアイデアは一蹴された。

「DVD授業ですか? ガザではきちんと国連が雇った教師たちが学校現場で頑張っています」

それでも僕は話しているうちに大澤さんのファンになっていた。

世界で一番タフなガザの人たちにひたむきに尽くす彼女と一緒に働きたい。少しでもお手伝いできればと思い、「ほかに、なにかお手伝いできることはないですか? 何にガザの人たちは困っていますか?」と尋ねた。

「そうですねえ。私が担当している子どもたちの学習障害の対応の分野ですが、ガザの中に専門家がいなく、呼んでも誰も来てくれなくて困っています」

それだ! そこなら僕たちにも手伝える! そう直感した僕は、すぐさまこう叫んだ。

「連れてきます! ガザに学習障害の専門家を! 遠隔ですけど!」


Photo by 税所篤快

こうして僕たちは生まれて初めて国連との共同プロジェクトを発足させ、それから3カ月にわたってヨルダン大学で学習障害について教える専門家の研修をDVDでガザの壁の中に送り続けた。

何度も爆撃でプロジェクトは途絶えたが、続けることを諦めなかった。一度爆撃でガザの国連の先生が亡くなった。

同僚の喪失に悲しむ大澤さんの後ろ姿を見て、僕はこのガザの地で現地の人々に寄り添って活動を続ける大澤さんに深く感銘を受けた。同時に、このような日本人が世界の果てで「日本への尊敬」を勝ち得ていることに感動した。われわれ日本が持っている本当の強みは、「人」なのだ。


Photo by uniquedesign52

日本は今年、戦後70年を迎えた。

70年が経ち、日本は焦土から世界のだれもが驚く復興を遂げ、世界を引っ張っていける力を持つ国に成長した。

焦土を立て直し、見事な国家をつくりあげてきた経験を持つ日本人がいままさにやるべきなのは、ガザのような、いま焦土にあり、人間にとって最も重要な「希望」を持てない若者たちであふれている地域に行って「それでも未来に向かって歩いて行こう」と励まし、持ちうる資源、経験、テクノロジーを分け与えることではないだろうか。

ガザの若者に希望を届けよう――。

そんな想いを胸に僕と師匠の一橋大学教授・米倉誠一郎は来年2016年の2月、ガザに行く。


Photo by 税所篤快

「中途半端な希望ならくれてやるな」

そんなことを言う人もいる。もちろん批判は承知のうえだ。だが、どんなに批判を受けたとしても、現地に飛び込むのが僕のスタイルだ。僕にはこれしかできない。

僕たち日本人の役割はこの70年の平和と繁栄の享受の間に蓄えた、知恵と経験、テクノロジーなどを勇気をもって世界の果てまで届けることだと思う。

勇敢な行動力こそが、暗く混乱した今の世界の一隅を照らす――そう自分に信じさせてくれるようになった場所は、ほかでもないガザなのだ。


Photo by 税所篤快

著者プロフィール

税所篤快
さいしょ・あつよし

NGO e-Education 共同代表

1989年生まれ。東京都足立区出身。19歳でバングラデシュに渡り、グラミン銀行の研究ラボ「GCC」で初の日本人コーディネーターになる。20歳で独立し、バングラデシュ初の映像授業を実施する「e-Educationプロジェクト」をスタート。現地の大学生パートナーと協力して貧困地域の高校生を国内最高峰ダッカ大学に入学させる。現在は仲間と共に、世界各地でこの方式を広めようと奮闘中。2012年にはヨルダン、ルワンダ、パレスチナ、フィリピンでの活動を開始。近著に『最高の教室を世界の果てまで届けよう』(飛鳥新社)【photo:hikita chisato】

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