衆議院解散の知らせに「ずいぶん急だな」と思ったのがつい先日のことのようだ。希望の党へ民進党が合流するかと思いきや小池代表の「排除の論理」に反発した議員らが立憲民主党を設立、内閣支持率が低空飛行なのに自民勝利が予想されるなど話題に事欠かない選挙戦もとうとう終盤である。政局の分析や国際問題などは他に譲るとして、今回の衆議院選における中心的なトピックの一つであるはずの少子高齢化とその対策について少し考えてみた。
「すべての女性が輝く社会」は何だったのか
安倍総理によると今回の解散は「国難突破解散」であり、その「国難」とは北朝鮮の脅威と少子高齢化の2点を指すらしい。少子化の進行をはかる指標の一つに1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数である合計特殊出生率があるが、この20年間1.2から1.5の間を推移していて、人口置換水準である2.07に遠く及ばないのは周知の通りだ。1990年の「1.57ショック」を契機として「子どもを生み育てやすい」環境づくりについて検討した「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)が1994年の策定であったことを考えれば、ずいぶん長い「国難」もあったものだと嫌味の一つも言いたくなる。
エンゼルプランが1994年の策定であったことを考えれば、ずいぶん長い「国難」もあったものだと嫌味の一つも言いたくなる
「すべての女性が輝く社会」など女性の社会進出に積極的な姿勢を見せてきた安倍政権だが、民主党から政権を奪取したあとの5年間だけ見たとしても、少子高齢化について目覚ましい成果を残したとは言えないだろう。自民党が言うように少子高齢化が切迫した真の「国難」なのだとしたら、緊急かつ手強い困難であることを示すためにも、自らの政権における少子化対策も含めた従来の問題点を提示する必要がある。
Photo by 岩本室佳
しかし、今回のマニフェストで打ち出されたのは「幼児教育無償化」であった。過去の政策を精査した形跡が特に見当たらないのは目をつぶろう。自民党の他にも、公明党、希望の党、日本維新の会、共産党が今回のマニフェストに「幼児教育無償化」を盛り込んでいる。
果たして、これは少子高齢化という「国難」に対処するべく見つけられた光明なのだろうか。
実態が見えない「国難」としての少子高齢化
国内における合計特出生率の回復についてはこれまで多くの議論がなされており、論点はほぼ出尽くしている状態だ。例えば、先進28カ国を対象に「財政が健全化した国は何をしたのか」を分析した柴田悠は、「子育て支援」は労働生産性を高めるために国家財政の健全化や経済成長を促し、そこから出生率の上昇や自殺率の抑制といった波及効果が期待できることを指摘している。
ここで言う「子育て支援」とは、保育サービスの充実、労働時間の短縮、産休育休、公教育の充実、児童手当、ワークシェアなどであり、その目的は待機児童の完全解消だ。こうした施策は特に目新しさもなく、今回掲げられている「幼児教育無償化」に比べれば選挙戦を戦う上でのアピールには欠けるかもしれない。
Photo by Tatsuo Yamashita (CC BY 2.0)
柴田自身も論じているが、政治が協調して優先順位を検討した上で、目新しくもない施策を順番に実現していくより他に道はないのである。実態が見えない「国難」を広言するまでもなく、やるべきことはもう見えているのだ。しかし、1兆円とも言われる資金を投入して優先的に対応するべき政策が「幼児教育無償化」であるとして各党足並みを揃える根拠は、数字の上では不明確なままだ。
「幼児教育無償化」への不安を語る人々
筆者は地方国立大の教育学部に勤務しているため、幼稚園教諭や保育士、施設を利用する保護者などと話をする機会が多い。もしかすると数字では拾えない実態があるのかと話を聞いたところ、「幼児教育無償化」についての評判がすこぶる悪くてこちらが驚くほどであった。
利用者側が「幼児教育無償化」を支持しない主な理由は、経済的メリットが少ないという点である。「負担減は確かに嬉しいが、月2万円程度の節約と引き換えに消費税が上がるのは困る」と保護者たちは言う。厚生労働省の地域児童福祉事業等調査の概況によれば、世帯の児童1人あたり月額保育料は「2万円以上3万円未満」が 31.9%と最も多く、ついで「1万円以上2万円未満」が 23.6%となっている。所得に合わせた負担配分や第二子以降の減額などがすでに行われている現在、利用年数が限られている「幼児教育」の無償化よりも、それを理由とした消費税増税の方が家計に負担がかかるというわけだ。
利用年数が限られている「幼児教育」の無償化よりも、それを理由とした消費税増税の方が家計に負担がかかるというわけだ
幼稚園教諭や保育士が「幼児教育無償化」を警戒する1番の理由は「無償化によって入園希望者の増加が見込まれるが、現在の設備や人員では到底対応できない」というものだった。また、幼稚園、保育園、認定こども園、といった目的の異なる施設を一律「無償化」することを懸念する声も複数聞かれた。「無償化」によって行政からの管理が徹底されると、地域の子どもをただ預かるだけの施設になってしまうのではないか」「いろいろな事情を抱えた保護者がいる。個別の人間関係をつくりながら信頼を積み上げてきたが、それが実質的に制限されてしまうかもしれない」との意見からは、子どもを預けて働く保護者に寄り添おうとする保育者としての矜持が感じられる。
Photo by Tatsuo Yamashita (CC BY 2.0)
課題は「これからの家族」の構想にある
「幼児教育無償化」をめぐる一連の政策提案からは、過去20年間維持され続けている合計特殊出生率の低迷の原因を各党がどのように評価しているのか、「幼児教育」をどのように位置付けているのか、なぜそれが最優先されるのかが見えづらい。このことはつまり、これからの教育や人々の生き方、そして「家族」をどのように構想しているのかが不明確であることを示しているように思われる。保育士たちが口々に語る不安感からは、一律の「幼児教育無償化」によって多様であるはずの「家族」のあり方が奪われるのではないかとの直感が反映されているようにも感じられる。
保育士たちが口々に語る不安感からは、一律の「幼児教育無償化」によって多様であるはずの「家族」のあり方が奪われるのではないかとの直感が反映されているようにも感じられる
「これからの家族」の構想を示唆する政策のヒントを探して各党のマニフェストを見比べたが、ぜひ触れておきたいのが家庭教育基本法だ。様々な問題点が指摘されている本法案だが、これを正面から検討する時に、これからの教育や人々の生き方、「家族」がどのように構想されているのかが明らかになるのであろう。投票日には台風も来るとの予報があり、最後の最後まで選挙戦はゴタゴタしそうな展開だ。しかし本番はむしろ、選挙後なのである。
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