ポリタス

  • 視点
  • Photo by Nori Norisa (CC BY 2.0)

「嘘は呪われた不徳」

  • 江上剛 (作家)
  • 2017年10月18日

衆議院が突然解散になり、10月10日公示、22日投開票ということになった。

首相の解散と公定歩合は嘘をついても良いと言われる。

しかし、私たちは基本的な道徳として嘘をつくな、嘘つきは泥棒の始まりと教えられてきた。

だから庶民は、正直第一、子供は嘘をついたら親や先生から、拳骨一発なのである。

ところが政治家だけは、たとえ解散と公定歩合だけの二つだが、嘘をつくことが認められている。

これだけでも不公平なのに最近は政治家は何から何まで嘘をついてもいいことになったようだ。

まず安倍首相は、内閣を改造し、仕事人内閣と命名し、一生懸命に働くと言っていた。

ところが国会の所信表明もしない(ということは仕事人内閣の仕事の方向性さえ示さないということ)ままで解散してしまった。


Photo by Chairman of the Joint Chiefs of Staff (CC BY 2.0)

せっかく働こうとしていた大臣たちは、誰一人、怒ることもなく粛々と解散になった。

仕事人内閣なんて嘘をつくな。これが第一の嘘。

消費税に関しては、嘘ばっかりだ。上げる、上げると言っておきながら、前回の選挙では上げないことの信を問うと言った。

今回は2019年に消費税を上げたら、その使い道を変更すると言った。

5兆円の税収の内、4兆円を国の借金返済に回すと言っていたのにそうしないで教育費の無償化などに回すという。

消費税を上げられるかどうかも分からないのに(これを獲らぬ狸の皮算用という)使い道の変更と言われても、国民は判断しようがない。上げてから言えと言いたくなる。

森友や加計問題に丁寧に説明すると言っていたのに、自らその説明機会を捨ててしまった。これは大嘘になるだろう。


Photo by APEC 2013 (CC BY 2.0)

希望の党を立ち上げた小池都知事も安倍首相と似たり寄ったり。

都政大改革と言いながら、今もって築地移転も実現していない。オリンピックだってまだ実現していない。

そう、何も実現していない。

情報公開と言っても一般の人にとっては何が公開されたのかも分からない。

290万票も獲得して、都知事に就任したのだから、約束通り都政に専心して欲しいと都民は思っているのに、突然、国政政党を立ち上げた。

新派の国会議員が新党の準備をしていたら、私がやりますとばかりにリセットしてしまった。

本人は、総選挙に出ないと言っているが、大方の人は、それは嘘だと思っている

タイミングを見て、都政を放り投げて、国政に打って出るのだと思われている。

その時にはきっと「後任に推薦する○○氏は素晴らしい人です。私以上に」などと言うのだろう。

国政には「出ない」と言っているのにタイミング次第で「出る」ことになったら、これは大嘘だ。それでも都民は、小池知事を「素晴らしい判断だ」と称賛するのだろうか、それとも「都政を踏み台にするな」と怒るのだろうか。

などと思っていたら、結局、出馬しなかった。トップが背水の陣で旗を振らないとなると、これじゃあ安倍政権を倒すという威勢の良いアピールも嘘だったのかということになる。

嘘をついた罰は受けないといけないのではないかと私は思う。選挙に勝つためには嘘をついてもいいとは誰も言っていない。

都知事と国政政党の党首の二役なんて本当にできるものなのだろうか。

「都民ファースト」と言いながら実質的には「都民セカンド」という態度になっている。この嘘は罰せられないといけないだろう。

民進党党首の前原氏。希望の党に合流というか実質的には解党という方策には、正直に驚いた。

名を捨て実を取ると壮語したが、民進党という名を捨てたことはわかるが、どんな実をとるつもりなのだろうか。

民進党では勝てないので、小池人気に丸ごと乗っかれとばかりの態度が実なのだろう。

選挙に勝てれば、それでいい。そして解党をしないのは、100億円とも150億円とも言われる政党助成金のプールを返したくないからだと聞くと、そのセコさに呆れかえる。

100億円や150億円もあれば、どれだけの困っている人を援けられると思っているんだ。

それを政党として役に立たなくなった政党に使わせるなんて、あるいは希望の党に持参金として持って行くなんて、本当だとしたら許せないんじゃないか。

民進党は、この間、党首選をしたところだ。そこで何が議論されたか十分に知らないが、いずれにしても党の存続、発展を支持者に訴えたのだろう。それが舌の根も乾かぬうちに合流や解党では、嘘つきと言われてもしかたがないだろう。


Photo by muo1417 (CC BY 2.0)

それなのに前原氏は、まるでしてやったりのドヤ顔で連日、マスコミの主役を張っている。

これでは先に離党して希望の党にはせ参じた人が浮かばれないに違いない。きっと喧嘩になるだろう。

民進党の議員が、希望の党の公認を得るには、小池氏の掲げる憲法改正(どのように改正するかは定かでない)と安保法制を丸のみしなくてはいけないらしい。

前原氏たち民進党議員は、その両方に大反対していたのではないか。選挙に勝つためにあっさりと自分の信念を捨て去るような嘘つき政治家を国民は信用できるだろうか。

今、北朝鮮情勢が非常にきわどい。勿論、これは核開発などしていないと大嘘をつき続けていた北朝鮮が第一に悪いのだが、アメリカのトランプ大統領と、彼と一緒になって「圧力しかない」と言い続ける安倍首相にも責任がある。


Photo by Hudson Institute (CC BY 2.0)

政治とは外交ではなかったのか。「圧力しかない」で対話を拒否したら、これは果たして外交なのだろうか。政治的、経済的圧力方針が上手くいかなくなったら、残っているのは「軍事的圧力」しかない。

戦争だ。戦争には大義もなにもない。正義の戦争なんてない。

井伏鱒二氏は、著作『黒い雨』の中で主人公に「正義の戦争より不正義の平和の方が良い」と言わせている。

これが庶民の本音だ。戦争とは人が大勢死ぬことでしかない。死んで、死んで、死ぬ人がいなくなるまで続くのが戦争だ。

だから人間は、外交を生み出して、言葉と知恵で戦争を回避しようとしてきた。


Photo by nofrills (CC BY 2.0)

安倍首相、小池都知事、前原民進党党首――こんな平気で嘘をつく人たちが国をリードしたら、彼らの口から語られる「絶対に国民を守る」「絶対に戦争はしない」などという言葉は信じられなくなる。

選挙の投票日は否が応でもやって来る。嘘つき政治家は選びたくないのだが、どうしていいか分からない。

嘘つき政治家は選びたくないのだが、どうしていいか分からない。

安倍首相、小池都知事、前原民進党党首――そして立候補者の皆さん、嘘をついたら議員を辞めると公約してくれませんか。
ああ、でもこの公約が嘘かもしれない。

ああ、でもこの公約が嘘かもしれない。

かのフランスの思想家モンテーニュはエセーの中で「嘘をつく人たちについて」(『エセーⅡ思考と表現』荒木昭太郎訳、中公クラシックス刊)と題してかなりの字数を割いている。その中のほんの一部を引用する。

「嘘をつくと言うことは呪われた不徳だ。われわれは述べることばによってはじめて人間であるのであり、おたがい同士結びついているわけなのだ。もしわれわれが嘘をつくことのおそろしさ、重大さをはっきり思い知ることがあれば、ほかのさまざまな罪の場合よりもっと正当なこととして、それを火刑にも値するものと考え、追及するところだろう」

「もし真実と同じように嘘がただひとつの顔しか持っていないのだとすれば、われわれはもっと都合のよい状態に立つことになるだろう。というのは、嘘を言う人間のことばの逆を確実なことと考えればよいわけだからだ。しかし真実の裏は無数の顔、確定されないひろがりをもっている」

モンテーニュ曰く「嘘をつくのは呪われた不徳」なのだ。彼は、言葉で人間であり、お互い信頼し合っているという。言葉に信を置くということだ。それを破る、すなわち嘘をつくことは、火刑にも処する罪なのだ。


Photo by UpSticksNGo Crew (CC BY 2.0)

また皮肉を言う。嘘の後ろに一つだけの真実が隠れているなら、相手の言うことの逆を考えればいい。例えば消費税を上げないと言えば上げるということであり、上げると言えば、上げないということのように。しかし実際は、その隠れている真実の裏に幾つもの顔があるから、いったい何を信じていいか分からなくなるということだ。

引用した中で最も重要なのは「嘘は呪われた不徳」ということ。このモンテーニュの言葉だけでも政治家は心に銘記して欲しい。

それにしても政治家に真実を見出すことができれば、どれだけ国民は幸せだろうか。

来るべき選挙では、候補者の言葉の裏の裏を読み取って、投票に行こうと思う。

著者プロフィール

江上剛
えがみ・ごう

作家

1954年1月7日生。兵庫県出身。 77年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。梅田・芝支店の後、本部企画、人事関係(総括部、業務企画部、人事部、広報部、行内業務監査室)を経て、高田馬場、築地各支店長を経て2003年3月に退行。 97年「第一勧銀総会屋事件」に遭遇し、広報部次長として混乱収拾に尽力。その後のコンプライアンス体制に大きな役割を果たす。 銀行員としての傍ら、02年「非情銀行」で小説家デビュー。03年退行後、作家として本格的に活動。経済小説の枠にとらわれない新しい金融エンタテイメントを描いている。「失格社員」(新潮社)はベストセラーに。 近著は『病巣 巨大電機産業が消滅する日』(朝日新聞出版)、『庶務行員 多加賀主水が悪を断つ』(祥伝社)。

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