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  • Photo by Dick Thomas Johnson (CC BY 2.0)

「自民党大勝」のその先に

  • 田原総一朗 (ジャーナリスト)
  • 2017年10月21日

どうも立憲民主党と希望の党、形勢が逆転するんじゃないか――選挙戦も大詰めを迎え、そう囁かれるようになった。この事態に、一番ほっとしているのは安倍首相だろう。

なぜ野党がこのように分裂する事態になったのか? 前原さんが希望の党に賭けたのは、民進党だと勝てないと踏んだからだ。今年7月2日に行われた東京都議会議員選挙で、自民党も民進党も小池さんに惨敗した。前原さんにしてみれば、このまま衆院選を戦ってもまたダメだろうと思ったに違いない。そこに小池さんが希望の党を立ちあげた。小池新党に合流することで、うまくいけば自民党に迫ることができるだろう。自民党の議席が過半数を割るような事態が可能になるだろうと夢をみた結果がこれだ。

「小池劇場」のどんでん返し

僕はやっぱり、小池百合子の存在感はすごいと思う。都議選で都民ファーストの会を立ちあげて、人々が名前も知らない、どういう人間かわからない、実績も何もない人間を集めて、49議席も取ってしまったんだから。自民党は23議席しか取れなかった。はっきり言って圧勝だ。

その後も小池人気は衰えることがなかった。9月28日の衆議院解散直前に、安倍首相が解散の意向を表明するや否や、小池さんは希望の党代表に就任した。その記者会見で小池さんがこう宣言する。

「日本をリセットするために、希望の党を立ちあげる」
「しがらみのない政治、しがらみのない改革を大胆に行っていかなければならない」
「寛容な改革の精神に燃えた保守、新しい政党である」

僕はこの発言を聞いた時、随分なことを言うなと感じた。小池さんがこれまで行った発言の中で、一番失礼な発言だったんじゃないかと思う。普通に考えて、リセットということはつまり、細野さんや若狭さんがやったことは違うぞ、私が作る希望の党こそ正しいんだということになる。

「リセット」という言葉は非常に強い。にもかかわらず、マスコミはこれを無視した。むしろ、リセットで小池さんの言う通りになることは良いことだというお墨付きを与えたのだ。

排除なんて言うべきじゃなかった。ほかにいくらでも言いようがあっただろうに、小池さんはミスをした。なぜか。

選挙戦を勝ち抜くために、希望の党のイメージは「国民にとってつかみやすい」ものである方が良い。民進党は保守とリベラルがゴチャ混ぜだから、小池流に「はっきりさせる」ことを選んだのだろう。

前原さんは、小池さんとの極秘会談の後に合流すると発言した。当然小池さんは民進党議員全員を受け入れることを了承しているはずだ。その了承なしに、前原さんが勝手に「合流」などと言う可能性は極めて低いと、僕は考える。

騙した方が悪いのか、騙された方がバカなのか

騙した方が悪いのか、騙された方がバカだったのかという話でいうと、僕はどちらかというと、騙された前原さんの分が悪いと感じていた。ところが、女性論客に聞いてみると「騙した小池さんの方が悪い」と答える人が多い。小池さんは政治家としては珍しく女性に非常に人気があったのに、その人気が一気に弾けて、離れていったのだろう。

本来これだけ大見得を切った選挙で希望の党が負けるなら、小池さんは責任を取って代表辞任しなければならないはずだ。だが、希望の党内で小池さんに辞めろと言える度胸のある人がいるとは思えない。少なくとも細野さんや若狭さんには言えないだろう。

「排除」発言がなければ、枝野さんも立憲民主党を立ちあげるには至らなかっただろう。しかし、この発言がきっかけで、無党派層のなかでリベラル寄りの人々が投票する受け皿ができた。小池さんに対する反発が、1つは自民党へ行き、1つは立憲民主党に行き着く流れができたのだ。

しかし、いまの立憲民主党人気は、いわば判官贔屓のようなものだ。たとえ多少の同情票が増えても、日本の政治において相対的にリベラル勢力が弱まっている感は否めない。

「自民党大勝」のその先に

選挙戦の情勢予測で与党が過半数を大幅に上回ることが確定的になったいま、永田町で囁かれているのは、自民党が大勝することで気を良くした安倍首相が、自らの支持率低下を招いた森友・加計問題のようなことを繰り返すんじゃないかということだ。

森友・加計学園問題は安倍首相のミスで、あそこまで問題が大きくなった。

特に加計の方はどうしようもなくて、特区を決める際、安倍首相が選定委員たちに「加計学園が獣医学部を申請する。僕の40年来の友人だからといって甘く審査するのではなく、厳しくしろ」と指示しればそれで終わった話だ。それなのに国会で「今年の1月20日にはじめて知った」と言ってしまった。去年6回も7回も飯食ったりゴルフやったりしているのに「知らなかった」は通らない。


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY-NC-ND 2.0)

ましてや今後、自民党の大勝に乗じて加計学園の獣医学部の認可が降りるんじゃないかと言われており、このことを不安視する声が自民党内からも上がっている。同じ轍を踏むわけにはいかないという本音がちらつく。

大義なき解散と希望の党の立ちあげで現政権の支持率も下がり、一時は本当に危ないと思われた。ポスト安倍に向けて具体的な動きがあってもおかしくなかった。そうはならなかったため当面自民党政権は続くだろうが、すると次に出てくるのは憲法改正だ。

国民の多くは憲法改正に反対している。そんななか、希望の党と組んでろくな憲法議論もせずにいい加減な憲法改正を発議したら、国民投票でひっくり返される可能性がある。これでもしひっくり返ったら、自衛隊が憲法違反であることに国民的なお墨付きが与えられてしまう。安倍政権が潰れるどころの話じゃない。自民党を揺るがす大問題だ。


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY-NC-ND 2.0)

日本に「保守政党」はない

僕が一番気になってるのは、日本に「保守対リベラル」の2大政党対決が存在しないことだ。米国は保守の共和党と、リベラルの民主党。英国は保守の保守党と、リベラルの労働党がある。

保守は通常、経済は市場原理、自由競争重視で小さな政府を目指す。要するに政府が社会にあまり介入しない。こうした政権が続くと格差が大きくなるので、生活が苦しくなった人たちが増えると、リベラルが勝って政権が代わる。リベラルは格差をなくすために様々な規制を設けて、福祉や社会保障も手厚くする。しかし、これをやると経済が停滞するため、次の選挙で保守が勝つ。どの国もこれの繰り返しでやってきた。

日本は自民党が保守政党だと思われているが、彼らの経済政策は「大きな政府型」でリベラル。長くそのスタイルでやってきたから1000兆円も借金がある。

民主党の野田内閣のとき、消費税を10%にあげると3党合意で宣言したにもかかわらず、安倍政権になったら中途半端に8%にあげた。残りの2%をあげるかどうかが今回の選挙で争点になり、野党はみんな反対している。しかし、プライマリーバランスはどうするんだと言われたときに、納得できる回答や対案を示している野党はない。


Photo by Dick Thomas Johnson (CC BY-NC-ND 2.0)

多くの国民はアベノミクスに満足しておらず、不満がたくさんあるがそれに対する別の選択肢を野党が経済分野で示せていない。だからしょうがなく我慢している国民が多いというのが現状だ。この国の野党からアベノミクスに代わる魅力的な経済政策が出てこない限り、来年の参院選以降も同じことが続くはずなのだ。

著者プロフィール

田原総一朗
たはら・そういちろう

ジャーナリスト

1934年、滋賀県生まれ。1960年、岩波映画製作所入社、1964年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。1977年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。 現在、早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また、『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『誰もが書かなかった日本の戦争』(ポプラ社)、『田原総一朗責任 編集 「殺しあう」世界の読み方』(アスコム)、『おじいちゃんが孫に語る戦争』(講談社)など、多数の著書がある。

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