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  • 論点

日本社会が「ウソの氾濫」を許すか否かを問う選挙

  • 山崎雅弘 (戦史・紛争史研究家)
  • 2017年10月20日

前回の第47回衆議院議員総選挙は、今から3年前の2014年12月14日に投開票が行われました。その投票日直前の12月9日に、私がポリタスに寄稿した「首相が『どの論点を避けているか』にも目を向けてみる」という記事が公開されました。

そこでは、メディアが争点として報じた個別の政策問題ではなく、2012年12月にスタートした第二次安倍政権の全体的な方向性や、第二次安倍政権の発足から当時までの2年間で生じたさまざまな社会的変化、安倍首相の言動(意図的に言及しないという態度も含む)から浮かび上がる一貫した政治理念などを指摘した上で、「国民が選挙という手段によって方向性やスピードを修正しないなら、今後も同じ方向性で政治と社会の変化が進む可能性が高い」と指摘しました。

3年前の衆院選は、事前にメディア各社が予想した通り、与党である自民党と公明党の大勝という結果に終わりました。その一方で、選挙の投票率は52.66%と、2012年12月に記録された戦後最低の数字を更新しました。

投票を棄権した人、白票を投じた人、与党である自民党や公明党に投票した人が、三者の総和として多数派を形成し、「現在の社会の変化を是認する」という意志表示を示したことで、第二次安倍政権の政治的地位はより盤石なものとなり、それまでの2年間で社会に生じた変化も、さらにエスカレートする形で現在に至っています。それゆえ、3年前のポリタスへの寄稿の内容は、今回の選挙でも、そのまま通用する部分が少なからずあるようにも思います。

けれども、今回の第48回衆議院議員総選挙では、前回と同様の「現在の社会の変化を是認するかどうか」という問いに加えて、もう一つ、きわめて重要な「社会的な問い」が、国民に向けて発させられているように思います

それは、日本の政治と社会における「ウソの氾濫」を、このまま放置するのか否か、あるいは、今後さらにエスカレートさせることを是認・許容・傍観するのかどうか、という問いです。

日本の政治と社会における「ウソの氾濫」を、このまま放置するのか否か、あるいは、今後さらにエスカレートさせることを是認・許容・傍観するのかどうか

ウソのエスカレートを阻む柵としてのジャーナリズム

戦後の日本では、ジャーナリズムと公的権力者(政治家や官僚)の間には、常に一定の緊張した関係が保たれており、政治家が甘やかされた子どものように、ところ構わず自分に都合のいいウソをつくという光景は、少なくとも政治の中枢では見られませんでした。ジャーナリズムが、そうしたウソの暴走を阻む「柵」として機能していたからです。

しかし、スタートから五年が経過した第二次安倍政権下の日本ではどうでしょうか。

2013年9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれていた国際オリンピック委員会(IOC)の総会において、安倍首相は2020年のオリンピック・パラリンピック開催地を東京に誘致するプレゼンテーションを行いました。その中で、安倍首相は次のような言葉を口にしました。

「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」

また、安倍首相はこの時の質疑応答で、次のように発言しました。

「どうか、ヘッドライン(メディアの報道の見出し)ではなくて、事実を見ていただきたいと思います。汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の、0.3平方キロメートル範囲内の中で、完全にブロックされています」「健康問題については、今までも、現在も、そして将来も、まったく問題ない、ということを、お約束いたします」

しかし実際には、この安倍首相の発言は、福島第一原発事故の当事者である東京電力をも戸惑わせるものでした。

2日後の同年9月9日に開かれた東京電力の記者会見では、「海水をシルトフェンス(水中カーテン)で止めることはできず、トリチウム(除去困難な放射性物質である三重水素)は水とともに移動するため、海水の行き来がゼロになるとは思っていない」「シルトフェンスでもトリチウムを止める力はない」との説明がなされ、「0.3平方キロメートル範囲内の中で、完全にブロックされています」という安倍首相の発言内容は、実質的に否定されていました

また、2016年9月7日、日本外国特派員協会で記者会見した小泉純一郎元首相は、安倍首相の五輪誘致スピーチでの「アンダー・コントロール(状況は統御されている)」発言について、「これはウソですよ。これはアンダー・コントロールされてない。現在だってね、何キロかにわたって土を凍らせようっていうね。地下水をコントロールするってんだけど、いまだにコントロールできないでしょ。やるやる、できるできる、って言ってるけどできない。よくああいうこと言えるなあって、おれ不思議なんですよ」と述べ、安倍首相の言葉を明確に「ウソだ」と表現しました

公的権力者の「ウソ」を黙認・スルーするようになったメディア

日本のジャーナリズムにおいて、テレビの在京キー局や在京の大手紙(新聞)、そして公共放送であるNHKは、国民への影響力がきわめて大きく、それだけに社会的責任も重いはずです。しかし、夏季五輪の東京開催決定という「歓喜」や「お祭りムード」に水を差してはまずい、という配慮もあってか、あるいは自社も商業的な利益を得たいという思惑からか、安倍首相のウソを厳しく批判して、道義的責任を問うようなメディアの動きは皆無でした。これは、今から振り返ると、大手メディアが安倍首相のウソを黙認するという「共犯関係」の始まりであったように思います。


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY 2.0)

それから3カ月後の2013年12月6日、特定秘密保護法が国会で成立しました。一年前の衆院選に際して、自民党が作成・公開した政策パンフレット「自民党 重点政策2012」には、特定秘密保護法という文字やそれに類する項目は一つも出てきておらず、したがって「選挙で国民に問う」というプロセスを経ずに国会だけで決められた重要政策ですが、12月9日に行った記者会見で、安倍首相は次のように述べました。

「今後とも国民の懸念を払拭すべく丁寧に説明していきたい」

「説明していけば必ず国民の理解を得られる」

その2年後の2015年7月15日には、憲法学者の九割以上が憲法違反であると指摘した「集団的自衛権の行使」容認などを含む「安全保障関連法案」が、衆院平和安全法制特別委員会で与党の賛成多数により可決したことを受けて、次のような言葉を述べました

「国会での審議を含め、国民にさらに丁寧にわかりやすく説明していきたい」

「自民党においても全国でそれぞれの議員が国民に説明する努力を重ねることになる」

この「国民に丁寧に説明していきたい」という台詞は、安倍首相が批判を逸らす必要が生じた際に口にする、いわば「常套句」ですが、はたして安倍首相が「国民に丁寧に説明してきた」と思う国民が、どのくらいいるでしょうか。

「国民に丁寧に説明していきたい」という台詞は、安倍首相が批判を逸らす必要が生じた際に口にするいわば「常套句」

そう思う人が少数派なら、これらの安倍首相の言葉はすべて「ウソ」だったということになります。ところが、その場しのぎの方便として、便利な「常套句」を利用する安倍首相に対し、日本のジャーナリズムは「先日の記者会見での安倍首相の言葉はウソではないか」と問う作業をほとんどしていません。

総理大臣が、重要な政策に関して、当たり前のようにウソをつく。それは、メディアの記者やジャーナリストだけでなく、国民をもだます重大な行為のはずですが、第二次安倍政権がスタートして以降、それまでの日本社会に存在した「公的権力者とジャーナリズムの緊張関係」はいつの間にか失われ、菅官房長官の記者会見場は、お上のおふれを下々の民に下知する、記者が殿様の下僕のようにへりくだる場所に成りはてています。

そして、国民の「知る権利」を守るために、民主主義国では当たり前の「公的権力者とジャーナリズムの緊張関係」を保とうと努力する記者が現れても、会見場にいる他社の記者は、同じ仲間として彼女をかばい援護するのではなく、むしろ徒党を組んで公的権力者の側に立ち、第二次安倍政権下で出来上がった「公的権力者と記者クラブの馴れ合い関係」に波風を立てる彼女を、会見場から排除する動きすら見せています


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY 2.0)

ウソを視覚化して国民をだました「米軍艦で避難する母子のパネル」

2015年の安保法制をめぐる安倍政権の動きでは、もう一つ、無視できない大きな「ウソ」がありました。

記者会見などで安倍首相が繰り返し使用した「米軍艦で避難する母子のパネル」です。

安倍首相は、同年5月15日に行った記者会見で、韓国を連想させる場所から米軍の軍艦で避難する、日本人の母親と二人の子ども(うち一人は赤ちゃん)というイラストが描かれたパネルを横に、次のように述べました

「この事態でも私たちはこの船に乗っている、もしかしたら子供たちを、お母さんや多くの日本人を助けることはできないのです。守ることもできない。その能力があるのに、それで本当にいいのかということを私は問うているわけであります」

このイラストパネルと安倍首相の説明を見ると、有事の際に米軍の軍艦で日本人の市民が避難するのであれば、それを守るために自衛隊が戦うのも仕方ないのか、という結論に誘導されます。


出典:政府インターネットテレビ/内閣広報室

しかし、このイラストパネルは、法案の内容とは違う状況を描いたものであることが、のちに判明します。

同年8月26日の参院安保法制特別委で、大野元裕議員(当時民主党)は中谷元防衛大臣(当時)に「退避する邦人が米軍の軍艦に乗っている、これについて、どこが(日本という国の)存立危機なのか、どこが明白に根底から覆される危険に当たるのか」と質問しましたが、中谷防衛相は「状況を総合的に判断をして、存立危機事態に当たり得る」との曖昧な説明ではぐらかした上、「邦人が(防衛の対象となる米艦艇に)乗っているか乗っていないか、これは絶対的なものではございません」と説明しました

つまり、母子が乗っていない米軍艦であっても、政府の「総合的な判断」で適当と見なされれば、それを守るという名目での自衛隊の戦闘参加が可能だという風に、説明の内容が変わってきています

また、5月15日の記者会見で安倍首相が使用した母子のイラストパネルには、手続きの条件として「(米政府からの)米輸送艦防護の要請」という条件があるかのような表記が付与されていましたが、8月21日の中谷防衛相の答弁では「(存立危機)事態の認定そのものには(米政府からの要請は)必要ございません」となっており、ここでもイラストパネルが「事実に基づくものではない」、つまりウソの内容であったことが示されています

そもそも、米軍の艦艇が日本人の母子を輸送するという設定自体、ありえないことは、この一年前の2014年6月11日に行われた衆院外務委員会で、「外国にいる米国市民及び指定外国人の保護と退避に関する国務省と国防総省との間の合意メモ」という米政府の内部資料に基づいて、辻元清美議員(当時民主党)が明らかにしていました

「アメリカは、軍による自国民以外の外国人の退避への協力は一貫してネガティブなんですよ」

「米国の軍と市民はより大きな危険にさらされる可能性があるから、事前に他国民の避難を約束することは控える、しないと書いてある」

トランプ米大統領のウソを徹底的に指摘する米国のメディア

今年1月に就任したドナルド・トランプ米大統領が、事実に基づかない「ウソ」を、記者会見や自身のツイッターで放言し始めた時、米国の大小のメディアはトランプ氏の発言の信憑性や真実性をいちいちチェックし、ウソと判明した言説には即座に「ウソ」と指摘する、「ファクトチェック」を行っています。それが、公的権力者と対等に対峙する、民主主義国のジャーナリズムが本来あるべき姿です。


Photo by Joe Raedle/Getty Images

2017年6月25日付のニューヨーク・タイムズ紙は、「トランプのウソ」と題した記事を掲載(ネット版記事は7月21日に更新して内容を追加)しましたが、その内容は、大統領就任翌日の1月21日から7月19日までにトランプ大統領がついたウソをすべて列挙し、「大統領がウソをついた日とついていない日」を示すカレンダーまで併載することで、公的権力者が日常的に国民にウソをついているという危険な事態を受け手に知らせました。

これに対し、日本のメディアはどうでしょうか。安倍首相や閣僚、地方首長らが頻繁につくウソを、きちんと「公的権力者が国民にウソをつくという危険な事態」として、警鐘を鳴らしているでしょうか

安倍首相は、通常国会閉会翌日の2017年6月19日に行った記者会見で、次のように述べました

「何か指摘があればその都度、真摯に説明責任を果たしていく」

「国民の皆様から信頼が得られるよう、冷静に、一つ一つ丁寧に説明する努力を積み重ねていかなければならない」

実際には、多くの世論調査で「首相は一連の不正疑惑への関与について、説明責任を果たしていない」との意見が多数を占める結果となっています。

これはつまり、安倍首相が自分の口にした約束を守っておらず、自分の潔白を証明する記録資料を国民に提示することも、疑惑の当事者である妻や親友を国会に呼んで証言させることもせず、「一つ一つ丁寧に説明する努力」など全然していない、と国民の側が受け取っている事実を示しています。

安倍首相の言葉をそのまま伝達するメディアの行動が、日本における「ウソが際限なくエスカレートする政治」をここまで増長させてきた

しかし、日本のメディアは、こうして何度も何度も繰り返される「丁寧に説明する、という安倍首相のウソ」を、きちんと「ウソだ」と国民に伝える作業を放棄しています。表向きは「中立」という名目でなされる、公的権力者に迎合して安倍首相の言葉を無検証に、そのまま垂れ流しのように拡散伝達するメディアの行動が、日本における「ウソが際限なくエスカレートする政治」をここまで増長させてきたように思います。

では、何を基準に投票すればいいのか

以上のような、2017年の日本における政治状況の現実を踏まえて、今回の衆院選をめぐるメディアの報道を見れば、「各党の選挙公約を比較」といった記事が、いかに受け手の国民に対して不誠実な、まやかしの内容であるかがわかります。ジャーナリズムが権力者に迎合して、権力の監視や発言の事後検証という作業を放棄した国では、選挙公約はただの空疎な「文字列」でしかありません。政治家は、選挙のたびに、人気を集めそうなウソの公約を机に並べればいいだけで、そんなものを真に受けて論じても、投票日が終われば、丸めてゴミ箱に投げ捨てられる運命にあります。

「子供が生まれる日や初めて家に帰ってくる日、出生届を出す日等に、父親が育児休暇を取得できるようにします」

「学びたいという意欲を持つ全ての子供たちが進学できるよう、無利子奨学金を受けられるようにします」

「女性に対するあらゆる暴力を根絶します」

これらは、自民党が2016年の参議院議員選挙の際、公約として掲げた項目の一部です。自民党が、昨年の参院選でこんな約束をしていたことを「知っていた」という人が、どのくらいいるでしょうか。


Photo by TAKA@P.P.R.S (CC BY-SA 2.0)

では、各党や各候補者の公約として書かれている文章を読み比べるのが無意味なら、選挙ではいったい何を基準に投票すればいいのか。

もしあなたが、こうした「ウソが際限なくエスカレートする政治」に歯止めをかける必要があると感じておられるなら、候補者が今「選挙で当選するために何を言っているか」ではなく、その候補者が、

「過去に口にしたことをきちんと自分の行動に反映しているか」

「過去に約束したことを、一人の人間として、きちんと守っているか」

「発言と行動にブレがないか」

を基準にして、投票先を選択するのがよいと思います。


Photo by Berchan1976 (CC BY-SA 2.1 JP)

特定の政策について前回の選挙時と賛否が正反対の態度をとるような候補者を当選させてしまうと、現在の「ウソが際限なくエスカレートする政治」はさらに悪化します

そして、現在のような「ウソが際限なくエスカレートする政治」を創り出した張本人が、これからも日本の政治の中枢に居座り続けることを許すのか、というのも、一つの判断基準になるでしょう。

甘やかされた子どものようにウソをついたり、特定の政策について前回の選挙時と賛否が正反対の態度をとるような候補者を当選させてしまうと、現在の「ウソが際限なくエスカレートする政治」はさらに悪化します。人間として信用できる人かどうか。まっとうな人かどうか。そんな基本的なところで、投票先を選ぶことをお薦めします。

再び、「棄権」や「白票」という選択肢はありうるか

また、前回のポリタスへの寄稿では、最後の部分で《「棄権」や「白票」という選択肢はありうるか》という小見出しと共に、選挙における「棄権」や「白票」は、現在の選挙制度では与党に投票したのと同等の効果を持つことを指摘しました(興味のある方は、本稿末尾にあるリンクから読んでみてください)。

最近、ネット上の一部では、「積極的棄権」と称して、現在の政治や今回の衆議院解散という事態に対する「抗議の意味」で、投票を棄権する行為になにがしかの意味を付与できるかのように錯覚させる言説が流布しているようです。しかし、こうした言説は主観的な自己満足以外、現実には何も生み出さない上、論理的に考えればすぐわかるように、現与党の暴挙(衆議院解散)への抗議と言いつつ、その抗議の対象であるはずの現与党を選挙で利するアクションを「積極的」に行うという、滑稽あるいは愚かな結果を生み出すものでもあります。

あなたが「仕事その他の理由で、他人には与党支持者と思われたくないが、実は内心で与党を応援している人」であれば別ですが、そうでないなら、こんな「子どもの戯れ言」は軽く聞き流して相手にしないのが一番です。


併せて読む ⇨ 山崎雅弘「首相が『どの論点を避けているか』にも目を向けてみる」(2014年12月)

著者プロフィール

山崎雅弘
やまざき・まさひろ

戦史・紛争史研究家

1967年大阪生まれ。戦史・紛争史研究家。軍事面だけでなく、政治や民族、文化、宗教など、様々な角度から過去の戦争や紛争に光を当て、俯瞰的に分析・概説する記事を、1999年より雑誌『歴史群像』(学研)で連載中。また、同様の手法で現代日本の政治問題を分析する原稿を、東京新聞、神奈川新聞、ポリタスなどの媒体に寄稿。著書に『「天皇機関説」事件』『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)、『戦前回帰』、『中東戦争全史』、『現代紛争史』、『世界は「太平洋戦争」とどう向き合ったか』(以上学研)、『5つの戦争で読みとく日本の近現代史』(ダイヤモンド社)、『【新版】中東戦争全史』(朝日文庫)など多数。Twitter: @mas__yamazaki

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