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  • 視点

「見せかけの公約」に惑わされていないか?

  • 笹山登生 (特定非営利活動法人 日本エコツーリズム協会 アドバイザー)
  • 2017年10月20日

こじつけが多かった、今回の解散の大義名分

私がそれまでの「選ばれる立場」から「選ぶ立場」にスタンスを移してから、かなりの時間が経った。

それでも、突然の解散風に、本能的に身を構える習性は、いまでも、なかなか治りきらないものだ。

それにしても、今回の安倍総理の突然の解散宣言には、びっくりした。

当初、私は、この突然の解散権の行使に対し「国民は無投票で応じる権利があるのでは?」などと、ツイッターで諧謔気味に囁いた。

そして、思った。

「まるで、これは、総会屋を避けて、突然に株主総会を開くようなもんではないか?」

と。

ところが、その後のこれまた衝動的な民進党の解党と希望の党の出現、それに派生した立憲民主党の出現によって、私の抱いていた「国民総無投票論」は一旦たち消えた。

そもそも、安倍総理の解散の大義名分には、こじつけが多い。

その最大のこじつけが、「消費税増税分の使途入れ替え変更」だ。例えてみれば、こんなところだろう。

「本来は、建て替えていた借金の返済に充てるつもりで、貴方からかねて預かることにしてたこのお金ですが、ちょっと状況が変わったので、違う方に使わせていただきますよ。そのかわり、立替分の借金残高は変わらず元のままですぜ。あしからず」

みたいな話だ。

「見せかけの等価」のオンパレード

これに限らず今回の総選挙では、各政党とも、この種の「見せかけの等価の政権公約」がまかり通っている感じがする。

以下、いくつか例を上げておこう。

(1)トリクルダウン論

例の「トリクルダウン論」も、その一つだ。

富裕層を富ませれば、そのおこぼれが、自然と低所得階層にも行き渡ってくる。という理論だ。かなりこの論理のバケの皮が剥がれてきたとはいえ、なお、一定の真実性をもって、アベノミクス礼賛論を補助する一論として、語られている。

そもそも、ワイン・グラスのタワーの上から注いだワインが、下のワイン・グラスへと溢れでるのは、引力があるからだ。


Photo by jenny downing(CC BY 2.0)

では、その論理で、富裕層から下位所得層へと流れ出るための引力に相当するインセンティブがあるのか?といえば、そんなものはまったくない。

日本は、ドネーション(寄付)の習慣なりスキームが乏しいのだ。

かつて、塩崎潤先生が、寄付国債なるスキームを提唱されたが、いつの間にか、有耶無耶になってしまった。寄付に対するインセンティブを強くしてしまうと、本来の所得配分の正規ルートである「徴税→社会保障への再分配ルート」に流れ出る総量が少なくなってしまうからだ。

ふるさと納税は、一見、その正規ルートのバイパスのようにも見えるが、徴税に関わるトランザクション・コスト(事務手続きの二重化に伴う行政コストの増高)を加味すれば、都市部市町村財政を含めてのマクロで見れば、実質、生み出しているものは少ない感じだ。

(2)ベーシック・インカム(BI)

希望の党が公約しかけているベーシック・インカム導入論も、トレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係)の片側のいいとこだけを提示している。


Photo by Generation Grundeinkommen (CC BY 2.0)

ベーシック・インカムは、たしかに、国民層を選別することなく、一定額を毎月国民に直接給付することで、行政コストは低減できるはずだ。

一方、月3万円から5万円の直接給付をしたところで、これまでの10万円以上の給付がある生活保護などの旧来型給付が全廃にできるはずはない。

つまり、移行期の間、トランザクション・コスト(事務手続きの二重化に伴う行政コストの増高)は二重にかかってしまう可能性が高い。

希望の党は、その片方の生活保護制度等削減問題については言及していない

(3)農業者戸別所得補償制度

間接給付から直接給付への移行問題は、ベーシック・インカムだけではない。野党の一部には、民主党政権時代に創設した、農業地域における「農業者戸別所得補償制度」の復活を公約している政党もある。

しかし、この制度も、世界の農業政策の趨勢から見ると、やや、時代遅れの感も強い。例えば、EUの共通農業政策(CAP)の元で農業地帯に措置されていた直接支払い補償は、財政負担の高騰により、現に、「CAPヘルスチェック」の名のもとに、大幅な見直しが進められている。


Photo by greensefa (CC BY 2.0)

これにより、農産品目によっては、それまでの生産と切り離しての給付であった「デカップリング政策」から、再び、生産と結びつけてた「リカップリング政策」へと、移行している品目すらある。

また、「直接給付をするのなら、その対価としての、コンプライアンス(基本的なルールに従って活動する事)を求めるべき」との議論もかねてからある。これが「クロス・コンプライアンス」(農業生産者が直接支払いを受給するために一定の要件を満たさなければならないという仕組み)というものだ。

具体的な内容としては、「農業者が、農村の環境美化のために奉仕」などが考えられうる。

(4)原発政策

原発政策についてはどうだろう。

再稼働を前提とする党、厳格な条件付きでの再稼働を容認する党、時系列的に原発ゼロを目指す党、全く再稼働を認めない党、様々であるが、そもそも、原発問題とエネルギー問題とは、同一のトレードオフの元に語られるべきものなのだろうか? との疑念も、私としてはある。

つまり、社会政策的な意味合いのものと、産業政策的意味合いのものとを、等価対置させていることへの疑念である。

そもそも、福島原発の事故は、国際原子力事象評価尺度(INES)において同等のチェルノブィリに比しても、リアクター損傷により影響を受けた核燃料の量からすれば、チェルノブィリが210トンに比して、福島第一原発は880トンである。

実質、チェルノブィリを超える規模の原発事故であったことは、否めない。

実質、チェルノブィリを超える規模の原発事故であったことは、否めない。

その十分な反省の上に立っての各党の原発政策の公約なのか? 私自身としては、多分に疑わしい点も感じられる。

アベノミクス論議より異次元緩和出口論議を

話を経済政策に戻そう。

アベノミクスの評価について、もちろん各党まちまちであり、中に希望の党のように、ユリノミクスなるものを持ち出している党もある。しかし、経済政策で最も議論すべき点が、各党とも、公約に欠けているようにみえる。

経済政策で最も議論すべき点が、各党とも、公約に欠けているようにみえる

それは現在日銀が行っている異次元緩和の帰趨である。


Photo by Abhisit Vejjajiva (CC BY 2.0)

つまり、これまで異次元緩和で著しく均衡を失している日銀のバランス・シートの回復への道筋を、各党、どう見通しているのか? について不透明なのだ。

アメリカのFRB、先月9月20日のFOMCにおいて、年内利上げの可能性を継続しつつ、10月からのバランスシート縮小開始が確実となった。一方、EUの欧州中央銀行(ECB)で、今月10月26日の理事会で資産買い入れ額を大幅に縮小し、買い入れ期間を9ヶ月延長することで大筋合意する見通し、との報道もある。

世界の中央銀行が、いずれも、これまでの金融緩和路線からの撤退を図る中で、日銀だけが、際限のない緩和路線を継続出来るのか? これについての議論がさっぱり総選挙の争点に浮かんでこないのは異常だ。

世界の中央銀行が、いずれも、これまでの金融緩和路線からの撤退を図る中で、日銀だけが、際限のない緩和路線を継続出来るのか?

そもそも出口政策を実施した場合、もしそれが、現在日銀が買い入れた国債・ETFの放出につながれば、日本の株式市場、金融市場大混乱に陥るはずだ。

逆に、もし、これまでの買い入れ資産の放出が出来なければ、それら買い入れ資産を日銀信用によって不胎化するしかないが、それそのまま、日銀による財政ファイナンスという悪手を、日銀自ら容認してしまうことにつながってしまう。

それら出口政策の選択はおそらく、今回選ばれた国会議員の次の任期中に到来するのだろう。その意味で、その道筋を公約で示すことこそが、今回の総選挙で選ばれるずの候補者たちに課せられた責任だと思うのだが。

各党の公約とも、農村・地域政策については、逃げ腰か?

今年の夏、農村地帯を歩いてみて、かなり地方経済が疲弊しているなと、肌で感じた。

特に、稲作農家の志向の変わりようには驚く。

担い手育成事業の大区画化で、郷里の田んぼはいずこも工事中だった。工事完了後は「ほ場1枚、縦200m×横50m」の田んぼになるのだと言う。「町家方式」のような大区画の水田が田園に立ちならぶというわけだ。


Photo by Yuko Hara(CC BY 2.0)

農家は、農業法人に参加して、これまでの水田の所有者的立場から、所有と経営を分離した営農形態に、いずれはシフトするのだろう。

ここにも心配なのは、その変化についていけない、農村弱者・農家弱者の輩出だ。東北の農家が「農業者戸別所得補償制度」の復活を臨むのは、その点でのセーフティー・ネットを求めているのだろう。

しかし、今回の総選挙にあたっての各党の公約の中で、地域振興政策と農業政策については、多分に逃げ腰であることが感じられてならない。

そもそも、今後、アメリカが再び参加してのTPPの復活があるのかどうか? もし、それが、アメリカとの二国間合意となった場合には、これまでのTPP農業対策に加えて、何が必要なのか? その対応すら問われていないように感じる。

今、地方経済の振興のためには、大きなパラダイム転換が必要だ。特に、地方の県庁所在地の中核都市を何よりもしっかりさせることが、その中核から派生する県内各地方の振興につながるように思う。

私が、今一番熱心に唱えているのが、LRTBRTの新交通を主体とした県庁所在中核都市におけるコンパクト・シティ化である。

「縮小都市」とか、「撤退の過疎地」と言ったマイナスの意味でのコンパクト化ではない、これまでのスプロールによる拡大から、歩行者ベースでの移動が可能なコンパクトな縮小都市へのパラダイム転換によって、地方中核都市が蘇る日が来ることを期待したい。

終わりに--政治は一利一害の世界--

政治の世界でよく言われている言葉に「一利・一害」という言葉がある。

どんなに善政をなしたつもりでも、利益はもちろんあるけど、その反面、隠された害も生じる、ということだ。つまり、どんなによく見える各政党の公約にも、その裏には、隠された副作用がある、ということでもある。そのことに惑わされないようにするのが、賢明な有権者だと言えそうだ。

著者プロフィール

笹山登生
ささやま・たつお

特定非営利活動法人 日本エコツーリズム協会 アドバイザー

もともと私は、20年間、農業・環境問題を中心テーマに、政治家として追い続けてきましたが、現在は過去にこだわらず、日米経済、地域再生、ツーリズム、 食の安全、感染症、新しい政策スキームのあり方など、さまざまな関心テーマを、海外情報なども取り入れながら、追いつづけています。環境と政治をテーマに都内某大学で講義らしきこともしています。特に、憲法に環境権を盛り込むことを願っています。

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