ポリタス

  • 論点
  • Photo by Stefan Krasowski (CC BY 2.0)

選挙への「影響」はあるが、じつは「争点」ではない北朝鮮問題

  • 黒井文太郎 (軍事ジャーナリスト)
  • 2017年10月21日

北朝鮮問題は争点にあらず!

北朝鮮情勢の緊迫は、選挙にどう影響するのか?

たとえばこれから10月22日の選挙日までに北朝鮮がミサイルを発射した場合、若干、自民党に有利に働く。いっきに無党派層が流れるほどの大きな影響ではないが、やはり不安感は現政権与党に有利だ。自民党自身も「国民を守れるのは自民党だ!」とアピールしているが、実際、ミサイル防衛の構築や米国との軍事的協調を進めてきた自民党政権の安全保障政策を支持している層はおり、北朝鮮情勢への不安感は、そうした層の投票行動に多少は影響を及ぼすだろう。


Photo by Nori Norisa (CC BY 2.0)

ただ、政権選択選挙の現状において、北朝鮮問題に対する政策は、実は現実的な争点ではない

まず、有事への対処という側面をみると、日米同盟破棄などの極端な政策でもとらないかぎり、北朝鮮有事に対する日本の安全保障措置は、自民党政権でなくとも機能する。日本政府には危機に対応する機能が構築されており、自衛隊も日本の防衛に動く。希望の党日本維新の会、あるいは日本のこころはその点でまったく自民党と同じ立場であるし、立憲民主党も枝野幸男代表の路線であれば、日本政府の危機管理・防衛機能を使わないということは考えにくい。


Photo by Kenichiro MATOHARA (CC BY 2.0)

共産党や社民党は基本的に反米スタンスだから、そのあたりが政権をとれば話は違ってくるだろうが、自民・公明 vs 希望・維新に、護憲勢力の中核として急浮上してきた立憲民主が挑んでいる今回の選挙戦の主軸からすると、とても主要な争点にはならない。

他方、目の前の危機対応ということではなく、将来的な日本の防衛力整備あるいは日米同盟の深化については、争点が不明確だ。希望(主流派)や維新はこの点でも自民との差異がほとんどみられないうえ、立憲民主もどういう政策かが不明瞭だ。


Photo by MIKI Yoshihito (CC BY 2.0)

立憲民主は「安保法制は憲法違反」との立場であり、安保法が取り消されれば、朝鮮有事への対応ということでは自衛隊の対応力は低下する。そこが争点といえば争点ではあるが、安保法で拡大された部分というのは、日本の防衛力の基幹をそこまで大きく左右するものともいえない。立憲民主の中には安全保障に関してはほとんど共産や社民に近い考えの候補者もいるかもしれないが、枝野路線であればそれほど突飛な政策ということもなさそうだ。

圧力も対話も、日本にはその影響力がない

外交的な日本政府の立場はどうか?

アメリカに同調して圧力路線を主張する自民党に対して、希望や維新もおそらく異論はあるまい。それに対して、立憲民主・共産・社民などは対話重視であろう。ただし、この対立軸は、リアルな国際情勢のなかではほとんど意味がない。それというのも、日本自体が北朝鮮問題に対してほとんど影響力がないからである。影響力がないのに「圧力だ」「いや、対話だ」といってもナンセンスでしかないのだ。


Photo by Matt Brown (CC BY 2.0)

現在、北朝鮮情勢を動かしているのは北朝鮮自身とアメリカであり、そこに中国とロシアが絡んでいる。この4カ国の駆け引きで事態は動いており、韓国ですら、軍事的には有事への備えを怠らないものの、実質的に首都ソウルを人質にとられているような状態なので、北朝鮮とは緊張緩和政策しかとれない。

ましてやアメリカのように軍事力で北朝鮮に圧力をかけられるでもなく、中国のように北朝鮮経済の中核である石油供給を握っているでもなく、ロシアのように国連安保理で拒否権を持っているでもない日本には、北朝鮮の核ミサイル開発継続を阻止できる手段は何もないのである。

以上のように、北朝鮮問題は実は、今回の政権選択選挙での主要な争点にはなりえない。

「人気投票」も「棄権」ももったいない⁉

ところで今回の選挙では、各党の露骨な党利党略、あるいは保身に走るだけの候補者の姿を見て、バカバカしくなって棄権を考えている人もいるだろう。そこで本稿では、特にそういった人に向けて、国家安全保障のインテリジェンス(情報活動)のセオリーを、有権者の選挙での判断に応用する視点を紹介してみたいと思う。

たとえばインテリジェンスの世界では、情報を収集し、分析し、それによって判断する一連のサイクルは、その目的を明確に「自国の利益」と定める。ひたすら利益のために有利な判断をする目的で、情報を集め、分析することが求められる。これは有権者個人の投票行動でも適用可能だ。

個人にとって、政権を選ぶことは個人の安全と生活の保障に直結する。有権者個人にとって大事なのは利益(この場合、単純な金銭的利益に限らず、希望する国家観や社会理念の実現なども含む)であり、そのために計算した投票先選択が有効だということである。

個人にとって、政権を選ぶことは個人の安全と生活の保障に直結する。

そう考えると、まるでアイドルの人気投票のように党代表など政治家個人に対する好感度で投票先を決めたり、選挙区の候補者個人に対する評価で投票先を決めたりするのは、必ずしも有権者として政権選択に参加する権利を有効に使ったことにはならないのではないか。とくに棄権は、実にもったいない。

「保守安定」か「保守論戦」か「保革対立」か?

そもそも有権者個人にとっては、政治は自分の生活や、自分が望む政策に向かう結果だけが重要なのであって、政治家などは誰でもいい。民進党希望組の幹部格でもある玄葉光一郎氏の「候補者の人生がかかっている」発言はまさにホンネが出ていてその通りではあるが、有権者には関係ない話だ。

「候補者の人生がかかっている」発言はまさにホンネが出ていてその通りではあるが、有権者には関係ない話だ

それよりも有権者個人にとって重要なのは、政界の力学構造のどういう変化によって自分の利益拡大が期待できるかで判断することではないか。

もちろんワン・イシューで判断してもいい。有権者個人にとって、子育てでも就労支援でも介護問題でも、何らかの利益に直結する分野で、自らの利益を代弁する候補者に投票するのはきわめて合理的だ。逆に、そうなってほしくない政策を掲げる候補を落選させるために、対立候補に投票するのも合理的だ。安全保障や憲法改正、あるいは経済政策で選択する場合も同様だ。

そうした観点からみると、今回の衆議院選挙は、むしろ選択肢がわかりやすくなっている。これまでは、たとえば保守志向だと事実上、自民党一択しかない状況だった。べつに安倍政権を支持していない場合、投票先がなかった。

逆に反安倍政権の場合、野党第一党に力をつけてほしくても、左右が混在する野合政党ではしかたがなかった。たしかに野党が割れることは与党に有利だが、反与党というだけで理念の違う候補者が集まっても、投票には困る。

それは右の人でも左の人でも同様だ。たとえば保守系同士での論争の構造を望む人にも、あるいは伝統的な保革対立を望む人にも、これまでは選択肢がなかった。今回、とくに民進から希望に移った候補者の中に、本心はどこにあるか不明な候補者も散見されるが、おおむね各党の方向性はクリアだ。

たとえば憲法改正問題と安保法制でいえば、希望の党は改正論議賛成で安保法整備推進であり、立憲民主党は護憲で安保法違憲論だ。とくに無党派層からすると、改憲派も護憲派も、より選択肢は明確になった。自民と希望は政策面にあまり決定的な差異はないが、長期政権の安定がいいか、保守陣営に政権批判勢力が誕生するほうがいいかは、それだけで大きな違いだ。

分析すべきは選挙後の流れの予測

今回の衆院選はこのように各党の方向性が明確なので、有権者にとっては選択肢がわかりやすい。ただし、大きなネックになっていることが2点ある。

ひとつは、メディア報道ではどうしても各党の幹部の好感度競争になっていること。有権者個人の「利益」にとっては、誰が首相になろうがどうでもよく、どういう政策に政府が向かうかだけが重要なのだが、そこがボヤケてしまっている。

日本の政治システムは結局は「政党の順位付け」をする選挙だ

「人物本位で決める」のもいいが、大統領を決める直接選挙ではなく、日本の政治システムは結局は「政党の順位付け」をする選挙だ。安定政権なのか、保守系内での対立構造なのか、保革対立か、各人がそれぞれこうあってほしいという政治構造に向かうよう、自分の1票がより有効に機能するように計算し、判断してみるのはいかがだろうか。

ただし、その計算はちょっと複雑になる。選挙後の流れがわかりづらいからで、それが今回の衆議院選のもうひとつのネックといえるだろう。

たとえば、一部の旧・民進勢力からは、分裂した民進党議員が選挙後に再合同するなどという話が出ているし、希望候補者の中には「話すだけなら否定しない」などと言い逃れて護憲を主張する候補者もいる。選挙後の当選者がその党の方針を受け入れるとはかぎらない状況だ。あるいは、希望の党の指導部の今後の姿も、いまひとつ明確でない。すなわち希望の将来像がやはり不明なのだ。

しかし、それこそ日々の報道によって、各党幹部あるいは各候補者の言動から各有権者が「分析」すべきことだ。そうした意味でも、今回の衆議院選挙は近年の国政選挙では面白いほうではないだろうか。

著者プロフィール

黒井文太郎
くろい・ぶんたろう

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大国際関係課程卒。講談社編集者を経てフリー。国際紛争専門のフォトジャーナリスト、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て軍事ジャーナリスト。著書に「北朝鮮に備える軍事学」「イスラムのテロリスト」「日本の情報機関~知られざる対外インテリジェンスの全貌」(いずれも講談社)「イスラム国の正体」「イスラム国【世界同時テロ】」(いずれもKKベストセラーズ)「紛争勃発」「日本の防衛7つの論点」「インテリジェンスの極意」「自衛隊交戦」「謀略の昭和裏面史」「北朝鮮空爆へのシナリオ」(いずれも宝島社)「インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向」「戦後秘史インテリジェンス」(いずれも大和書房)「ビンラディン抹殺指令」(洋泉社)など多数。

広告