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【衆院選2014】本当に「この道しかない」のか? 私たちの現在地を知るためのナビゲーション

  • 堀潤 (ジャーナリスト)
  • 2014年12月14日


Photo by RobertCC BY 2.0

最大の争点はアベノミクスの是非——。安倍総理が自らそう宣言し始まった今回の総選挙。確かに、政府・与党が強調するように、デフレからの脱却、失業率の改善、賃金の上昇、株価回復、就業者数の増加など、これまでの成果を確かなものにするためには「この道しかない」と打ち出したことを色々な意味で個人的には評価している。

実際にはアベノミクスの恩恵を受けているのは一部の上場企業や投資家であって効果は未だ限定的だという声は根強い。アベノミクスの効果は、個々人の労働・生活環境によって大きく異なり「ぜひこの道で!」という人々と「別の道を探って欲しい」と感じる人々によって評価は分かれる。解散がなければひたすら「この道」を突き進むしかなかったはずで、今回、選挙があることによって私たちの一票により助手席から運転手に「あちらの道の方が良いのでは?」と求める良い機会だ。

信号待ちの間にどの道を進むのが最も効率が良いのか、精一杯皆で議論をしようじゃないか。そのためにもまずは、いま私たちが日本の経済状況のどのあたりを“走って”いるのか現在地を知ることから始めよう。その上で、各政党や候補者の政策の中身を比較しよう。今回は、4種類の統計を読み解いていきたい。カーナビの地図だと思って、皆さんの現状把握の参考にして欲しい。

物価上昇分をうわまわる賃金アップが必要

(1)厚生労働省が今月2日に発表した10月の「毎月勤労統計調査の速報値」によると、基本給と残業代、ボーナスを合計した「現金給与総額」は前年同月比0.5%増の26万7千935円となり、8カ月連続で増加した安倍政権が強調する「賃金の上昇」は確かにおきている。しかし、就業別でみると、正社員などの一般労働者が0.6%増えたのに対し、パートタイム労働者は0.3%減、賃金は逆に減っている。さらに、物価上昇分を加味した実質賃金指数は円安による輸入物価の上昇や消費税増税などの影響で2.8%減と、16カ月連続でマイナスだった。仮に賃金があがったとしても、物価があがっているので、「生活が豊かになったという実感に乏しい」という声が聞こえてくるのは、統計上も間違っていない。つまり、物価上昇分をうわまわる賃金アップが今後必要だ。今年、消費税を5%から8%にあげているので、実感のある景気回復を実現するためには、引き揚げた3%分以上のアップを再増税の2017年4月までの1年半しなくてはいけない。皆さんの選挙区の候補者たちが「実質賃金の引きあげ」についてどのような策を打ち出しているのか、注目してもらいたい

年収200万円以下の層を底上げする政策に注目

(2)給与についてはこちらの統計を。国税庁が今年9月に発表した2013年の「民間給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した給与所得者数は、4645万人で前年に比べると2.0%、90万人増加した。平均給与額は414万円で、1.4%、金額にして5万6千円増えたことになる。男女別でみると、共に額は前年よりも増えて、平均給与は男性511万円、女性272万円だった。

一方で、正規、非正規の平均給与についてみると、正規は1.2%増加の473万円だったのに対し、非正規は0.1%減の168万円だった。2012年末の安倍政権の誕生で、給与を貰える人が増え、受け取れる額も全体としては増加したものの、男女間、正規非正規間での賃金の格差の是正は大きな課題だ

さらに、1年間働いて年収が200万円以下の数がおよそ1100万人労働者人口の4分の1近くを占めるという点にも注目しておきたい。また、今年7月に厚生労働省が発表した「平成25年 国民生活基礎調査の結果」によると、年収122万円以下、月々10万円程で暮らしているいわゆる貧困層の割合を示す相対的貧困率は16.1%。つまり日本人の6人に1人が貧困層だという数字もある。

非正規と貧困率の割合が多い女性の所得をどう引き揚げるのか、各政党、候補者の政策に注目して欲しい。個人的にはマイナンバー制をうまく活用して、所得に応じた給付や税制優遇などを進めるのが解決策の1つだと思っている。国民の生活基盤が揺らいでいては消費の回復は期待できない。

320兆円といわれる企業の内部留保を投資にまわす政策を知りたい

(3)誰が儲かっているのか産業によっても状況は異なる。企業決算をとりまとめた資料を見てみると、財務省が今月1日に発表した、金融業・保険業を除く2014年7月から9月期の「法人企業統計調査結果」によると、金融機関を除く全産業の設備投資額は前年同期比5.5%増の9兆4383億円となり、6四半期連続で増加した。売上高は328兆578億円で、前年同期を9兆2140億円上回り、増加率は2.9%となった

たしかに、安倍総理が強調する企業業績の回復は統計上は実証されている。ただし、業種別にみると、製造業では、食料品、石油・石炭、生産用機械など減収。非製造業では、不動産業、物品賃貸業などで減収となっており、急激に進む円安や消費税増税の影響が影を落としている財務省は「売上高、経常利益、設備投資とも伸び、景気は緩やかな回復基調が続いているという経済全体の傾向を反映している」と述べているが、企業活動が活発になりながらも上記したような賃金や雇用の質の観点からみると、トリクルダウンは起きていないといとも読み解ける。

個人的には、ここは企業がためこんでいる内部留保に注目したい。日本商工会議所の三村明夫会頭は今月9日、東京都内で講演し、日本企業の内部留保が2014年3月末時点で320兆円を超えていると説明している莫大な内部留保を成長産業への投資につなげ、生産性の向上をはかる必要がある。ベンチャー投資や設備投資を促す税制優遇策などの政策拡充に期待したい。それを進める候補に一票を投じたい。

経済が停滞するのに物価上昇「スタグフレーション」への警戒必要

(4)最後に、安倍総理が成果を強調するデフレからの脱却について、抑えておきたい統計を紹介したい。日本は長い間、モノの値段が下がり続ける「デフレ」に悩まされてきた。デフレによって、売り上げが減り、売り上げが減って賃金が下がる、賃金が下がると消費の意欲が減って、小売りはモノをうるために値段を下げる。すると売り上げが減って……という、いわゆるデフレスパイラルだ。

安倍政権では日本銀行による大胆な金融緩和などによって、市場への資金供給量を増やし円の価値を下げ、物価の上昇を目指してきた。総務省が先月28日に発表した今年10月の「全国消費者物価指数」は、値動きの大きい生鮮食品を除いた総合が前年同月より2.9%上昇。消費税増税分を差し引くと前年比で0.9%の上昇となり、物価は、1年5カ月連続で上昇している。安倍総理の言う通りこのまま「この道」をすすめば、安定した物価の上昇でやがて給与の増加につながるのを期待して良いのか。

ここで皆さんに紹介したいのは、別の角度から物価を調べた「東大物価指数」だ。サイトの概要から引用すると、この指数は、"全国にあるスーパーマーケットのPOSシステム(スーパーのレジで商品の販売実績を記録するシステム)を通じて、日本全国の約300店舗で販売される商品のそれぞれについて、各店における日々の価格、日々の販売数量を収集し、それを原データとして使用したもので、国民の消費動向をより生々しく伝えるものだ。

直近の12月10日のデータをみると、物価は0.3%の下落。調査品目を揃えた総務省指数が、0.74%の上昇と比べると、逆に物価が下がっている。これは、スーパーでは仕入れ価格にあわせた値段で売っても、割高感から客が買ってくれないため、実際には特売や値下げなどをして販売しているためで、物価の上昇に国民の消費意欲が追いついていない実態が浮かび上がる。経済活動が停滞するのに、物価が上昇する「スタグフレーション」が始まっているという指摘もあり、将来の深刻な状況を想定して適切な対応策を講じなくてはならない。

スタグフレーションに陥った場合の対策は、企業活動の効率化や生産性の向上が大前提となる。そうした観点からの政策を打ち出せる政治家かどうか。こうした経済情勢について冷静に分析している候補者をしっかり選びたい。与党の場合、成果ばかりを強調する候補者にはこのあたりを突っ込んで聞いてみたい。野党の場合は、具体的な解決策に言及しているか確認して欲しい。

地獄への道は善意で舗装されている

地獄への道は善意で舗装されている——。これは、有名な欧州の古いことわざで、善かれと思ってしていることが、かえって最悪の結果をもたらすこともある。私たちがそうした道を歩むことがないよう、やはりここは「どの道」を選ぶのか慎重に判断したい。

ぜひ、投票にいって欲しい。そして投票に行くまでの間に、それぞれの最良の術を考えだして欲しい。それが国民である私たちの責任なのだから。


Photo by Les ChatfieldCC BY 2.0

著者プロフィール

堀潤
ほり・じゅん

ジャーナリスト

1977年生まれ。2001年にNHK入局。「ニュースウオッチ9」リポーターとして主に事件・事故・災害現場の取材を担当。10年、経済ニュース番組「Bizスポ」キャスター。12年より、アメリカ・ロサンゼルスにあるUCLAで客員研究員。日米の原発メルトダウン事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作。13年よりフリーランス。NPO法人「8bitNews」代表。淑徳大学客員教授。TOKYO MX「モーニングCROSS」、J-WAVE「JAM THE WORLD」、毎日新聞連載「堀潤のソーシャルメディア日記」、VERY連載「区切りなき支援のカタチ」。

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