ポリタス

  • 視点
  • illustrated by トヨクラタケル

【総選挙2014】棄権する有権者は、部下の指導を放棄する無責任上司だ

  • 藻谷浩介 (地域エコノミスト)
  • 2014年12月14日


© iStock.com

筆者は一応、法学部の卒業生なのだが、足元の政治の流れを見分ける力も、その先行きを予見する力も、さっぱり持ち合わせていない。経済については、そんじょそこらの学識経験者よりはよほど、言ったことの的中率は高いと自負している。しかし政治となると、ここで総選挙を行う理由からしてよくわからない。誰が勝っても来年の経済運営は困難であって、薄氷を踏むような場面に直面することだろう。

そんな筆者が、政治についてわかっているのはただ一つだけだ。日本の政治をおかしくする元凶があるとすれば、それは議員でも首相でもそのブレーンでもなく、選挙に行かない連中であるということである。

「誰も応援したくないので選挙に行きませんでした」というような行動は「誰でもいい、誰かの投票で勝った候補に、私もついて行きます」という主体性ゼロの態度

よく耳にする「誰に入れたらいいかわからないから選挙に行かない」というのも不勉強で幼稚な話だが、「政治は信じられないので行かない」「入れたい人がいないから行かない」とかいうことになると、さらに論外だろう。投票しないということは(白票を入れるのでも同じだが)、「その選挙区で結果として勝った候補者に、自分も一票を入れました」ということと一切まったく同じことだからだ。「誰も応援したくないので選挙に行きませんでした」というような行動は、「誰でもいい、誰かの投票で勝った候補に、私もついて行きます」という主体性ゼロの態度と、なんら違いがない。時にマスコミ人だの文化人気取りの人間だのにそういう輩を見つけると、彼らこそが自覚なき諸悪の根源であると強く思う。

あなたの棄権も白票も、当選した人間にとっては好都合なだけで、抗議にも無視にもなっていない

棄権も白票も同じだが、その選挙区で結果として勝った候補者にとっては一切まったくダメージとはならないことを、しっかり認識して欲しい。あなたの棄権も白票も、当選した人間にとっては好都合なだけで、抗議にも無視にもなっていない。逆に、その選挙区で落ちた対立候補にとっては、あなたに入れてもらえなかったことは大ダメージである

たまたま当選した候補者があなたの通したい人や、応援したい政党の所属であったのであれば、入れなくても結果は同じだったではないかと言われそうだが、それならそれで一票を入れて意思を明確に示すのが民主主義国の住人のマナーというものだ。逆に当選した候補者があなたの通したい人ではなかった、応援したい政党の所属ではなかったとするなら、なぜ投票に行って対立候補に入れなかったのか? 対立候補に入れないこと自体が、自分が支持してもいない候補や政党を応援するような無責任なマネであることに、なぜ気付かないのだろうか?

選挙は部下への指導に似ている

「いや自分は、当選する候補もその対立候補も、それぞれのバックにある政党も支持していない。だから責任ある大人としてどちらにも入れるわけにはいかないのだ」という人がいるかもしれない。そういう方には、「選挙は部下への指導に似ている」ということを申し上げたい。あなたが上司、候補者や政党が部下だ。

仮にあなたに部下が数名いて、そのいずれもどうにも評価できない連中だとしよう。「評価できないから、指導もせずに放置する」というのが責任ある上司の態度だろうか。評価できずともその部下を使って仕事をするしかないのだから、何とか指導教育を施すしかない。うまいやり方は、誰かをつぶすことなくお互いを競わせて、うまくバランスを取りつつほめたり叱ったりしながら、それぞれに努力させることだろう。誰かにやらせてうまく行かないときに備えて、すぐに取り替えられる代わりも育てておかねばならない。一人を可愛がり続けて無責任に全権を丸投げするなどということは、今ひとつ評価できない連中相手に決してやってはならない。

以上の話を選挙に置き換える。選挙に出てきた候補者数名や、その所属する政党が、どうにも評価できない連中だとしよう。「評価できないから、投票もせずに放置する」というのが責任ある有権者の態度だろうか。評価できずともその中の誰かに政治をさせて、どれかの政党に政権を担当させて、税金の使い道を決めさせなくてはならないのだから、何とか指導教育を施すしかない。うまいやり方は、折々の情勢に応じて入れる候補や政党を変えながら、通る候補、政権を担当する政党には僅差の勝利をさせることで、当選後も緊張感を持って努力をさせることだろう。誰かにやらせてうまく行かないときに備え、すぐに取り替えられる代わり(=政権担当能力のある野党)も育てておかねばならない。特定の誰かや政党に全権を丸投げするなどということは、上司として無責任だ。連中があなたからみて今ひとつ評価できない候補者や政党なのであれば、そんなことは決してやってはならない。これが責任ある大人の態度というものだ

以上のような理屈を理解せず、ここで投票に行かないような有権者は、人生のどこかで手痛いしっぺ返しを喰らうことになるだろう。昔なら「天罰が下る」というところだ。

そういう人たちであっても、中華人民共和国北朝鮮のような自由な選挙のない国では、模範的な国民として歓迎されるかもしれない。神様だの仏様だのお天道様だのを怒らせる前に、そちらに移住されてはどうだろうか。さもなくば、どうか投票に行っていただきたい。そうしないと、日本経済に天罰が下る日も、そう遠くない気がするのである。

著者プロフィール

藻谷浩介
もたに・こうすけ

地域エコノミスト

山口県生まれの50歳。平成合併前3,200市町村のすべて、海外70ヶ国をほぼ私費で訪問し、地域特性を多面的に把握。2000年頃より、地域振興や人口成熟問題に関し精力的に研究・著作・講演を行う。2012年より現職。近著にデフレの正体、第七回新書大賞を受賞した里山資本主義(共に角川Oneテーマ21)、金融緩和の罠(集英社新書)、しなやかな日本列島のつくりかた(新潮社、7名の方との対談集)。【写真:薈田純一】

広告