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今回の選挙では財政再建が問題になっていなかった。すべての政党が消費税の先延ばしと福祉の充実を唱えていたから財政再建を問題にしなかったと言われている。財政政策だけでなく金融政策も争点にならなかった。「大胆な金融緩和で円安になり、困っている人がいる」と野党は攻めたが、「では円高に戻ったら良いのか」と与党に切り返されると答えられなくなった。それに、困っている人には補助金を配ると言っているのだから、野党はなおさら攻めあぐむ。
エコノミストとしては円安補助金を配ることに疑問もあるが、円安で景気が良くなって自然増収が上がった分のごく一部を配るだけだから、財政赤字を拡大する訳ではない。政治的にも財政的にも合理的な方策だ。
なぜ財政再建が必要かというと長い議論になって、経済学者の間でも合意がない。おそらく合意が得られるのは、所得に対する債務の比率が無限に膨らむのは良くないということだけだろう。日本の場合で言えば、現在、政府の債務残高は約1000兆円、日本の名目GDPは約500兆円である。年収500万円の人が1000万円の借金を抱えていたら厳しいが、返せないというまででもない。だが、1000万円が5000万円になっても大丈夫という訳にもいかない。その意味で、財政再建は必要だ。
私も財政再建が必要だと思うが、その際には正しい概念と正しい指標を用いて議論すべきだとまず言いたい。
まず正しい指標を使うべきだ
日本では正しい指標で議論していない。よく使われる財政赤字の数字は、一般会計歳出と歳入の差、45.9兆円である(以下、いずれも2014年度の見込み値)。しかし、その歳出には債務の返済、国債償還費が入っている。いわば、住宅ローンを繰り上げ返済したら家計の債務状況が悪化するという指標を用いていることになる。財政再建について議論するには、45.9兆円ではなくて、歳出から債務の返済を引いた純歳出と歳入の差、純歳出歳入差額32.8兆円という数字を使うべきである。
図は、歳出、歳入、純歳出、純歳出歳入差額、公債残高の対名目GDP比などを示したものである。国債償還費が毎年10兆円余りあるので、純歳出歳入差額は通常の財政赤字より、その分だけ小さくなっている。
次に、大事なのは債務と所得の比、すなわち、債務残高の対名目GDP比であるということだ。この比が減少していれば、財政再建できたと言える。では、毎年の財政赤字と債務残高と名目GDPの関係はどうなっているだろうか。簡単な微分を使うと、
債務残高の対名目GDP比の上昇率=債務残高の上昇率-名目GDPの上昇率
となる。
債務残高は毎年、純歳出歳入差額だけ増えていく訳だから、
債務残高の上昇率=純歳出歳入差額÷債務残高
となる。
債務残高にはいろいろな数字があって分かりにくいが、1000兆円としておこう(図の公債残高では780兆円だが、財務省HP国債及び借入金現在高14年9月末では1039兆円)。純歳出歳入差額は32.8兆円であるから、この数字を維持すると毎年3.28%だけ増えていくことになる。
一方、名目GDPの上昇率は安倍政権になってからの2013年度、14年度はそれぞれプラス1.9%と1.5%(予測)であるが、その前の5年間でプラスの年度は1度しかなかった。08年度はリーマンショックの影響でマイナス4.6%だった。名目GDPの効果だけで、債務残高の対名目GDP比は4.6%ポイントも上昇してしまったのである。財政再建への道のりは遠い。
デフレ脱却が財政再建に必要だ
デフレから脱却して、名目GDPが3%で成長するようになれば、
債務残高の対名目GDP比の上昇率=債務残高の上昇率(3.28%)-名目GDPの上昇率(3%)=0.28%
となる。
要するに、名目GDPが3%で成長すれば、純歳出歳入差額を32.8兆円から30兆円に減らすだけで財政再建できることになる。景気回復でこのところ毎年1~2兆円の自然増収があるので、これは十分に達成可能な目標である。要するに、デフレから脱却することが財政再建のためにも必要だということになる。
微分を信じられないという方のために数値例を書いておこう。債務残高が1000兆円、純歳出歳入差額が30兆円、名目GDPが500兆円、名目GDPの増加額がGDPの3%で15兆円であるとしよう。前年末の債務残高対名目GDP比率は1000÷500=200%である。本年末の債務残高対名目GDP比率は(1000+30)÷(500+15)=200%と変わらない。純歳出歳入差額が30兆円より少しでも小さくなれば、財政再建ができることになる。
財政再建が選挙の争点にならなかったのは、誤った指標を用いたがゆえに、多くの政党が達成不可能と考えたからだろう。しかし、これは達成可能な目標なのである
財政再建が選挙の争点にならなかったのは、誤った指標を用いたがゆえに、多くの政党が達成不可能と考えたからだろう。しかし、これは達成可能な目標なのである。これは争点とすべきだった。
これを争点とした上で、次に、高齢化する日本で社会保障の拡大を抑えることを争点にしていただきたい。現在、65歳以上の高齢者一人当たりの社会保障支出は年間253万円である。一方、働く人の平均給与は年409万円にすぎない。2040年、65歳以上の人が人口の40%に近づくとき、現行の社会保障制度を維持することが不可能だと直感的に理解できるだろう。消費税の最高限度は20%だろうから、それから逆算して、社会保障支出を維持可能な水準に引き下げるしかない。それは、当面の財政再建よりもずっと大きな問題だ。