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  • 論点

「選択的夫婦別姓」がやっと国政選挙の争点となった日本

  • 深澤真紀 (獨協大学特任教授・コラムニスト)
  • 2019年7月20日

2019年6月30日「ニコニコ動画」で行われた党首討論で、立憲民主党の枝野幸男代表が選択的夫婦別姓制度の必要性を安倍晋三首相に質問すると「夫婦別姓の問題ではなく、しっかりと経済を活性化させる」「(夫婦別姓は)経済成長と関わりがない」と答え、メディアやネット上で批判の声があがった。

7月3日には日本記者クラブ主催の党首討論で、挙手を求められた質問の中で「選択的夫婦別姓を認める」について、安倍首相のみ挙手をしなかった(公明党の山口那津男代表は挙手をした。同性婚については、安倍首相と山口代表が挙手をしなかった)。

安倍首相は、挙手をさせることについて「印象操作だ」と抗議したが、それほど数日前の「夫婦別姓は経済成長と関わりがない」という発言への反発が大きかったとも言える。


Photo by Bundesministerium für Europa, Integration und Äußeres (CC BY 2.0)

若い世代を中心に男性からも、夫婦別姓や同性婚への支持は広がっている

2018年に発表された内閣府の調査では、選択的夫婦別姓制度の導入に向けた法改正に賛成する人は42.5%もおり、反対の29.3%を上回ったという背景も大きいだろう。若い世代を中心に男性からも、夫婦別姓や同性婚への支持は広がっているのだ。

「選択的夫婦別姓」が日本の国政選挙で争点になったことに対して、学生時代から30年以上夫婦別姓運動に関わってきた当事者でもある私は、「遅すぎる」けれど、「争点になるだけよかった」、でも「結局選挙後には進まないのではないか」とも思ってしまっている。

 こういった多様性をめぐる問題では、往々にして「日本は遅れている」といわれがちなのだが、この数十年、当事者は声を上げ続けてきたのだ。「それでも今度こそ変わる」と信じて、選択的夫婦別姓を望み続けてきた当事者の一人として、その歴史について紹介していこう。

明治時代には「夫婦別姓」だった日本

日本の保守派が夫婦同姓にこだわるのは、それが「日本の家族や戸籍制度の解体」につながると考えているからだ。

そもそも「戸籍」という制度は、ほぼ日本だけに残る制度で、「戸」が家族をあらわし、国民を家族ごとに管理する、明治時代から戦前までの大日本帝国憲法と旧民法にもとづくシステムだ。


Image by 葛西虎次郎 / trialsanderrors (CC BY 2.0)

しかし戦後の「個人」を尊重する日本国憲法と新民法では、住民基本台帳(住民票をとりまとめたもの)があれば管理できるし、今では個人にマイナンバーまであるのに、戸籍制度と三本立ての運用は、煩雑なだけだろう。諸外国でも個人だけ管理する国が多く、家族で管理する制度の国は少ない。

現在の婚姻ではどちらの「姓」を選んでもかまわない。しかし、日本では95%以上の女性が改姓しているといわれる。

男性が姓を変える場合も、必ずしも「婿養子」になったわけではない。妻方の親と養子縁組をしてはじめて「婿養子」になるのである。妻が夫方の親と養子縁組する「嫁の養子縁組」もある。

また日本では芸能メディアを中心に、婚姻届を出すことを「入籍」ということが多いが、それも原則的に間違いだ。旧民法では、妻が夫の家族の戸籍に入籍していたのだが、新民法では、婚姻時には男性も女性もそれまでの親の戸籍から抜けて、「戸籍編製」といって新しい戸籍を作る。だから「入籍」というより、「作籍」とか「創籍」という方が正確な表現に近いのだ。


Photo by ajari (CC BY 2.0)

そもそも夫婦同姓自体が、「日本の伝統」というわけではない。日本の歴史では、年齢や状況によって姓や名前を変えたり、通称を使うのは当たり前だったし、武家社会では夫婦別姓も多かった。

1875(明治8)年に、平民に対して「氏の使用が義務化」(法的には、「姓」ではなく「氏」が使われる)されたあと、1876(明治9)年には「妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)」と、当初は「夫婦別姓」制度だったのだ。

それが1898(明治31)年に旧民法が成立し、西洋の家制度と同姓制度を参考に、「夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)」となっただけなのだ。(法務省「我が国における氏の制度の変遷」)

「入籍」「嫁入り」「婿取り」などの旧民法での用語を今でも使い続けることで、「戸籍が汚れる」などと、窮屈な家制度に縛られてしまっているのだ。

そもそも家制度や戸籍を重視した旧民法は、明治後半から戦後までの50年程度しか運用されておらず、それ以前の日本では、古代であれば「通い婚」や「女系家族」などさまざまな家族制度があり、戦前の家制度や家族像もその一つでしかない。

家族は歴史のなかで多様に変化してきたもので、歴史的に一貫した「伝統的な日本の家族」などというものはないのだ

家族は歴史のなかで多様に変化してきたもので、歴史的に一貫した「伝統的な日本の家族」などというものはないのだ。

しかし、戦前の家制度をありがたがるあまり、日本が明治時代に家制度や同姓制度を参考にした西洋では、家制度も変化し、同姓強制もなくなっているというのに、家族が時代に即して変化することを許せない人々がいるのだ。

離婚時には、旧姓に戻さなければいけなかった

1947年に新民法ができたころから選択的夫婦別姓については議論されているのだが、婚姻と姓をめぐっては、離婚すると旧姓にしか戻せない「離婚復氏」制度についても問題視された。

婚姻によって姓が変わる側(日本では多くの場合は女性だ)にとっては、離婚後の姓も大きな問題になるが、戦後の新民法では、離婚した場合は旧姓に戻るのが原則だった。

ここには「離婚したらこの家の嫁ではないから、我が家の姓は使わせない」という、戦前の家制度が残っていたのだ。

しかし仕事で婚姻時の姓を使っていたり、子どもの姓を変えたくない、離婚したことを関係ない人にまで知られたくないなど、旧姓に戻したくない女性も少なくなかった。

そこで女性国会議員を中心に運動が起こり、離婚しても婚姻時の姓を使えるように、1976(昭和51)年に民法が改正され、「婚氏続称」が可能となったのだ

婚姻であれ、離婚であれ、改姓しなければいけないというシステムは負担も大きく、プライバシーの問題もある

婚姻であれ、離婚であれ、改姓しなければいけないというシステムは負担も大きく、プライバシーの問題もある。もちろん望んで改姓する人もいるだろう。そうではない人も少なくないということだ。


Photo by tigerpuppala_2 (CC BY 2.0)

仕事で旧姓使用もできなかった

さて1980年代までは夫婦別姓どころか、仕事で旧姓使用することすら多くの職場で許されず、世間でも受け入れられていなかった。そのため、女性アナウンサーや女性芸能人でも、婚姻したら夫の姓で活動する人が多かったし、離婚してまた旧姓に戻すこともあった。

論文を執筆する研究者も、姓の変更によってキャリアが分断されてしまうため、1988年には関口礼子元図書館情報大学教授が、旧姓使用を求めて勤務する大学を提訴したが一審では敗訴、1998年の控訴審で和解して、旧姓使用が認められるようになっている。

その後も、旧姓使用や夫婦別姓を求める訴訟が各地で起こったこともあり、法務省は1996年(自民党橋本龍太郎総理大臣)と、2010年(民主党菅直人総理大臣)に選択的夫婦別姓を導入する法改正案を提言したが、いずれも国会提出に至らなかった

当時民主党は政策として「夫婦別姓の早期実現」とうたっていたのだが、連立政権を組んだ国民新党の反対や、党内の保守派からも異論があって法案提出に至らなかった。2010年でもまだそんな状況だったのだ。このときは当事者の一人として、本当に残念だった。

外国人との婚姻では夫婦別姓が認められるのに

国連で1979年に採択された「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(日本も批准しており、この条約をもとに1986年に男女雇用機会均等法が施行された)では、選択的夫婦別姓の導入がうたわれているので、国連は2000年代に数度に分けて、日本の夫婦同姓を「差別的な規定」と批判している。

世界でも夫婦同姓を強制されるのは、今ではほぼ日本だけ

世界でも夫婦同姓を強制されるのは、今ではほぼ日本だけになっている(なお中国や韓国では妻を同じ姓にしないために夫婦別姓が強制されていたが、夫婦同姓が選択できるよう見直しが図られている)。

その後、2013年に提訴された夫婦別姓訴訟では、2015年の最高裁大法廷で「夫婦同姓は合憲」と判断されたが、一方で選択的夫婦別姓を「合理性がないと断ずるものではない。国会で論じられるべきだ」として、立法府である国会に対応を委ねた。

そのため、2018年には立憲民主党など野党が、選択的夫婦別姓導入のための民法改正案を衆院に共同提出したが、与党は審議に応じなかったのだ。

さらに2018年、婚姻時に自分が改姓したサイボウズの青野慶久社長は、夫婦別姓訴訟を起こし、「日本人と外国人が婚姻・離婚する時や、日本人同士が離婚する時は、同姓にするか別姓にするかを選ぶことができる。ところが、日本人同士の婚姻のみそれを認める規定がない」と主張した。

2019年に一審で棄却されてしまったが、「外国人と婚姻したら夫婦別姓が可能なのに、なぜ日本人同士ではできないのか」という青野社長の主張は納得できるものだろう。


Photo by Melanie M (CC BY 2.0)

夫婦同姓も、旧姓使用も、夫婦別姓も、それぞれ選べる方がいい

一方で、「旧姓を使いたい」という女性の要請は無視できないことから、2006年に旧姓での活動実績などを証明できればパスポートでの旧姓併記が認められ、今年からは住民票やマイナンバーカードが旧姓併記が可能になり、運転免許証や健康保険証についても検討中だ。

婚姻で改姓はしたいが、仕事では旧姓を使用したい人にとっては、歓迎すべき動きだろう。そしてそれ以外にも、婚姻での改姓自体をしたくない、できない人もいるということだ。

生まれてきた子どもの姓については、婚姻時に取り決めをしてもいいし、生まれてから考えてもいい。これまでの制度でも、娘が結婚して改姓したからといって、自分の親との関係がなくなったわけではないだろう。家族を結ぶのは「同姓」ではないはずだ。

「選択的」夫婦別姓なので、すべての人に別姓を強制するものではなく、夫婦同姓も夫婦別姓も旧姓使用も、それぞれの事情で選べるようにしたいというだけだ。

そもそも夫婦別姓に反対する人たちは、「夫婦別姓なんて、リベラルやフェミニストや"反日"のやることだ」と思いがちである。

一人っ子のために実家の姓や墓を守りたいという女性など、さまざまな事情の人たちが夫婦同姓の強制に困っている

しかし一人っ子のために、実家の姓や墓を守りたいという女性など、さまざまな事情の人たちが夫婦同姓の強制に困っているのだ。自民党や保守派でも、旧姓使用する女性議員が多いし、夫婦別姓を支持する女性議員も少なくない。

多様性を重視する夫婦別姓や同性婚は選挙の争点として弱すぎる、そんな小さなテーマにこだわるからリベラル勢には説得力がない、経済や外交こそが重要なテーマだ、と言われることは多い。

多様性が認められることが、経済発展の阻害要因になるとは思えない(むしろ逆だろう)。

そもそも婚姻で改姓しなければいけないことに、同性同士で婚姻できないことに、何十年も切実に困っている人がいるのだ。しかもそれが実現することで、思想的にはともかく、物理的に困る人や迷惑を被る人などまずいないだろう。

多様性も経済発展も、両方とも求める社会のために、今回の選挙での一票を投じたい。

著者プロフィール

深澤真紀
ふかさわ・まき

獨協大学特任教授・コラムニスト

1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。在学中に女子学生のためのミニコミ「私たちの就職手帖」副編集長をつとめる。社会科学系、サブカル系、IT系、生活系など複数の出版社で編集者をつとめ、1998年、企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役社長に就任。

ポリタス【総選挙2014】では「多様な女性政治家が誕生するために、『女性代表』を求めなくていい」、【参院選2016】では「憲法24条を『女だけの問題』にしてはいけない」を執筆。

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