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  • 論点

東日本大震災の復興と近未来への備え

  • 塩崎賢明 (立命館大学政策科学部教授、神戸大学名誉教授)
  • 2015年3月14日

東日本大震災から4年が経つ。日々のテレビや新聞では震災が様々に取り上げられ、人々をあの日に連れ戻す。亡くなった人を偲び、命の大切さを改めて認識させられる。しかし、大概のマスコミは節目の時期にこそ大きく取り上げるが、すぐに日常に戻り、徐々に震災は遠のいていく。

追悼や鎮魂や、命の大切さの強調は大事だと思うが、しかし、同時に重要なことは生き延びた人々の生活再建であり、また近い将来襲ってくるより強大な災害への備えである。それは、3.11で犠牲となった人々が望んでいることでもあるだろうし、追悼や鎮魂を具体的な形にする道でもある。

減災――震災の被害をおさえる

この国では地震はいつどこで起きてもおかしくない。そしてそれを止めることはできない。我々にできるのは被害を最小限に抑えることである。それを「減災」というが、そのためには、災害の前後の3段階で被害をくいとめなければならない。

1は地震が発生する前の予防対策である。地震で壊れないように建物や道路・橋・トンネルなどの耐震化を行い、津波にそなえて防潮堤をつくる、消火設備をそなえる、また、避難訓練、消火訓練をおこなうといったことである。各家庭での家具転倒防止策なども大事だ。通常、「防災」として強調されるのはこの事前予防対策である。国はこの面で、従来から大規模な公共事業を行ってきているが、3.11以後、より大きな危機に直面するということから、現在「国土強靭化」としてさらに巨額の事業を行おうとしている。

【撮影:初沢亜利】

2は地震が発生した直後の緊急対応である。地震・火事・津波から避難する、がれきに埋もれた人を救い出す、けが人の治療をする、火事を消し止めるなど救急救命の活動である。通常、72時間が勝負といわれるこの瞬間には、消防・警察・自衛隊などプロ集団の力が重要であるが、大多数の人が助かるためには個々人の判断能力や隣近所の相互扶助によるところが大きい。日頃の避難・消火訓練の成果がこの時発揮される。

【撮影:初沢亜利】

そして第3に、災害が一段落したあとの復旧・復興の段階でも、被害を抑えることが大切である。復旧・復興の時期に被害を抑えるというと、奇異に感じる人もいるかもしれない。しかし、それが重要なのである。

通常、災害に関しての報道や「防災」というテーマで話される内容は、ほとんどが第1の事前予防と第2の緊急対応のことであり、復興のことは話題にならない。しかし、実は復興の段階でもさまざまな被害が発生する。もっともわかりやすいのが、いわゆる「関連死」である。地震後の避難途中で亡くなったり、震災前に受けていた治療や介護が受けられずになくなったりする人がいる。東日本大震災ではすでに3194に上っている 。仮設住宅や復興住宅に入ったものの、生活が孤立化し、人知れず亡くなる「孤独死」もある。阪神・淡路大震災ではこの19年間に1097が亡くなっている 。営業の再開や生活再建ができずに自殺する人もいる。

【撮影:初沢亜利】

阪神・淡路大震災の「復興災害」

阪神・淡路大震災から20年が経つが、その被災地でいまも復興災害が続いている。復興公営住宅では、毎年50人ほどの人が孤独死で亡くなっている。これは、復興公営住宅を、以前住んでいたまちから離れた場所につくり、抽選でバラバラに入居した結果、コミュニティがこわれ、孤独な生活に陥った人が多いことが遠因となっている。復興まちづくりの一環として、新長田駅前では巨大な再開発が行われ、いまなお事業中であるが、完成した再開発ビルはシャッター通りとなり、商業者が苦しい営業を強いられている。復興の借上げ公営住宅に入居した被災者は、20年の借り上げ期間が満期になったからといって、80歳を過ぎて転居を迫られ、途方にくれている。

こうした被害は、地震そのものによる自然災害ではなく、社会の仕組みがもたらす人災である。瓦礫の下敷きになり、津波に呑み込まれれば、金持ちでも貧乏人でも助からないが、これらの被害はそうではない。復興施策のあり方しだいで被害がうまれ、とりわけ弱者に対して強く現れる。このような復興過程でもたらされる被害を私は「復興災害」と呼んでいる。関連死や孤独死だけでなく、家庭崩壊、商店街や地域社会の衰退など、被災者のニーズにあわない復興施策がもたらす復興災害には様々なものがある。阪神・淡路大震災の復興事業には16.3兆円が投じられたが、その資金の大半は神戸空港の建設や地下鉄建設などのハコモノ事業に投じられた という事実もある。しかもそれらの施設も、今では赤字で苦しんでおり(神戸空港は2015年1月のスカイマークの経営破綻により、一層経営環境が厳しくなった。また、神戸地下鉄海岸線は開業以来10年連続で赤字を計上。累積赤字は778億円に及んでいる)、これ自身「復興災害」の一類型と言えるかもしれない。

東日本の復興――住まいとまちづくり

東日本大震災の被災地では、いま、仮設住宅から恒久住宅――終の棲家への移行が本格化する時期にあり、様々な課題が浮かび上がっている。

もっとも目が注がれているのが、復興公営住宅の建設である。現時点では、計画戸数の2割弱しか完成しておらず、復興の遅れが叫ばれている。じっさい遅れているのであるが、だからといって、急がせればいいというものでもない。阪神・淡路大震災の経験からすれば、ハコモノが完成でことが終わるわけではなく、問題はそこでの生活がどのようなものになるかということだ。東北の地域や被災者の生活実態に見合ったものをつくらなければ、より困難な問題を抱えることになる。被災者ニーズに沿うという意味では、いろいろ制約のある公営住宅に流れるよりは、自力で住まいを再建できる人を増やすように支援策を大幅に充実させるべきだ。トータルにみれば、そのほうが費用は少なくて済むし、役所の管理業務なども減らすことができる。

【撮影:初沢亜利】

東日本の復興で難しいのは、元のまち、元の土地で再建ができないことだ。原発被災地域は言うまでもなく、戻れるかどうかが見通せない 。津波地域も、次の津波を考慮して高台や内陸への移転事業が進められている。しかし、その事業自身が、計画内容への賛否、合意形成といったことから、自分自身の住宅再建の可能性、移転後仕事の確保など様々な問題を抱えて難航している。資材や人材の確保難で工事の遅れもある。すでに多くのところで事業に突入しているから、後戻りはむつかしいが、国からの交付金で進められる大規模な移転や盛土、巨大な防潮堤などは、それが完成した後にどういうまちになり、どういう生活が展開されるのか、不安が拭えない。今からでも修正可能なところは、極力、身の丈にあった事業にして、人口減少・高齢化の中でも、まちが活性化する方策に力を注ぐことが必要ではないか。

驚きのイタリアの仮設住宅

終の棲家の確保の時期とはいえ、仮設住宅はまだ数年は続く。そこでの安定した生活の確保や仮設住宅の撤去・集約化は、当面の重要な課題である。この段階で「復興災害」を発生させてはならない。

今年の1月にイタリアで2009年の地震と2012年の地震の被災地を訪れた。そこで見た仮設住宅には度肝を抜かれた。新築のマンションと見まがうような2LDK 60平米の広々とした住宅に老夫婦が住んでいる。電化製品や調理器、ベッドやソファ、食器にいたるまで備え付けである。日本のようなプレハブ長屋の仮設住宅もあるが、やはり60平米で3LDK。しかも隣棟間隔が広く、前庭が付いており、犬を飼い、バーベキューをするスペースになっている。それでも被災者は決して満足しているわけではなく、早く元の生活に戻りたいと言う。日本の被災者のなんと慎ましく、健気なことかと複雑な気持ちになった。はっきりしていることは、災害に遭っても生活のレベルはきちんと確保しなければいけないということが、彼らの「常識」ということだ。

イタリアの仮設住宅(ラクイラ市、20151月)【撮影:塩崎賢明】

イタリアの仮設住宅(ラクイラ市、20151月)【撮影:塩崎賢明】

イタリアにはProtezione Civile (市民安全省)という組織が1990年代からある。そこは、災害時に消防・警察・軍隊を統括して事態に当たり、また避難所や仮設住宅の基準も作っている。60平米の仮設住宅はそれに基づいているのである。

日本は「災害大国」で災害の経験も多いから、仮設住宅も先進的かと思っていたのは、まったく間違いである。必ずしも経済大国とは思えない国で、こういう水準を実現しているのを見ると、25兆円もの巨費を投じている日本の災害復興 は、どこかがおかしいとしか思えない。

復興法制度と「防災・復興省」を

30年以内に南海トラフ巨大地震がくる確率は6070と言われている。甚大な被害が予想されているが、それを半分に抑えることが国の政策である。仮にそれに成功したとしても、半分の犠牲が出る。しかもその後に、東北以上の復興の課題がのしかかってくる。しかし、復興は災害対策の中に位置づけられておらず、現行法ではほとんどまともな法制度がない。戦争よりも確実にやってくる国家的国民的危機に対して、それに対する備えがないのは、まさに異常である。一刻も早く、災害復興法制を整備し、「防災・復興省」といった常設の機関を作り、過去の経験を系統的に蓄積し、復興に備えなければならない。

著者プロフィール

塩崎賢明
しおざき・よしみつ

立命館大学政策科学部教授、神戸大学名誉教授

●略歴 京都大学大学院博士課程単位取得退学、工学博士 神戸大学工学部助手、助教授、教授をへて 2012年より立命館大学教授 ●活動 災害復興学会理事 日本住宅会議理事長 兵庫県震災復興研究センター共同代表理事 阪神淡路まちづくり支援機構共同代表委員 大船渡市復興計画推進員会委員長 ●著書など 「住宅復興とコミュニティ」(日本経済評論社、2009年) 「復興災害」(岩波新書、2014年)ほか 2007年日本建築学会賞(論文賞)

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