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【沖縄県知事選】「分断」され「沈黙」せざるを得なかった人々が語ることのできる「選挙後」に――

  • 藤井誠二 (ノンフィクションライター)
  • 2014年11月16日

元琉球朝日放送の三上智恵氏がつくったドキュメンタリー映画『標的の村』には、私にとって忘れがたいシーンがいくつもある。例えば、高江ヘリパッド建設に反対して座り込む人々と、それを排除しようとする沖縄県警の若い警察官たちが対立するシーンで、いつまで私たちウチナンチュ同士で対立を続けるのかと叫ぶ女性の姿だ。もういいかげんにやめようという悲憤が漲った言葉は、言葉を投げかけられた側の警察官たちにもちろん聞こえているはずだ。警察官たる彼らは座り込む人々をごぼう抜きしていくのが職務であるのは当然なのだが、彼らの心中はどういったものなのだろうかと私は思った。彼らはロボットではない。感情のある人間だ。

あるいは、工事を強行しようとして地元の建設業者が、妨害のために座り込む若者にむかって、ヤマントンチュは関係ないから帰れという意味の言葉を言い放つシーンも強烈な印象を残した。座り込む若い男性は「内地」から運動の応援に来ているのか、移住してきたのかはわからないが、怒鳴りつけた建設業者の言葉には、沖縄の苦悩がヤマトから来たオマエにわかるはずがないという憎しみと諦めが入り交じっているように私には聞こえた。先の大戦の唯一の地上戦で多大な犠牲者を出し、アメリカの占領下に長年置かれ、いまも米軍基地を押しつけられている沖縄では、県民がアメリカや日本政府の施策によっていろいろなかたちで「分断」され続けている。そのことをどれほどわかっているのかという苛立ちのようにも聞こえてしまった。

私は沖縄と「内地」を往復する生活をかれこれ7〜8年続けている。那覇市内に仕事場をこしらえて「半移住者」的な生活をしながら、沖縄のあちこちへ人に会いに行ったり、現場を見に行ったり、公文書館で資料を漁ったりという日々を送ってきた。そうした生活の中で、さきのようなヤマト=内地に対する「苛立ち」に遭遇することは決してめずらしくない。「沖縄人」か「非沖縄人」かという「血」で分けたがる傾向には閉口してしまう時もあるが、「苛立ち」の根っこはそうとうに深く、複雑に絡み合っていることは否が応でも伝わってくる。

あるテレビ番組の取材で、めったにマスコミに顔を出さない名護市辺野古区選出の名護市議会議員にインタビューした。彼は以前から熱心な移設賛成派で知られているが、普天間基地の辺野古移設が決まって以降、政府の北部振興政策と引き換えに米軍基地移設に動いている人々はむろん彼だけではなく、政界・経済界に一定数がいる。私は彼らとも会って意見を聞いた。

移設賛成派の一部には土木利権しかアタマにない人もいるのだろうが、構造はそんなに単純ではない。米軍基地の74%を引き受けている代償としての莫大な見返りの一部を北部振興に振り分け、地元を豊かにするという発想の背景には、深刻な沖縄北部地域の経済格差が背景にある。沖縄の「南北問題」だ。名護市だけをとってみても、中心部と周縁部ではインフラ整備の差も含め、さらに大きな格差が解決されないまま残されている。基地移設賛成派の目的はカネ儲けで、そのためには自然破壊も基地依存体質も仕方がないと思っている人々だと指弾することはたやすいかもしれないが、安易な二極化はするべきではないと私は思った。

彼らは政治的立場や経済人としての立場から行動しているが、そんな彼らを「投票」というかたちで支持する人々も地元には半数以上いる。そういった人々にも私は話を聞いたが、支持者の多くは経済格差の解消されることを願って、基地賛成派に一票を投じていた。一方、「基地移設賛成の議員に票は入れたけれど、ほんとうはシュワブを拡大してほしくない」という意見も少なくなかった。あるいは、普天間基地をなくすために泣く泣く受け入れるしかないと言う人もいた。振興に注ぎ込まれた莫大な補助金が有効に使われているかどうかわからないと指摘する人もいた。箱モノをつくってもそのランニングコストを自治体が維持できない問題もあるからだ。さらには生活実感として補助金の恩恵を受けている感じがしないという人もいた。米兵を客にしてきたある元飲食店関係者は、アメリカのとの共存が沖縄の歴史なのだから何とも思わないと言っていた。しかし、誰しもが表立って本音を語ることは嫌がった。彼らも普段は「沈黙」を選択している。

普天間基地の地権者は1500人近くいることはどれほど知られているだろうか。すでに亡くなった人も多い。あるいは後期高齢者となり、地権者の多くは自分の子供たちに返還後の土地利用については任せている。地権者二世たちの有志は宜野湾市役所の担当部署と連携して、何年も前から、普天間返還後の青地図を何度も描いてきており、私はそのプランを彼らの口から直接聞く機会を持ったことがある。

しかし、実現は辺野古移設か県外かどこに行くにせよ、それは普天間返還ありきの話である。もし返還がなければ普天間基地は固定化される可能性が高い。彼らは返還後の「新宜野湾市」を構想しながらも、政治に翻弄されるしかなく、賛成も反対も絶対に公では口にしない。移設賛成と言えば反対派から叩かれ、移設反対といえば先祖の土地をアメリカにとられたままで、世界一危険な基地を認めるのかと批判されるからだ。

いわゆる軍用地主のごく一部には軍用地代で高額番付にのるほど潤っている人も沖縄にはいるが、多くの地権者はそうではない。普天間で会った地権者二世たちは「地代で喰いやがって」と陰口を言われると肩身が狭い思いをするので、比較的、基地問題への関心が高くない南部のほうへ転居している人も少なくなかった。ここにも可視化されにくい「分断」と「沈黙」がある。とくに沖縄は血縁社会が色濃く残っているため、親戚縁者の中でもさまざまな政治的立場や職業があり、政治的な話題はこじれる火種になるので出さないようにしていると二世たちは口々に言った。それも一つの「分断」を深めない処世術なのだろうが、私には苦しそうに見えた。

私は市民運動や警察の集中的な摘発で消え去ってしまった、沖縄で戦後から続いてきた売買春街についての取材をこの数年続けてきたが、売買春街の歴史的背景には米兵から受け続けた夥しい数の性犯罪がある。なおかつそれらの多くは日米地位協定などにより、加害者の特定すらされず、とうぜん裁きも受けてこなかったケースで、そういった異常事態が戦後しばらく続いたのだった。そういった歴史や背景を取材してきたせいもあり、事程左様に沖縄と「日本」(国家)との関係においては、常に歪な「性犯罪」のにおいがつきまとっているように私には感じられてならないのだ。

2011年11月末、沖縄防衛施設局長が普天間基地の移設問題についての記者懇談会で、防衛相が辺野古移設への環境影響評価書の提出時期を明言していないことについて女性をレイプすることに例え、「犯す前に(これから)『やらせろ』とは言わない」などと発言して問題となったことを覚えているだろうか。記者懇談会はオフレコが前提とされるが、発言のあまりの下劣さを考えれば、すっぱ抜いた地元紙記者の判断は正しかった。

局長はただちに更迭されたが、一川保夫防衛相(当時)は参院東日本大震災復興特別委員会の、この一件に関する答弁の中で1995年の米海兵隊員らによる少女暴行事件について、「正確な中身を詳細には知ってはいない」と答えたのである。防衛相は、日本を二分するほどの米軍普天間飛行場返還運動の端緒となった事件に対してまともな知識を持たないまま、問題発言をした局長を更迭したことになる。

政府高官にしてこの品性のなさと知識レベルが、そのまま「内地」と沖縄の「距離」なのだと私は思う。私たちが沖縄の「一大事」をどこか遠く感じてしまう感覚とそれはおそらくつながっている。沖縄が半世紀以上にわたって煮え湯を飲まされるような現実を経験してきたのに、どこか遠い国の出来事を眺めるような感覚が私たちにはある。

歪な「性」のにおいと私は書いたが、普天間基地返還交渉のきっかけとなった1995年の米兵による小学生レイプ事件しかり、防衛庁幹部の発言しかり、言い換えるならば、沖縄はアメリカと「日本」にレイプをされ続けてきた、という言い方もできるということだ。辺野古基地の事実上の新設も、オスプレイ配備も、発生件数こそ減少したが今だに止むことがない米兵の犯罪も、沖縄には常に犯される側だった。

そういった沖縄の戦後に対する日本=ヤマトの態度が無数の「分断」と「沈黙」を生んだという状況認識は、ごく一部のネトウヨ的発想をする人々をのぞいて、沖縄の「保守」も「革新」も関係なく持っていると私は思う。「沖縄差別」という言い方を沖縄で聞くようになって久しいが、そういった憤怒が今回の「保守」も「革新」の壁も取っ払った県知事選に発展しているのだと思う。ほんらいであるならば国レベルで解決しなければならない「米軍基地」が争点になってしまっていることはナンセンスなのだが、その根底にはヤマト=日本へと向けられている怒りが横たわっているということを私たちは気付かねばならないと思う。

私たちは従来的な「保守」対「革新」という二極対立的な構図で、今回の知事選を見るべきではない。「経済」や「基地」をめぐっては、沖縄では戦後、さまざまな大小の内部対立が続いてきた。私が取材してきた沖縄の「売買春」街と沖縄の「戦後」との関係を見るだけでも、米軍基地の返還は誰しもが望んでいても、目の前の生きる糧を得るために、ときにはアメリカの機嫌を取る人々もいたし、徹底的に猛反発した人達もいた。それがときに「保守」対「革新」というふうに呼ばれて対立をし合ったが、その内実は政党名だけで分けられるほど単純ではない。

今回の知事選で大切なのは「選挙後」だと思う。辺野古問題は重大なイシューだが、「分断」の中で押し黙ってきた人達から、白黒をはっきりつけられないような複雑な意見が自由に吹き出してくる状況をつくりだしてほしい。とりわけ押し黙っている人達は若い世代も多い。大学や予備校でこの数年で多くの20代の意見を聞いてきたが、何をやっても沖縄の声は届かないという諦めが先にたつのと同時に、社会運動の敷居が高いと感じてしまっている傾向が顕著だった。これは沖縄の社会運動の継承がうまくなされなかったということでもあるし、言論空間が狭まってしまっていることでもある。これにはマスコミの果たす役割と責任も大きいが、まずは自由闊達な議論の空間を作り出していくことに、「保革」の壁を取り払った知事選がつながってほしいと切に私は思っている。

むろん知事選後は基地問題だけが待ち構えているわけではない。例えば県内の経済格差が日本一であるという問題は、若者を政治への関心を向けるためには早急に取り組む必要があるだろう。地元紙では大きく報道されていたが、県民の雇用が条件の補助金目当てに「内地」からブラック企業が参入して、全国の最低ランクの賃金しか支払われないことケースも後を絶たない。補助金や交付金が沖縄を潤すことなく、「内地」へと吸い取られていく構造は完全に倒錯している

知事選前に私が企画をした『これが沖縄の生きる道』(亜紀書房)という社会学者の宮台真司さんと、那覇在住のウチナンチュ二世の作家・仲村清司さんとの対談本を世に送り出すことができた。敬愛するふたりの先輩の議論は、沖縄の現状を昨年末に「転んだ」仲井真知事を裏切り者扱いする論調だけでは打開できない、という共通認識から出発しているスリリングな展開になった。そちらもぜひ読んでいただきたい。

著者プロフィール

藤井誠二
ふじい・せいじ

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。 『大学生からの取材学』、『アフター・ザ・クライム──犯罪被害者遺族が語る「事件後」のリアル』、『殺された側の論理』、『「壁」を越えていく力』、『体罰はなぜなくならないのか』など、著書・共著書多数。

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