ポリタス

  • 4章

市場経済における原子力発電

  • 八田達夫 (大阪大学 招聘教授)
  • 2015年6月24日

東日本大震災は、日本の電力体制が深刻な問題を抱えていることを明らかにした。

第1に、電力に関しては、市場の需給調整機能が働いていないことが明白になった。震災直後に計画停電が行われ、その後現在まで、夏には各地で電力需給が逼迫する状況になった。これによって、日本の電力体制には、需給逼迫時に需要を抑制する価格機能がないことが明らかになった。さらに、震災直後に、電力会社以外の発電所から大量に電力が供給されるということはなかった。そもそもネットワークの流れている電力のうち、電力会社以外が供給している電力は3.5%しかないからだ。


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第2に、原発の莫大な事故費用に対応する保険料相当の額を発電費用に加算すると、原発は他の電源に比べてかなり高いことが明らかになった。これまで安いと称して原発を使っていたのは、後の世代へ負担を先送りすることによって可能になっていたに過ぎない。すなわち、原発を使い続けるにしても、地震国日本では、電力価格が上昇することを覚悟しなければならない。

第3に、高価格の原発を避けて縮原発をする場合には、少なくとも当分の間は火力比率の増大が避けられない。このため、CO2排出をどう抑制するかという課題、およびエネルギー安全保障にどう対処すべきかという問題が提起された。

効率的な資源配分の観点からは、電力においても市場の機能を十分に発揮させるために不可欠であると同時に、市場の失敗がある場合には、政府が市場に介入する必要がある。したがって、電力市場における政府の役割は、次の2つである。

1つは、市場競争環境を整備し、市場を機能させることである。これが電力の自由化である。震災を契機に自由化が着々と進められている。ただし細部をゆるがせにすべきではない。

もう1つは、外部不経済を発生させる電源については、その外部不経済を内部化する仕組みを作ることである。この観点からは、電力会社への原発事故保険料負担の義務づけと化石燃料への炭素税率の引き上げとが必要である。

本稿では、以上の経済学的観点から、第一部において原発継続論の根拠を吟味し、その上で、第二部においてこの吟味が示唆するエネルギー原発政策を整理し、最後に結論として、電力価格と日本の産業の将来について考察する。

Ⅰ. 原発継続論のよい根拠・だめな根拠

「停電対策も、温暖化対策も、経済対策もすべて原発再稼働で達成しよう」という識者は多い。しかしそれぞれの政策目的に対してふさわしい政策手段を採用することでこそ、各政策目的を最も有効に達成できることは自明だ。ここでは、この観点から、多様な原発継続論の根拠を吟味しよう。

1. 「日本の温暖化対策公約を実現するためには、原発の再稼働は不可欠だ」

日本がCO2削減の費用対効果を最大化するためには、途上国企業によるCO2発生の削減に日本が貢献すべきである。世界のCO2の発生のうち日本は4%で、同じGDPの中国は20%だ。図1が示すように、途上国のGDPあたりCO2発生量は大きい。途上国では圧倒的に旧式の石炭火力に頼っているからだ。

したがって、CO2の排出抑制のために同じ1億円を使うのならば、日本で使うよりも、中国などの途上国に燃焼効率が良い石炭火力の技術援助をするほうが、はるかに効果的だ。石炭火力の熱効率の国際比較は、図2のとおりである。

もし日本の地球温暖化対策の本当の目的が、グローバルなCO2の削減にあるのならば——すなわち国内特定業界への利益供与ではないのならば——日本で金を使うのではなくて、外国で使うべきである。

さらに、国内でCO2の排出を抑制するための基本的な対策は、発電が生み出すCO2がもたらす社会的コストの分を、その発電の追加費用として利用者に負担させることである。炭素税の引き上げがその方法である。しかし日本では、CO2排出量1トン当たりのエネルギー課税が、国際的に見て著しく低い。

ところが日本政府は、炭素税ではなく、原発や再生エネルギーに対してさまざまな補助を与えるという手段をCO2対策として用いてきた。これらのゼロエミッション発電への補助金は、たしかに化石燃料による発電を一律に不利にし、再生エネルギー発電以外を有利にする。

炭素税は、原発補助に比べて費用対効果が高い地球温暖化対策

しかし炭素税は、発電だけではなく、輸送や産業利用といった一次エネルギー消費をも抑制することが可能である。また石炭や石油よりもCO2排出量が比較的少ない天然ガスへの転換も促進し、ひいては火力発電における技術開発を促す。すなわち炭素税は、原発補助に比べて費用対効果が高い地球温暖化対策である。

このようなメリットを持つ炭素税に対しては「炭素税の引き上げがもたらす税負担の増加が、日本の産業を衰退させる」という炭素税批判も根強い。しかし、炭素税率の引き上げがもたらす税収を用いて法人税減税を行えばこの問題はなくなる。これまでCO2をあまり排出してこなかった企業に関しては、法人税減税がむしろ活性化のきっかけを与える。

日本は、今まで原子力産業への利益誘導という目的もあって、国際的に異常に厳しいCO2の追加削減にコミットしてきた。この目標は取り下げて、炭素税の税率を国際水準に引き上げる工程表を明らかにすべきだ。そして、炭素税引き上げで増える税収は、法人税減税の財源に用いるべきだ。

2. 「安い原発が使えなくなると、電力価格が上がる」

発電が外部不経済を発生させるときには、その電力の使用者が外部費用を負担しなければならない。原発に関しても、外部費用の負担を義務づけられた電力会社が、再稼働するかどうかを判断しなければならない。

世界でもまれに地震が集中している日本では、保険コストがきわめて高く、その上、狭い国土で使用済み燃料を処分することが難しい。したがって、処分のための費用も結果的には高くつくから、安全基準を達成した原発に対しても、相当な保険料と使用済み燃料処分料を課さなければならない。

下のグラフは、政府の「コスト等検証委員会」が行った電源別の発電コスト比較である。実は、より包括的に外部費用の負担を義務づけると、新設の原発は明らかにペイしない(八田達夫『電力システム改革をどう進めるか』[2012]第2章第7節参照)。


日本政府による試算に抜けている原発コストは次のとおりである。

(1)広域除染費用(従来の試算では除染土の処理費用などが除外)。従来のコスト等検証委員会の算定では、広域除染費用は6兆円だが、除染土処理を含めると40兆円に膨らむ。

(2)電源立地交付金。従来のコスト等検証委員会の試算では当該項目は含まれているが、そのときの想定範囲よりも実際には広域に及んでいる。

(3)リスクプレミアムの評価のぶれ。

より詳しくは文献としてあげた、日本経済研究センターの小林辰男氏の論文(「原発存続の条件を考える」、「続・原発存続の条件を考える」)を参照されたい。

「コスト等検証委員会」の試算よりも、海外では原発コストは比べようもなく高いことはよく知られている(参照:竹森俊平『国策民営の罠―原子力政策に秘められた戦い』)。

日本では、原発の真のコストを将来世代に先送りにしていたために、原発を安く見せかけてきた

日本では、原発の真のコストを将来世代に先送りにしていたために、原発を安く見せかけてきた。もし、原発の事故コストや使用済み燃料の処分費用を算定し、原発で発電された電力を使用した世代に負担させるように価格付けをすると、日本の大半の原発で発電される電力は、化石燃料発電に電力価格競争で打ち勝てなくなる。原発は、アメリカでは火力に比べても高い電源だと位置づけられているが、日本では、一層高価な電源である。ごまかしをしなければ、日本の電力価格は原発なしの水準になり、何らかの理由で原発を再稼働すれば、電力価格はもっと上がる。

すでに設備投資が終わっており、かつ安全性のための投資が少なくて済む比較的最近の原発については、再稼働が採算にのる場合もあるかもしれないが、大半の原発は採算にのらないだろう。


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したがって、保険料を正しく設定し直せば、仮に一部の原発の再稼働再稼働が採算にのるにしても、大半は火力発電より高価になる。言い換えると、その場合、原発を再稼働するとしても、電力料金の大幅な上昇は避けられない。このコスト負担は、地震国日本が元来受け入れるべきであった電力価格である。それにふさわしい産業構造を選択することによってもたらされる産業構造の変革は、日本を真の意味で効率化させる。

元来、現在世代が負担すべきコスト高の原発を、将来世代に負担を押し付けながら使い続けるべきではない。

3. 「電気料金が上がると、重要な産業が日本から離れる」

原発が再稼働できないと、電力料金はどのくらい上がるのだろうか。

原発がない沖縄電力の価格は、原発が稼働していた時の本土より約2割高かった。これが一つの目処だといえよう。

日本は戦前から資源を輸入しながら、世界にまれなスピードで成長し続けてきた。日本にとって最重要な政策課題は、化石燃料の輸入を無理やり減らすことではなく、最も比較優位になる輸出品を市場に選択させることである。すなわち、比較優位にしたがって重厚長大産業を縮小していくことは、日本にとって、最も有効な省エネ対策でもある。日本が比較優位を持たない重厚長大産業を維持し続けるため、原発の高コストを将来世代に押し付けながら使うべきではない。

かつて日本はオイルショックの時、世界的に電気代が大幅に上がったことでアルミニウム精錬業がなくなった。同様に、今後は電力消費量の少ない知識集約型の産業に全体がシフトするだろう。

この産業構造の変化は今までも起きていたことだ。例えば、ロボットなどのIT産業や、アニメなどのソフト産業や観光などに、自然と強みを発揮していくだろう。


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資本蓄積が進めば、対外貸し付けが増え、貿易は赤字になり、その代わりに外国からの知財収入や資本所得が増大していくのは当然のことである。将来世代へのつけ回しによって、今、化石燃料の輸入量を人為的に下げるより、サービス輸出や、海外からの直接投資を妨げている要因を取り除くことの方が、はるかに重要である。

4. 「原発が再稼働されないと、地元自治体が崩壊する」

日本では、原発は過疎地への所得補填のために建設されてきた。

実際、一人あたりのGDPの小さい順に県を並べると、北海道を含めた低所得県で47%のGDPが生産されている。これら諸県で実に100%の原子力発電がおこなわれている。

「日本の累積県民所得率と累積原発出力」のグラフは、47都道府県を県民所得額が少ない順に並べ、(1)横軸に、国民所得に占める各都道府県の県民所得率を累積的に取り、(2)縦軸に、各県の原子力発電所の認可出力を累積的に取った散布図である。このグラフからは、県民所得の累積額が国民所得の47%までの県のみで、日本のすべての原発の発電出力が担われていることがわかる(なお、2010年時点で原子力発電所が設置されていたのは、北海道、青森県、宮城県、福島県、新潟県、茨城県、静岡県、石川県、福井県、島根県、愛媛県、佐賀県、鹿児島県の13道県である)。

このように、主に過疎地に原発が建設されたという状況は、アメリカとは対照的である。アメリカでは、州民所得累積値の半分までを取る州のみにおいてまかなう原子力発電出力は、全米での原発出力のおよそ50.2%に過ぎない。

日本でこれまで原発が「衰退地域対策」としての役割を果たしてきた以上、原発を廃止する場合には、廃止によって損害を受ける地域住民に対して、相応の補償をする必要がある。例えば、都会への転職を斡旋することや、住宅補助といった、生活支援制度を設けるべきである。さらに火力発電所を、国からの補助によって原発の後始末として建設することも一つの方法であろう。

5. 「夏の電力不足のために、原子力発電を再稼動すべきだ」

ピーク時対策の根本は、不足するピーク時だけ価格を大幅に上げ、需要を抑制する仕組みを作ることである。

欧州では、時間帯ごとに販売電力量や購入量の計画値と価格を決めて契約する。その上で、実績値が計画値からのずれ(インバランス)を生じた場合には、給電指令所がインバランスを精算する制度になっている。

この精算には、その時点における電力システム全体での需給逼迫度に応じて、時々刻々変化する価格を用いる。全体で電力が不足しているときには、精算価格は高騰するから、それに応えて発電所は発電量を増やしたり、工場は需要量を計画値より削減したりする動機が生まれる。こうして、需給の過不足を市場が調整してくれる。これが「インバランス制度」である。

ところが日本の各地の発電指令所は、その時々の需給逼迫度を反映した価格によるインバランス精算メカニズムを持っていない。このため日本の新電力を含めた電力供給会社は、価格を固定した上で需要家に好きなだけ使わせる契約をせざるを得ない。

結果的に、需要家の電力需要量の増大に追従して、電力供給会社はいくらでも発電してきた。このため、新電力を含めた電力供給会社は、電力需要が急増する夏の一定時間だけのために、膨大な発電予備力を用意してきた。

原発がすべて止まっている現在でも、既存の発電の能力でまかなえているのは、このためである。

しかし、この体制のもとでは、3.11の直後のように、多くの発電所が脱落するなどして発電予備力に不足が生じると、対応のしようがない。価格が固定されたままだから、計画停電や電力統制令によって、必要度の違いを無視して強制的に需要削減を命じざるをえないのである。

平時には多額の資金をかけて停電を防止しているが、非常時には強制手段以外、対応策が一切なくなる

つまり、平時には多額の資金をかけて停電を防止しているが、非常時には強制手段以外、対応策が一切なくなるシステムである。我々が、毎夏電力危機に直面させられている根本的な理由は、インバランス精算制度の欠如である。

しかし、ヨーロッパで活用されているようなインバランス精算制度が整備されていれば、3.11直後の計画停電を避けることができた。また今後も、夏の数時間のために膨大な原発を用意しておく必要はなくなる。その時間帯だけ精算料金を上げれば済むからである。

また、高いピーク時価格に対応するための省エネ投資や、そのための研究投資、設備投資が自動的に行われるようになるだろう。

再稼働よりはるかに優れた、経済的で合理的なピーク時対策が、インバランス精算制度である。

通常、「インバランス精算制度の確立のためには、発送電分離を待たなければいけない」などといわれることが多い。しかし実は、発送電分離以前にこの制度の設立は可能である。調整電力の供給は、基本的に電力会社の発電機だけでやるとしても、その最終的な限界費用を、まず、計画値同時同量は早めに行うことができる。とすれば、その精算に用いる価格は、調整電力の限界費用を左右することは可能である。これは、電力会社の発電機を用いて最終的な限界費用を規制当局が監視して、正しく採用していることを確認すればそれで済む。もう一つ重要なのは、発電を電力会社から調達するのは後にするにしても、大口の需要家に対する調整電力への入札は直ちにさせることができる。これによって、緊急時に高い価格を払えば、15分の命令で急に節電をしてもらうといった契約の入札をすることができる。北欧では、調整電力の入札は大口需要家からの入札量の方が発電側よりも大きい。もちろん実際には、使われるのは発電側の比較的安い入札価格に基づいた発電側の入札だが、背後にいざとなれば需要側の入札が控えているということは、強力な保険機能を作りだしてくれている。

6. 「ホルムズ海峡封鎖に備えるためには、原発が不可欠だ」

これは、地震国日本で、高コストにもかかわらず、原発を維持すべき唯一の理由である。

もちろん、ホルムズ封鎖などの危機のためにまず準備すべきは、需要逼迫に対応して価格が上がるように、インバランスの採算メカニズムを確立することだ。

しかし長期にわたる価格上昇は、低所得者に対してきつい。これを緩和するために、政府は配給制度を施行することになる。そうなると、危機時の燃料価格の上昇は押えられてしまうから、民間による自主的な備蓄は行われなくなってしまう。したがって、政府自身が金をかけてリスクヘッジをする必要がある。まず石炭や石油の備蓄をすることが重要である。次に、アメリカやカナダから天然ガスを輸入できる体制を作ったり、北海道とロシアのサハリンを結ぶガス・パイプラインを建設するなどして、輸入元を多様化することも有用である。

直ちに原発をすべて廃炉にしてしまうと危機に備える態勢は整っていない

これらの体制が整えば、原発がなくてもホルムズ海峡封鎖のような事態に対処できる。しかしこれまでは、エネルギー・セキュリティは原発依存であったから、直ちに原発をすべて廃炉にしてしまうと危機に備える態勢は整っていない。したがって、石油や石炭の備蓄やガス輸入の多様化などのエネルギー安全保障対策が万全になるまでの当分の間は、万が一の事態に備えて原発を稼働できる態勢を作っておく必要があろう

このように、原発をしばらくの期間存続させるべき唯一の理由は、ホルムズ海峡が封鎖されたような危機に備えたエネルギー安全保障である。


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その場合、原発は、3.11以前のように、のべつまくなしに使うのではなく、どうしても切迫した事態が生じた期間だけ使う体制を整えておく必要がある。そのためには国の財政支援が正当化される。

Ⅱ. エネルギー・原発政策

A. エネルギー政策

以上の議論は、原発に関連して国が最低限行うべきエネルギー政策の方向性を示した。要約すると次のとおりである。

第1は、炭素税率の引き上げや途上国への技術援助によって、費用対効果の高い地球温暖化対策をすることである。

第2は、原発に対する事故保険料や使用済み燃料処分費用などを、公害税として課金することである。

第3は、自由貿易を推進し、比較優位の変化に伴う衰退産業の出現を受け入れることである。

第4は、インバランス精算制度の設立により、徹底した停電対策をとることである。

第5は、エネルギー安全保障の目的で、いざというときには原発が稼働できるように国が財政支援をすることは、正当化できることである。

B. 原発政策

1.原発国有化のオプションの電力会社への提示

このように、さしせまった国家存続の危機に対処して原発を稼働させることには、十分理がある。

しかしこれから安全基準をパスした原発には、事故保険料や使用済み燃料処理のために相当な課税をしなくてはいけなくなる。いわば公害税をかけなければならない。このため、発電コストは大半の原発は火力より遙かに高くなるだろう。

結果的に、原発の再稼働が採算に合わないという電力会社が多数出てくると考えられる。採算に乗らなくなった原発を抱えた電力会社は、自由化されている発電部門では、そのような負担のない発電会社と戦えるわけがない。

元来、高価な公害税を負担させられることを想定しないで始めた原発事業に対して、途中からルールが変わって公害税を支払わされるというのでは、民間の電力事業者としては間尺に合わない。今後、原発の真の公害費用が見直され、それに対する大幅な費用負担を事業者に求めるルールに変更した時点で、稼働が採算に乗らなくなった原発を国が購入するオプションを提示すべきだろう。

それによって電力会社は、望むならば原子力から自由になった健全な経営形態に戻ることができる。また、国は、国有化した原発の実際の運営は電力会社に委託することもできるが、経営および財政の責任は国が取ることになる。国有化によって原発のいくつかを存続させることによって、国はエネルギー安全保障を担保できる。

電力会社は、現状の制度の下では、原発の再稼働を政治的に強く働きかけざるを得ない状況に置かれている。再稼働されないことが正式に決まると、電力会社の規制料金算定のベースとして、原発の固定費を入れることができなくなり、経営的にきわめて厳しい立場に置かれるからだ。しかし、国が原発を購入するオプションを示せば、電力会社も再稼働のために不必要な政治圧力をかける必要性がなくなる。

2.原発国有化の原資

国が原発を購入する資源は、電気料金引き上げと税とのいずれによるべきだろうか。

まずサンク・コストを電力料金として負担させることは、非効率性を生む。国有化の原資をまかなう目的で電気料金を上げることは、電力から石炭や石油への、エネルギーの需要シフトを不必要に促してしまう。したがって税で負担すべきである。

過去の原発政策の過ちは、薄く広く長期にわたって国民が負担する税で償わなければならない

しかし、消費税や所得税の基幹税でこれを負担することが無理だとすれば、電力だけでなく、電力と代替的なすべてのエネルギー全体に薄く広くさらに長期に掛ける「エネルギー税」を、原発対策として新設すべきである。過去の原発政策の過ちは、薄く広く長期にわたって国民が負担する税で償わなければならない。

Ⅲ. 結論

効率的資源配分のためには、それぞれの電源の利用者に、実際の発電に要する社会的費用を含めた追加費用を負担させる必要がある。しかしそうすると、大半の原発は採算にのらなくなってしまう。

にもかかわらず、エネルギー安全保障のためには、国は市場に介入して原発を一定期間維持する必要がある。現在の日本では、エネルギー安全保障対策が、化石燃料の十分な備蓄や、化石燃料の輸入元の多様化によるのではなく、原発に頼るというゆがんだ構造になっているからだ。


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日本における原発関連の最大の政治的課題は、原発国有化のためのエネルギー新税の創設

採算にのらない原発を維持するには、国費を投入しなければならない。それを直接的に行う方法は原発の国有化である。しかしそのための財源を電力価格の上乗せで賄うべきではない。電力価格が発電の追加的費用から乖離するからだ。電力料金を不必要に上げずに過去の原発政策の後始末をするための財源を確保するためには、エネルギー新税を創設する必要がある。日本における原発関連の最大の政治的課題は、原発国有化のためのエネルギー新税の創設である。

我が国は、原発の真の費用の負担を将来世代に先送りすることによって、原発を安く見せて、原発産業を含めた重厚長大産業を維持してきた。この政策は、日本の比較優位に反する重厚長大産業を温存してきた。しかし費用負担の先送りを続けるわけにはいかない。電源は社会的費用を含めた追加費用によって競争させるべきだ。その上で、基本的に、原発はエネルギー安全保障のための待機電力とすべきである。その場合、日本の電力価格は基本的には、原発以外の電源の追加費用によって決定されることになる。

「停電対策も、温暖化対策も、経済対策もすべて原発再稼働で達成しよう」という識者は多い。しかし、政策目的のそれぞれに対してふさわしい政策手段を採用することによって、政策目的を的確に達成できる。

十分な安全対策を立てる前に危機が訪れてしまえば、多少の安全性に不安は残っても再稼働すべき

わが国は、原発を当分の間維持する目的を、エネルギー安全保障に絞って、政策体系を作る必要がある。十分な安全対策を立てる前に危機が訪れてしまえば、多少の安全性に不安は残っても再稼働すべきだ。しかし原発維持のこの目的が明確にされると、危機に備えて待機する原発の安全性および周辺の自治体の避難計画の安全性は、再稼働を焦ることなく徹底し追求すべきだいうことになる。

文献

小林辰男「原発存続の条件を考える」日本経済研究センター、 2012年
小林辰男「続・原発存続の条件を考える」日本経済研究センター、 2013年
竹森俊平『国策民営の罠―原子力政策に秘められた戦い』日本経済新聞出版社、 2011年
八田達夫「東電再生への課題「破綻前国有化」は前途多難」日本経済新聞経済教室、 2012年5月10日
八田達夫『電力システム改革をどう進めるか』日本経済新聞出版社、 2012年
八田達夫「再稼働説を支える3つの神話と1つの真実」ダイヤモンド・オンライン、 2014年

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著者プロフィール

八田達夫
はった・たつお

大阪大学 招聘教授

ジョンズ・ホプキンス大経済学博士。ジョンズ・ホプキンス大教授、阪大教授、東大教授、政策研究大学長等を経て、2013年より大阪大学招聘教授。

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