ポリタス

  • 2章
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地球温暖化問題から考える原子力

  • 秋元圭吾 (公益財団法人地球環境産業技術研究機構 システム研究グループリーダー)
  • 2015年5月26日

エネルギー政策と地球温暖化

2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第一原子力発電所の事故によって、基幹電源としての位置付けであった原発への信頼は大きく損なわれ、日本のエネルギー政策は大きな方向転換が不可欠となった。福島第一原発事故の反省に立ち、その教訓を生かし、原子力発電の安全性向上に継続的に努めていかなければならない。

エネルギーは近代文明の基盤であるため、安定的かつ低廉な価格で供給されることは、産業の国際競争力、豊かな生活のために極めて重要である。これに加えて、エネルギー利用にあたって、環境に配慮することも重要である。日本においては、ばいじんSOxNOxなどの各種排ガスの対策は高いレベルで実現してきているが、温室効果ガスの主要なガスであるCO2の排出抑制にも一層対処することが求められている。

難産の末ようやく2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画(経済産業省)、エネルギー安定供給・安全保障(Energy Security)、経済性(Economy)、環境性(Environmental Conservation)、そしてその大前提となる安全性(Safety)の3E+Sの重要性は強調されているところである。本稿では、環境性、とりわけ地球温暖化問題に焦点をあて、エネルギーミックスとCO2排出との関連について議論することとしたい。また、その中で原子力発電の役割についても論じたい。


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CO2削減は世界的な課題

2014年の世界の年平均気温は過去最高を記録するなど、気温上昇の傾向は続いている

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2013~14年にかけて最新となる第5次評価報告書(AR5)を公表した。AR5では、「気候システムの温暖化には疑う余地がなく、1950年代以降、観測された変化の多くは数十年~数千年間で前例のないもの」、「人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主な要因であった可能性が極めて高い(95–100%程度の確率)」と結論付けた。ただし、2000年代に入ってからは気温上昇のペースが弱まっている「ハイエタス(hiatus=小休止)」と呼ばれる状況にあり、それも踏まえ、気候感度(濃度が倍増し安定化したときに予想される全球平均気温上昇幅)は不確実性の範囲の下限を切り下げ1.5~4.5℃と評価した(前回第4次評価報告書では2.0~4.5℃)。一方、2014年の世界の年平均気温は過去最高を記録するなど、気温上昇の傾向は続いている。そして、様々な気候変動影響被害の可能性についても推計され、警鐘が鳴らされた。日本でも集中豪雨が多くなってきているなど、気候変動リスクが増大してきていると考えられる。地球温暖化問題から目をそらすことなく、持続的かつ効果的な対策をとることが重要である。

グローバル化した世界の中で、実効ある温室効果ガス排出削減を行っていくためには、すべての国が参加する枠組みが必要であり、その新たな排出削減枠組みの実現に向けて、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)において議論が進められている。とりわけ、大排出国であり世界の排出量の約36%を占める米国と中国が実効ある排出削減に取り組める枠組みとすることは至上命令である。そのため、新たな枠組みは、京都議定書のように罰則が伴った法的拘束力のある排出削減目標とはならず、いわゆるプレッジ・アンド・レビュー型の目標となると見られている。2015年末にパリで開催予定の締約国会議(COP21)において、2020年以降の枠組み・各国排出削減目標の合意を目指している状況にあり、COP21は大変重要な会議となる。


図1:2010年における各国の温室効果ガス排出量シェア(日本政府資料より。UNFCCCデータ、ただし*印はIEAデータ)

これまでに、EUは2030年までに1990年比40%削減を、米国は2025年までに2005年比26~28%削減の目標を国連事務局に提出したところである。また、中国も2030年までには排出量をピークアウトするという目標に言及している。


Photo by greensefa (CC BY 2.0

日本もCOP21の議論に間に合わすべく、自国の排出削減目標を国際的に宣言しなければならない。既に実現しているエネルギー効率の水準や産業構造の違い、再生可能エネルギー資源量・供給費用などによって、排出削減の困難さが異なってくるため、排出削減率の大小が排出削減努力の大きさを決定するものでもないし、排出削減への貢献の大きさを決定づけるものでもない。様々な対策の仕方があり、グローバル、長期の視点で排出削減に寄与することこそが重要である。日本も世界の主要先進国の一つとして、各種の省エネルギー技術や原子力発電技術等の海外展開や革新的技術の開発とその展開を推し進めていくべきであるが、国内でも一定程度の排出削減を行っていかなければならない。なお、原子力発電の状況が不明瞭な中では、米国の目標のように日本も幅を持った排出削減目標とすることも検討すべきであろう。

日本における温室効果ガス排出量推移

東日本大震災・福島第一原発事故以降の原子力発電所の停止によって、排出量は大きく増大している

日本は、京都議定書に対応すべく、京都議定書目標達成計画等を策定し、政府、産業界、国民が協力して、温室効果ガス排出削減に強く取り組んできた。とりわけ産業部門における排出削減は成功し、京都議定書目標の6%削減のうち多くは産業部門での排出削減寄与によって達成した(環境省)。しかしながら、東日本大震災・福島第一原発事故以降の原子力発電所の停止によって、排出量は大きく増大している。震災後の節電意識の高まりにより、電力需要は減少したものの、1990年基準での排出量は、震災前に比べ9%ポイント程度もの上昇寄与となり、これまでの排出削減努力を帳消しにする以上のインパクトとなっている。そして、これによって2013年度の日本の温室効果ガス排出は過去最高を記録した


図2:日本における温室効果ガス排出量の推移(1990年を中心とした京都議定書基準年の温室効果ガス排出量は1261百万t-CO2である)

脱原発を決めたドイツの発電構成とCO2排出量の推移

ドイツは、福島第一原発事故を受け、脱原発を再度明確にした。ドイツでは、緩やかに原発比率が低下してきている。一方、それ以前から導入されていた再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)によって、再エネの大幅な導入が行われてきた。しかし、それにともなって賦課金が増大し、電気料金も大きく上昇してきている。

再エネ導入は温室効果ガス排出削減とエネルギー安全保障強化が目的と言える。ところが、ドイツにおいては、原発比率の低下に伴って、石炭や褐炭発電比率も上昇してきている。原子力や石炭、褐炭発電は、設備費は比較的高いものの、燃料費が安価なため、稼働時間を多くすると経済効率的となるベースロード電源である。排出量取引制度における炭素価格低迷の影響もあるが、石炭や褐炭発電は、同じベースロード電源として原発を代替しやすい特性があるので、これは自然な動きである。再エネ(特に太陽光、風力)は原発の代替とはなりにくい。仮に代替しようとすれば、安定的に供給できるよう、バッテリー等の対策を追加する必要があるが、これはただでさえ高い再エネのコストを一層引き上げることになる。


図3:ドイツにおける発電電力量の推移

現実主義の英国における原子力発電の位置づけ

一方、英国では、温暖化対応としてFIT等、再エネ導入支援策を導入してきたものの、補助金が膨れ上がってきている。また、太陽光発電の稼働率の低さによって補助金額が膨大になってもCO2削減効果は大きくなく、さらには導入量の増大とともに間欠性による電力系統の不安定性への懸念など、問題が顕在化してきた。


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英国は、地球温暖化のリスク等も含めた総合的な検討の結果、原子力の利用拡大が不可欠との判断

そこで、差額決済契約付固定価格買取制度(FIT-CfD)と呼ばれる政策措置をとって原子力発電の導入を図ることで、将来予想される電力需給のひっ迫に対応するとともに、強力なCO2排出削減策としようとしている。英国も欧州排出量取引制度に組み込まれているが、その炭素価格は変動が激しすぎて、原子力のように長期にわたる投資が必要な温暖化対策には不向きであり、投資を促進するには、長期で調達価格が固定される固定価格買取が必要との判断によるものである。また、電力自由化市場の下では、事業者は短期的な投資回収を志向することになるため、市場の失敗が生まれるので、そのギャップを政策で埋める必要があるためでもある。このように、英国は、地球温暖化のリスク等も含めた総合的な検討の結果、原子力の利用拡大が不可欠との判断を行っている。

一方、これまでの日本の場合

前回2010年のエネルギー基本計画は、鳩山元首相が提示した2020年に1990年比25%削減という目標に対応すべく策定された。そこでは、大きく原子力発電を伸ばし2030年には50%を超える比率にしようとするものであった。


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この25%削減目標はほとんど実現できる見込みもない排出削減目標であったし、それに対応すべく原子力発電に傾倒しすぎたものであった。しかし、当時のメディアを含め熱狂的ですらあった温室効果ガス排出削減への関心は、とりわけ原発事故以降、極端に薄れてしまったように思われる。

熱狂しリスクを過剰に評価することも、一方でそのリスクから目をそらし無関心となることもまた避けなければならない

エネルギー安全保障、原子力の安全問題もすべてそうであるが、温暖化問題についても、偏ることなく、冷静にリスクを見極め、適切なリスク対応をとることが重要である。温暖化問題も、熱狂しリスクを過剰に評価することも、一方でそのリスクから目をそらし無関心となることもまた避けなければならない。

他方、これからの日本の場合

電力を安定的に供給し、かつ電力コストの上昇を抑制するには、石炭と原子力発電がベースロードの電源として相当量存在することが不可欠である(コスト等検証委員会推計RITEにおける推計総合資源エネルギー調査会発電コスト検証WG推計を参照されたい)。このうち、石炭発電の比率を増せば、コストは大きく変化しないと見られ、長期的には経済的なダメージも小さくできる可能性があるが、温室効果ガス排出量は大きく増大する。先に述べたように、温室効果ガス排出削減はグローバルなレベルで進めることが重要で、国内だけの排出削減に固執する必要性はない。しかし、だからと言って日本が排出量を減らすことをしないことも許されない。地球温暖化問題に対して責任を持ち、排出削減にしっかりと役割を果たしていくことが不可欠である。

2030年までの新増設、リプレースも必要になる可能性が高くなる

一方、原子力発電は、原発事故後の社会情勢を踏まえると、現実問題としてその比率を大きくすることは不可能である。2030年の原子力発電比率は最大でも25%であろうし、これを達成することもかなり困難と考えられる。なぜなら原子力発電比率が25%を超えるような水準にするためには、ほとんどすべての原子炉を60年運転に延長する必要があるからだ。しかしこれはあまり現実的ではない。40年廃炉となる分を設備利用率の上昇で補うことも考えられるが、それでも25%を超えるような水準にするのは難しいと考えられ、2030年までの新増設、リプレースも必要になる可能性が高くなる。また、2010年エネルギー基本計画のように極端に大きな比率(50%程度)を担わせれば、他国との連系がない限られた電力系統の中ではバランスを欠いた電源構成ともなりかねない。

このようにコスト、経済面からのエネルギー構成のあり方を考えるとともに、温室効果ガス排出削減の視点と、現実的に見たときの原子力発電の社会的制約の両方を睨みながら、全体としてバランスがとれた、かつ現実感の伴ったエネルギーミックスを構築する必要がある。日本の2030年の温室効果ガス排出削減レベルを考えると、2030年の原子力発電比率は20%程度は確保できるような努力を行うのが望ましいと考える。


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いずれにしても、地球温暖化問題は長期的な課題であり、持続的に排出削減を進めていく必要である。原子力発電も当面は社会的制約上、リプレース、新設は困難ではあろうが、リプレース、新設を行わなければ、いずれ原子力はなくなってしまう。一方、地球温暖化問題には長期的に持続的に取り組んでいかなければならない。これに加え、原子力発電の技術の継承などの面も踏まえると、2030年時点におけるエネルギーミックスに寄与するかは別としても、原子力のリプレース、新設のオプションは残し、その可能性を追求していくべきである。

総括:これからの日本の歩む道

人間は、高被害をもたらす事象であっても、低確率で発生するような事象に対してはリスクを小さく見積もってしまう

我々人間は、高被害をもたらす事象であっても、低確率で発生するような事象に対してはリスクを小さく見積もってしまう傾向がある。原子力発電の事故の教訓を肝に銘じて、原子力発電の安全対策の強化を進めなければならない。他方、原子力事故のリスクに目が行きがちな今こそ、エネルギー安全保障上のリスクや発電コスト負担の増大による経済的リスク、そして、地球温暖化のリスクをしっかりと認識する必要がある。地球温暖化のリスクを過剰に見過ぎることも他のリスクを増大させかねないため不適切であるが、地球温暖化リスクを軽視し目を背けることは避けなければならない。様々なリスクはトレードオフにあることが多く、様々なリスクを冷静に見極め、バランスのとれたエネルギーミックスを構築すべきである。その中において、原子力発電が担うべき役割は大きいので、原子力の安全性の向上を追求し続けながら原子力発電の一定程度の利用を進めていくべきと考える。


Photo by Nuclear Regulatory CommissionCC BY 2.0

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著者プロフィール

秋元圭吾
あきもと・けいご

公益財団法人地球環境産業技術研究機構 システム研究グループリーダー

1970年生まれ。富山県出身
1989年富山県立富山中部高等学校理数科卒業
1994年横浜国立大学工学部電子情報工学科卒業
1999年横浜国立大学大学院工学研究科電子情報工学専攻博士課程後期修了
同年(財)地球環境産業技術研究機構(RITE)入所システム研究グループ研究員
主任研究員を経て、2007年4月同グループリーダー・副主席研究員、2012年11月より同グループリーダー・主席研究員
2010年4月から2015年3月の間、東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 客員教授 兼務、2015年4月より同 非常勤講師

博士(工学)

2009年10月~地球温暖化問題に関する閣僚委員会・副大臣級検討チーム・タスクフォースメンバー。2010年6月~産業構造審議会環境部会地球環境小委員会政策手法WG委員。2011年10月~エネルギー・環境会議「コスト等検証委員会」委員。2012年4月~エネルギー・環境会議「需給検証委員会」委員。2012年4月~政府のエネルギー・環境戦略選択肢の経済分析を担当。2012年12月~産業構造審議会環境部会(2013年7月~産業技術環境分科会)地球環境小委員会委員および同電子・電機・産業機械等WG委員、2014年10月~同約束草案検討WG委員。2013年3月~総合資源エネルギー調査会総合部会(7月~基本政策分科会)委員、2013年5月~同電力需給検証小委員会委員、2015年2月~同長期エネルギー需給見通し小委員会発電コスト検証WG委員、2013年8月~中央環境審議会地球環境部会気候変動影響評価等小委員会委員。2014年10月~日本学術会議連携会員。IPCCWG3第5次評価報告書代表執筆者。他、政府、産業界関係委員多数
受賞歴として、1997年国際応用システム分析研究所(IIASA、オーストリアウィーン郊外にある国際研究機関)Peccei賞(ローマクラブの創設者である故アウレリオ・ペッチェイ氏を記念した賞)などがある。

専門はエネルギー・地球環境を中心としたシステム、政策の分析・評価

著書に、
「温暖化とエネルギー」、エネルギーフォーラム(共著)、2014
「ClimateChangeMitigation-ABalancedApproachtoClimateChange」、Springer(共著)、2012
「CO2削減はどこまで可能か―温暖化ガス-25%の検証―」、エネルギーフォーラム(共著)、2009
「低炭素エコノミー―温暖化対策目標と国民負担―」、日本経済新聞出版社(共著)、2008
などがある。地球温暖化対策、エネルギーに関する学術論文多数あり。

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